19 選別、謝罪
声のした方を向く。しかし真っ暗闇でどんな子なのかはさっぱり見えない。
「こっちだよ、こっち」
「えっと……」
床に手を這わせてみる。そのままずるずると進むとぼんやりと白い肌が見えてきた。ずいぶん近くまで来たようだ。
「みんな同じ年頃みたいだね」
「ねえ、ここはどこ? わたしたち殺されるの? それとももっとひどいことされる?」
矢継ぎ早に質問を投げかけた私に少年は苦笑混じりの声を漏らした。笑い声が出るということは、そこまで深刻な状況ではないのだろうか。
「わからない」
答えを聞いて恐怖におののいた。
わからないのが一番怖いーーもちろんいきなり連れ去られてこれでは、何をされようと怖いことには変わりない。
「殺す気はなさそうだ……少なくとも今は。そこに転がってる子達は気を失ってるだけだし。ただ、あの煙は吸ったらいけない」
少年は宙を指差した。少し目が暗闇に慣れてきたのかうっすらと白い煙がたなびいているのが見える。
「あれを吸った子達はみんなしばらくして倒れていった。俺も吸った。どうしてかわからないけど俺は何ともないんだ。でももう六人ああして倒れてしまってるから俺のほうが変なんだ。君は吸わないほうがいい」
「六人も?」
「ああ。俺が最初に来た。それから次々とやってきて君で八人目かな」
「みんな攫われてきたの? あなたも?」
「そう。人けの無い道で後ろから薬品みたいなのをかがされて。君は?」
「……おんなじ」
「みんなそうだって言ってた。……起きないけど」
もうすっかり目が慣れて、倒れている子達が見えるようになった。自分もそうだけれど、どちらかといえばみすぼらしいなりの子供達ばかりだ。誘拐しても心配する人のいない孤児ばかり選んだのだろうか。
「俺はアンディ。君は?」
「エレン……」
こんな状況なのに、明るい声で自己紹介なんてできるんだ。元気付けようとしてくれているのかな。
「じゃあ、エレン。ここすごい寒いよな」
「うん」
入った時から思っていた。すでに手指と足先の感覚がない。
「このままだと、多分凍え死ぬ。冬は雪が降ってなくても道端で誰かが凍え死んでるのを見たことあるだろ?」
「うん……じゃあわたしたちも死んじゃうよ」
「だからそうならないために、くっつくのが一番だ」
「……え。それはそうだけど」
「いい?」
それしかない。ここで温かいものは人肌しかない。
アンディが寄ってきた。近くで見るとさらさらの金髪だ。うらやましいと少し思った。
そうしていると眠たくなってきた。アンディもうつらうつらしている。
どのくらいたったかわからない。乱暴に扉が開く音が聞こえ目を覚ました。あわてて体を起こす。ほぼ同時にアンディが立ち上がった。
「おはようさん。おっ、二人残ってる」
逆光で影しか見えないが、ずんぐりとした体型と高い身長で自分を誘拐したあの大男だとわかった。
「そんなに睨むなよ」
アンディのことを言っているようだ。
「綺麗な面した兄ちゃんと別嬪のお嬢ちゃん……旦那様はどっちを取るかな」
「何のことだ」
「君たちは、旦那様に仕える資格を試されてたんだよ。煙を吸って平気だったら合格。旦那様の葉巻の煙なんだぜ」
「わたしたちをどうする気なの?」
「君か、そこの兄ちゃんかのどっちかを選んで……残りの子はバイバイさ」
「バイバイって」
「おいおい、殺さねえよ。このことを忘れてもらってから帰したげるのさ」
それを聞いて肩の力が抜けた。
「旦那様って、そいつは来るのか」
「"そいつ"はねえだろう。もうすぐ来るはずさ……」
やがて戸口にもう一人の影が現れた。小柄な体格でパイプをくわえている。
そのパイプから流れてくる煙が漂ってきたとき、視界をぐるりと回されたような錯覚に陥った。
痛い。頭ががんがんと響いている。頭痛とめまいで倒れてしまいそうだ。
「エレン!」
アンディの声がするが返事さえできない。
「どういうことだ、こいつは煙が駄目なのか?」
大男があわてる。
「親指よ、その少年に決まりだ。連れていけ」
「かしこまりました、旦那様。あとの奴らは」
「記憶を消して適当なところへ放り出しておけ」
「了解しました」
パイプの影が去った。
「兄ちゃん、ついてこい」
「……行くわけないだろ。人攫いに仕えろって?」
「言うこと聞かないと冗談抜きでまずいことになるぞ。なんならここにいる奴ら人質にとってもいい」
「くそっ……!」
アンディが連れて行かれてしまう。止めたいけれど、あんな大男にかなうわけがない。
「離せよ!」
「アンディ!」
「じゃあなお嬢ちゃん、こいつは連れてくぜ。もう会うこともないだろうからしっかり別れの挨拶はしとけよ」
「ふざけやがって……!」
アンディの背中が遠ざかっていく。それと入れ替わりで別の男が入ってきた。
扉が閉まってしまった。
入ってきた男はまず私の首をつかんで、抵抗させる暇もなく薬品をかがせた。
* * *
"親指"と呼ばれていた大男は間違えていた。私とアンディはもう会うこともないだろうと言っていたが、今こうして顔を合わせている。
「わたし……思い出したよ。アンディのこと」
なぜか涙が出てきた。たぶんこれが誰かが言っていた「嬉しいときに出る涙」というものなのだろう。
寒さと心細さで震えていたあの晩に、身を寄せ合った温もりを思い出した。あの温かさを与えてくれた人がここにいるのだ。
「ごめんね、今まで、知らない人みたいにして、忘れてて、ごめん」
アンディを拒絶していた頃のことを思うと自分を罵りたくて仕方が無い。アンディは謝らなくていいと言ってくれるけれど、謝罪の言葉はいくら言っても足りなかった。




