18 馬車、暗闇
その日は誕生日だった。
誰から誕生日を教えてもらったのはわからないが、とにかく私は十二歳になってうきうきしていた。いつもの市場からの帰り道が明るい色に見える。
花を入れていた大きなバスケットを振り回しながら歩いていた。
やがて、住みかとしている一軒の廃屋の近くの十字路にさしかかった。
どれほどうきうきしていてもこの道は苦手だ。家にたどり着くには左に曲がるしかないが、そちらは昼間でも太陽の光が届きにくく夕方となるとさらに不気味だ。さらに晴れることの少ないこの国は今日も空は一日中どんよりとしており、十字路に立って自分の行くべき方角を見ると真っ暗だ。蛇のようにうねった細い道の両側に家がひしめくように立ち並んでいる。
思わずはあと溜息をついた。さっきまでの弾むような気持ちは消し飛んでしまった。
「どうしたんだいおじょうちゃん! 急に立ち止まって」
いきなり後ろから声がしてびっくりする。振り返って見ると、首が痛くなるほど見上げなくてはならない大男が立っていた。
「一人? 母ちゃんとかはいない?」
「うん。いないよ、最初から」
大男は体に似合わない人の良さそうな笑顔で尋ねてきたので、つい答える。若い男の人が建物の壁によりかかって、通り過ぎていく綺麗な女の人に声をかける時みたいだと思った。
「そっか。腹は減ってるか? なんか食わしてあげるよ」
「えっ」
何か、この人変だ。
「そんな顔せずについて来なよ!」
大男はずいと近づいて、たくましい太い腕を伸ばしてきた。肩をつかむためだと察してのけぞる。
「やっ、やだ!」
人攫いだ。
誰か、誰か!
あたりは不気味なほどしんとしている。もともと人通りの少ない道だが、こんな時に限って誰もいないのは運が悪すぎる。
必死で首を振ると、五軒ほど離れた家の二階の窓からこちらを見ている白髪の老婆が目に入った。老婆は興味なさそうに窓から顔を離した。
「静かにしてたら何もしないからな。ついて来い」
力が強い。こんなの逃げられる訳がない!
言われるがままに、私は足を動かして男についていった。男が向かった先には立派な馬車が用意してあり、どうやらそれに乗せるつもりらしい。
ーー乗ったら終わりだ。
確信していた。何もされないはずはないのだ。
幸いなことに男はこちらを向いていない。今のうちに走って助けを求めれば。
ありったけの力を込めて地面を蹴る。それと同時に首ががっくりと後ろへ引かれた。
「あっ!」
首が引かれたのではなく、襟が掴まれたのだ。それに気づいた時には乱暴に馬車の中に放り込まれていた。
「大人しそうだと思ったのになぁ……まあ、これでもう逃げられないから安心か」
「いや、いや、出して」
泣きながら訴えても知らん顔だ。
「はあ……頼むから黙ってくれよ」
「んっ」
あまり騒いだからか、薬をかがされた。
ぱたりと眠り込んだ私を乗せたまま、馬車は走り続けた。
そうしてたどり着いたのはーー黒く巨大な屋敷。
まだ薬のせいでふらふらする頭を押さえながら、男に手を引かれて中へ連れ込まれる。
自分の置かれている状況にあまりに怯えているせいで何も目に入らない。頭の中はどうやって殺されるのかという疑問でいっぱいなのだ。
「連れて来ました」
「ご苦労。一人だな? ならもう一本増やしておけ」
「了解しました」
もう一本? 何を?
「おらよ。仲良くねんねするんだな」
「いたっ」
いきなり掴まれていた腕を離されて思い切り床に転ぶ。冷たい石の床に身体をぶつけて痛みに悶えた。
「じゃあな」
言い捨てると男はさっさと出て行って扉を閉めた。途端真っ暗になり、何も見えない。
「ひっ」
手に何か触ったと思うと人だった。目を凝らすと小さな女の子だということがわかる。横たわったまま動かない。
生きてるよね……?
もし死んでいたらと震える手で肩を揺さぶる。反応はないが息はしているので安心した。
「きみ、誰? どこから来た?」
「!?」
少し離れたところで少年の声がした。




