17 信頼、欠片
アンディはまた緊張したような表情になった。
……まだ話し出さないのだろうか。結構待っているのに彼はいっこうに口を開かない。とうとう我慢の限界がきて私は彼に話しかけた。
「どうしたの? もしかして言いにくいことなの?」
「いや、そういうわけじゃない……ただ」
アンディはそこで言葉を切った。視線が泳いでいる。言うべき言葉が見つからないようだ。
自分の手を重ねたアンディの手を握ってみる。かすかに彼の手がびくんと跳ねた。やっぱり変だ。まるで、何かに怯えているみたい……。
「ただ……」
「怖いの?」
アンディが固まった。どうやら当たったらしい。
「わ、私がアンディの話を信じないかもって思ってる? それなら……絶対違うよ。私は信じる」
あまりにはっきり言い過ぎたかもしれない。いつの間にかここまで彼を信用していた。
「エレン」
「だっ、だから……話して」
手をもっと強く握って、彼の目を見て言った。驚きで見開かれる灰色の目はやがて優しそうに微笑み、いつもの彼の表情に戻った。
「びっくりしたよ。まさかそんなに信じてくれてるとは」
「だって、アンディは……」
だって、何だろう。続く言葉が簡単に見つからない。優しいから? 守ってくれたから? どれも何かが足りない。
「続きは?」
「え」
アンディはにやっと笑って促してきた。
お、面白がられてる?
「……思いつかない」
「うーん……やっぱさ、エレン」
アンディが私の顎をつかんでくいと上を向かせた。結構な身長差があって顔が見えにくいからそうしたのだろう。でもそのせいで途端に心臓が大暴れする。
「先に思い出してほしい」
「なっ……何を?」
「俺が、誰なのかを」
「えーー」
返事をする間もなく、背中に腕が回される。……ああだめ、これは癖になる。アンディの体温を感じるだけでとろけてしまいそうになる。
やわらかな抱擁に酔いかけていたとき、ふいに目の覚めるような奇妙な感覚が頭を通り抜けた。
「っ!」
景色が反転して倒れそうになる。頭痛なのかめまいなのか。
違う、私はこの感覚を知っている。
絶対にこの葉巻のような匂いを知っている。
(あの夢だ……!)
つい最近見た夢に出てきた景色。むき出しの石壁に、細くたなびく白い煙、倒れる知らない子供たち。にやにや笑う大男。
あの夢は私が実際に経験したことだったんだ!
アンディから体を離す。
部屋の中には……白い煙が細くたなびいていた。煙はアンディの手の中にある火のついた葉巻から出ている。
「それっ……! どうしてアンディが!?」
「思い出した?」
思い出した、という彼の声がこだまする。頭がおかしくなってしまいそうだ。
金髪……そうだ、あの少年も金髪だった……。
そう思ったとき、割れた食器の破片がぴたりと合わさるように、夢ーーいや記憶の中の少年とアンディの関係がひらめいた。
「まさか」
初対面では、なかった?
「まさかってどういうまさかなの?」
「っ……アンディが、あの子だったの?」
にやにやと笑いながら自分たちが弱っていくのを面白がるように見ている男たちから、守ってくれた少年。
「そうだよ」
アンディは答えると、葉巻の火を消した。耐え難い感覚を引き起こしていた煙も消えて楽になる。ずるずると床に膝をついた。
そしてーー頭のふらふらがなくなった頃、私はすべてを思い出していた。
「もう五年前になるかな」
そこからは言われなくてもわかっている。
蒼白な顔で記憶の彼方に引き戻されていく私を見て、アンディは口を閉じた。




