16 確認、秘密
ノックの音からしばらくして、アンディが入ってきた。
いつもより表情が固い。
彼にしては喋らない。こちらも何を言っていいかわからないけれど、沈黙に耐えられなかったので思い切った。
「アンディって何者なの?」
いきなりすぎただろうか。空気があきらかにピンと張り詰めたのがわかった。
アンディだけでなく私もかなり動揺している。いつも柔らかな物腰の彼が今は少し怖い。
「……前に、ベルが鳴ったときがあったでしょ。あのとき、アンディは大事な用で呼ばれたんだよね? 何か重要な役割でもあるのかなって……」
語尾が消えるようにか細い声になる。彼が答えてくれなかったらと心配する気持ちがあった。
しばらくの沈黙ののち、アンディはようやく口を開いた。
「この屋敷には"五本指"って呼ばれる役目の人間が五人いる。五人にはそれぞれ親指、人さし指……っていう風に名前がつけられてて、俺は中指って呼ばれてる」
「ゆ……指?」
「そう。指。ふざけてる」
アンディが一歩近づいた。
「誰の指かはわかる? 物凄く趣味悪いけど」
「ランズウィック家の……主人」
顔だけで笑いうなずくアンディ。唇の端がつり上がっただけの笑みは恐ろしげでどこか妖艶だ。そして目には憎悪が満ちている。
「そうだ、怪我してない? さっきの、物騒なもの持ってただろ」
アンディははっと気づいたように心配してきた。その目からたちまち憎悪が消える。いつもの彼に戻ったのを見てほっと息をついた。質問されてふるふると首を振る。
「そっか、ならいいんだ」
彼が言うと、もう何度目かわからない沈黙が訪れた。今度は少し柔らかさのある沈黙だったから気まずくない。
少し間を空けて立っているアンディの顔を見る。綺麗な顔立ちだ。施設にいた、いつも甲高い声で喋るエイミーならきゃあきゃあ言うだろう。
自分とは釣り合わないとふと思う。こんな変な髪の私とは。
「それ癖なの? よく髪を引っ張ってるけど」
無意識に髪を引っ張っていたらしい。何だか恥ずかしくなってうつむいた。
「うん、癖……。巻き毛がなおったらいいのになって、ついやっちゃうの」
「え、なんで? せっかく綺麗なのに勿体無いだろ」
アンディは心底不思議そうだ。
「この髪が派手で変だから、いつも悪い子扱いされたんだよ。嫌いなの……色も、黒とか金とか茶色とか普通の色なら良かったのに」
「……そういえば、施設にいたんだっけ。何歳のときから?」
「あまりはっきりとは覚えてないけど……たぶん十二か十三のころかな」
話題が施設に来たころのことに移りかけてたじろぐ。そのころの記憶はあまりないのだ。思い出そうとしてももやがかかったようで一切思い出せない。
それより少し前のことなら覚えている。賑やかな市場で花売りをしていた。そのころから一人だった。空き家にこっそり住んでいて小銭をかき集めて食べ物を手に入れていた。
だが、その頃と施設に来た頃の間の記憶が抜け落ちているのだ。
おそらく何か大きなショックを受けたから記憶を失っているのだと言われた。だからなるべく考えないようにしてきた。
「記憶が、ないんだね」
「……うん」
アンディがまた一歩近づいた。空いていた距離が埋まる。
「……アンディ?」
何か変だ。どきどきする。
彼はいつになく真剣な目で私を見ていた。まるで告白でもするように。ああ、告白ならされたのかな、あれはそういう意味だったのかはわからないけれど。
「エレンは、俺のこと信じる?」
「へ?」
予想外の言葉で間の抜けた返事が漏れた。
彼は真剣だ。いつの間にか伸ばされた左手が私の顔に触れる。
アンディを信じるかってーー。
「信じるよ」
返事は、驚くほどあっさり出た。
「……そうか。じゃあ、今から話すことも信じてくれる?」
どうして確認をするのだろう。
答えなんて分かり切っているのに。こんなに温かい手をした人が嘘をつくはずがない。
頬を包む大きな手にそっと自分の手を重ねて、私は彼の言葉を待った。




