11 芝居、白煙
ここはどこだろう?
確かに来たことがある。それなのに、思い出そうとすると記憶にもやがかかっているようにぼやける。
ずっと感じているのは全身を包む体温だ。頭がとろけてしまいそうな心地良さに、定かでない記憶の中の風景はさらにぼんやりとしたものになる。
『どれが残っている?』
誰の声?
『赤毛のはもうダメだ。あと四人……こいつももう無理だな』
誰か分からない声が近づいて来たと思ったら、目の前を思い切り靴底がかすめていった。
私めがけて蹴りが繰り出されたのだろう。しかしそれは当たらなかった。
手があったからだ。肩をしっかり掴む手が。まだ少年のもののようで、それほど大きくなく華奢だ。
でもびっくりするほど強い力で後ろに引かれて、間一髪で蹴りが当たるのを免れた。
あなたは、誰? どうして助けてくれるの?
床は冷たい石が剥き出しだった。そして、手を伸ばせば届きそうな距離に小さな子が倒れている。あっちにも、こっちにも。
白い煙が漂っている。かすかに葉巻のような匂いを感じる。
『煙を吸ったらだめだ』
私の肩を抱いている少年が言った。背後にいるから顔は見えない。声もどこかから響いているようにくぐもっていてうまく聞き取れない。
『まだくたばらないのかこのガキ。一番弱そうだと思ったのになあ……兄ちゃん、余計な真似すんじゃねえぞ。助けようったって無駄なんだからな』
喋っていた男が近づいて来た。スーツ姿の大柄な男だ。逃げようとしても体が動かない。お芝居を見ているようだった。昔から何回も上演されてきたお芝居で、だから展開は変えられないんだ。
この辺りでようやくこれは夢だとはっきり自覚した。ただの夢だ。目が覚めるのを待つだけだから何も心配することなんかない。
男が目前にまで迫ったとき、あの少年が前に出た。
後ろ姿しか見えないが、きれいな金髪だ。庇うようにして男と私の間に立っている。
『騎士気取りかい、少年?』
『黙れ。この子に手を出すな』
『ぷっくっく、これだから面白い! この屋敷は! 安心しろ。俺も最初はびびったがすぐに慣れるさ。何にせよお前は選ばれたんだ』
『何に? 誘拐だろ、これ! 何のつもりだ? 倒れてる子達は死んでるのか!?』
『ふざけんな!』
怒りをぶつける少年に男は飄々とした態度で答える。
二人のやり取りをはらはらと見守っていたが、だんだん声が遠くなっていった。それと同時に感じ出した本物の石の床の冷たさ。
そっと目を開けると、暗い部屋と金色の髪が見えた。
「う、重たい……」
それもそのはずで、扉にもたれかかって眠っていた私の上には、アンディが覆いかぶさって寝ていた。
さっと思い出してみる。梟の大群が襲って来る夢を見て、扉まで這っていってアンディを呼んで……
そこまで思い返して、顔にぶわっと熱がのぼる。
自分から彼に抱きついた気がする。いや、確実にそうした。
ああ、何をしてるんだろう!
かつてないほど恥ずかしい。でも、何だろう。ちっとも後悔は感じられない。
「……起きないよね」
彼がぐっすりと眠っているのをよく確認してから、そっと背中に腕を回してみる。細いと思っていたけれど肩幅はやはり自分よりずっと広い。だからこんなに重いんだ。でもその重みでさえ心地良く感じる。
「これはちょっと困るな」
「! お、起きてたの?」
「うん、ずっと」
今度こそ本当に恥ずかしかった。
だってこれじゃあまるで恋人同士だ。そう考えたのも恥ずかしくなってまたあたふたする。そんな私を見ながらアンディは笑っている。
「そんなに笑わないでよ……」
「ごめん。あまりにかわいいからつい」
「アンディって、嘘が上手いんだね」
「何で嘘になる?」
「う、もういいや……通じないみたい」
「寒くない?」
「ぜんぜん」
むしろ冷たい空気に触れたいくらいだ。
「もう眠れる?」
訊かれて、ついさっきの夢を思い出した。劇をみているような、自分では何一つできなかった夢。倒れている子供達と細く漂う煙……大柄な男、それから金髪の少年。
妙な既視感のある部屋だった。目が覚めてから気づいたがこの部屋に似ていた。ここよりはずっと広かったが。
「うん、もう大丈夫……ごめんなさい。変なことして」
本当は行ってほしくない。でもそんなことはとてもじゃないけれど言えない。
「謝らなくていい。嬉しいよ、エレンが頼ってくれて。何かあればすぐに呼んでくれればいい。いないときもあるけど」
そう言うアンディの目はとても優しい色をしていた。
背を向けて扉を開けるアンディをぼんやりと見つめていると、頭に引っかかるものがあった。
何だろう?
答えはすぐに見つかった。夢の中の少年に似ているんだ。




