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12 荒天、訪問

 風の強い日だった。

 小窓から雨風が吹き込んできて身体が刺されるように寒い。

 アンディが前に持ってきてくれた、服のたくさん入った包みから適当なものを出して窓に突っ込んでみた。とても上等な生地でできた服だったのでもったいないとは思ったけれどこの寒さには負ける。

 ぎゅうぎゅうに押し込んだ服は雨風をしのいでくれたけれど、こんな強い風ではいつ吹き飛ばされてしまうか分からない。いちばん分厚い服を着て作業を続ける。

 持ってきてくれた服は全て、今まで見たこともないほど上質なものだった。これほど大きな屋敷だから途方もない財産があって、きっと屋敷の中のものはみんなこんなふうに上質なのだ。

「せめてもう少しましな形で来ることになれば良かったのになぁ。……言っても仕方ないか。それより早く足枷を切らないと」

 ギコギコとバターナイフを動かして足枷の溝を深くしていく。十五日この作業を続けたが、できた溝の深さはやっと爪の厚さに届くくらい浅いものだ。

 間に合わないのではないか。その不安は常につきまとっている。ナイフの刃ももうぼろぼろだ。

 それでもこれしか希望がないのだからやるしかない。

 風が吹き込むぴゅうっという音が不気味だ。服を詰め込んであるのにどうしてこんな音がするんだろう?

「あっ、隠し扉からかな……」

 手を止めてベッドの下を覗き込んでみる。そこには外につながる隠し扉があるのだ。きっとその隙間から風が吹き込んでいるのだろう。

 薄暗いベッドの下を覗いたときーー目を見開くのが自分でもわかった。

「開いてる……!」

 心臓がどくどくと鳴り出した。どうして開いてるの? いくら風が強くても、重い石の扉が開くのは考えにくい。

 何かが起こる予感がする。得体のしれない恐怖で瞬きができない。

 息を殺して扉を凝視しているしかなかった。

 びゅうびゅううなっていた風が少しだけ弱くなった。そのとき確かに聞こえた。

 コン、コンーー。

「!」

 コン、コンーー。

 うるさい心臓の音に混じって確かに聞こえる。コンコンと石壁を叩く音が。

 誰かがいる!

 ふたたび風がうなった。規則正しく続いていたコンコンという音はいったんやんだ。

 いったい誰がそこにいるの? 確か扉の外は虫しかいないような藪になっていたはずだ。どうやってたどり着いたのかも不思議だ。 もしかして人間ではなかったりするのだろうか……?

 神様も悪魔も信じていない。そんなことは施設の大人たちの前では口が裂けても言えなかったが、心の中でずっとそう思ってきた。 神様を信じていて祈りを欠かさなかった院長は私をぞんざいに扱ってまるで悪魔みたいだったし、悪魔の正体は人間だと知っている。実体のないものに罪をかぶせているだけなのだ。

 だから今石壁を叩いたのが人間でない何者かだとは思いたくない。でも不気味な嵐が不安をかきたてる。

「おぅい、聞こえるか」

「きゃあ!」

 私は驚きのあまり飛び上がって頭をベッドの木枠にぶつけた。

 開いた扉の隙間から老人が顔を出したのだ。

 何が現れるのかと息をするのも忘れて固まっていたところにこんなことが起こって、心臓が弾けてしまったように感じた。

「お嬢さん一人だな? いきなりだがあんたは生贄だよな?」

「あの、あなたは誰ですか」

「それは後だ。お嬢さん、生贄だからここに閉じ込められてるんだよな?」

「……はい。どうしてそれを」

「話せば長くなるが話そうか? ……おっ? おかしいな。生贄の部屋はここではないはずだが……間違えた? いやそんなはずはない。確かにここなのだ……」

 老人は白いひげの生えた顎に手をやって何やらぶつぶつ言っている。

 その内容が気になった。生贄の部屋はここではないの? どういうことだろうか。

「その、ここは生贄の部屋じゃないんですか? どういうことですか」

「うむ、特に気にせんでいい。そんなものはあの魔女のでたらめでいくらでも変わるのだろうからな」

 老人は顔を歪めて吐き捨てるように言った。

「魔女って、デリアっていう人のことですか」

「なぜそれを知っているのだね?」

「見張りの男の人が言ってたんです」

 老人が不審そうに訊くのでそんなに変な事だろうかと首を捻る。

「ちっ、この屋敷は何十年経っても変わらんな。腐っとる。こんな若い娘さんをそんな物騒なものにつないで閉じ込めて殺すんだからな」

「……」

 この老人は、私の味方?

「いちばん腐っとるのは考え方だ。いずれ捧げられて殺される運命のものだからと、屋敷の秘密をべらべら喋るなんてな」

「え」

 アンディは、そんなことを考えていたの?

 私が、どうせ死ぬ人間だからと、大事な秘密を喋ったの?

 ううん、彼はそんな人じゃない。もうじゅうぶん知っている。

「お嬢さん、助けてやる」

「あなたは何者なんですか?」

 いきなり現れたこの老人を素直に信じることは危ない気がした。

「できるだけ早く出たいんだが、仕方ないのかの……怪しがっているんじゃろ?」

「は、はい……」

 言いにくいけれど事実だ。

「ならかいつまんで説明する。聞き終わったらどうするかすぐに決めてくれよ。もっともすぐに答えは出るだろうがね」

 そして、老人の話が始まった。

 

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