第2章 2
待ち合わせ場所は、駅の改札の前。他にいくらでも場所はあるけれど、下手に「待ち合わせスポット」的な場所を選んで、うまく落ち合えなかったことが何度かあるから。原因は、わたしの方の理解不足とお互いの伝達能力のなさだけれど。
少し遅れているのは多分、仕事のきりをつけてくるからだろうと思いながら、ぼんやりと立っていた。別に改札から出てくるわけではない。職場は近くて、同じ駅なのだから。自分の方は、時間に間に合うように仕事を切り上げてきてしまった。
こちらに来る人の中に待ち人の顔を探していると、自然と見知った顔に目が気づいてしまった。改札を通ろうとしていた向こうも気づく。最近つきあい始めたという、彼女と一緒にいた。互いに一瞬固まって、向こうは通ろうとした改札を後戻りする。
こっちに来る、と、思わず固まってしまったところで頭を小突かれた。
「痛……、あ、来た。お疲れ」
「お前なによそ見して……ああ」
視線を追うようにして気づいたらしい。学生時代、わたしが仲が良かった男の子。付き合おうか、なんて話もでたけれど、臆病なわたしがそんな風にできるわけもなくて。断る勇気も出なかったけれど、付き合うより断る方が楽だった。あの時の気持ちは、好きだったのか、何なのか、今になっても分からないまま。
少し、服の裾を引っ張られて見上げた顔は、何だか不機嫌そうに向こうの二人を眺めている。軽く挨拶をしたと思うと、そのままわたしのことを引っ張って踵を返してしまった。
「わ、と、と、……ちょ、ちゃんと歩くから」
後ろ向きに引っ張られるようになって思わずつんのめる。そんなわたしのことを笑っているのだから、この人は本当にどうしようもない。後ろから、彼の声がした。わたしが振り返るより先に振り返って、わたしはそちらを振り返れないように背中を押されてしまう。
「これからデート? 聞いてはいたけど、仲いいな、お前ら。……そうだ、一応報告しておくな。聞いてるかもしれないけど。俺と紗弓、近々結婚するから」
並んで歩きながら笑っている康介を紗弓は呆れ顔で見上げた。どうしようもない奴だ、と言わんばかりに。結婚するから宣言をした後で、思い出し笑いをしているのだ。
「すげー、面食らってたぞ、あいつ」
「唐突なんだよ。言わなくたっていいのに。関係ないんだから」
「まあね……関係はないけどさ。顔見ると向こう、まだ気持ちが残ってるみたいだったからとどめさしてやろうと思って。仲良しカップルの悩みの種になってやる必要、ねぇだろ?」
どこか納得いかない顔をしている紗弓を見下ろしながら、康介は大股でどんどん歩いていってしまう。同じ速さで、紗弓も当たり前の顔をして並んで歩いてくるけれど。気を使わずに、同じ速さで一緒に歩ける。
実際どういう関係だったのかは、この際康介にはどうでも良かったのだ。ただ、先程あそこで顔を見た奴が、紗弓と付き合うために紗弓に言った言葉と、その後の行動が実は、どれだけ紗弓を紗弓自身さえ自覚しないような形で傷つけて、頑なにしてしまったかを康介は少しだけ分かってしまうから。
「ねえ、それで今日は何だっけ?」
「今日は飯。のんびりと。……そいやお前、仕事どうする?別にやめる必要ないけどさ。今の職場どうなんだよ。やめたいとしたらいい機会だし理由だろ」
「う~ん……そっか。考えてなかった。最近、やめたくなってきてるのも本音なんだよね。あそこ、しんどいよ。すごい精神的にストレスたまって」
「ふ~ん。まあ、好きにすれば?すぐに結論ださんでいいし」
そんな瞬間に康介の顔を見上げて、少しだけ紗弓はどきっとする。めったに見せてくれることのなかった、優しい顔を最近は、前よりも見るようになった気がするのは多分、気のせいではないだろう。同じ速さで歩いている足下に目を落として、何となくほっとして笑ってしまう。
自分が相手を好きだとか、好きじゃないとか、そんな気持ちよりも先に立ってしまっていた臆病さとか、弱腰な部分。それをおいておいてこんな風に決心した理由。同じ速さで、二人とも素のままで歩いていると思ったから。そうやっていられると思ったから。だから何となく、この人なら大丈夫だと思ってしまった。




