第8話 三つ目は衣装でした
禁忌の目録の申告を、グラナートへ求めました。手続きは外務府を通します。次席の式典官が外務府へ出す書付には、根拠条文を添える決まりです。添えました。供応の部、第四十五条。
三日後、外務府から差し戻しがありました。
――当該条文は現行儀礼書に存在せず。
わたくしは、その一行を見て、しばらく笑いたいような気持ちになりました。
存在しないのです。二頁が切り取られているので。
書付を書き直しました。今度は条文ではなく、六十年分の式次第から復元した引用を十九件添えて、この条は存在したという証明にしました。分厚くなりました。
五日後、受理されました。
そのあいだに、四つ目を探しました。身につけるものです。礼装、勲章、佩剣の可否。
式次第の第十九項に、参列者の服制が書いてあります。
――王国側参列者は宮廷礼装、グラナート側参列者は本国の礼装によるものとする。
穴がありません。互いの作法を尊重する、いちばん無難な書き方です。三度読んで、それでも何も出ませんでした。
厨房へ行きました。
「……で、何時だ」
「本日は伺いにまいりました。宮廷礼装の色は、決まっておりますか」
「おれに訊くな。着たことがねえ」
「では、厨房の方々は当日、何を着られますか」
「白だ。前掛けも白。汚れが見えるようにな」
わたくしは、それを書き留めました。
「あんた、また数えてるのか」
「四つ目を探しております」
「服か」
「はい。ですが、穴が見つかりません」
バティスト殿は、木べらで鍋の縁を二度叩きました。
「穴が無えなら、無えんじゃねえのか」
「六つあると言われましたので」
「言った奴を信じるのか」
わたくしは、そこで手が止まりました。
まだ五つある、と彼は言いました。あれは、脅しです。数えていろ、と。数えさせるための言葉です。
――数えさせて、どうなるのでしょう。
数えている人間は、数え終わるまで他のことをしません。
「……バティスト殿」
「なんだ」
「ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはねえ」
記録倉庫へ戻って、第十九項をもう一度開きました。穴が無いのではなく、穴の場所が服制の条文ではないのかもしれません。
服制は、着る人の話です。着る人が誰かは、招待名簿にあります。名簿を出しました。
ユベールが言っていました。三月前の版と、名前の数が違う、と。二つの版を並べました。
三月前の版が百三十六名。手元の最新版が百四十名。
増えたのは四名です。王国側に四名。全員が、聖職者でした。
大聖堂の司祭が三名と、司教が一名。増えたのが聖職者だけというのは、珍しいことではありません。式は大聖堂で行いますので、地元の聖職者を足すのは自然です。
自然すぎて、しばらく気づきませんでした。
王国儀礼書の服制の部を開きました。
――聖職者は、その職位に応じた祭服を着用する。祭服の色は暦により定める。
暦により定める。教会暦の表を出しました。三月後の第二週。
その週は、四旬節の第三週でした。
四旬節の祭服は、紫です。
ここまでは、何も問題がありません。
問題は、グラナートのほうでした。
グラナート公国の本国礼装。公爵家に連なる者が正式の場で着る色は、決まっています。先遣でお会いしたときの公爵閣下は旅装でしたので分かりませんでしたが、正装の色は儀礼書に書いてありました。
――紫。
わたくしは、両方の頁を並べました。当日、大聖堂の内陣には、紫の祭服を着た聖職者が四名立ちます。そして参列席の最前列に、紫の正装を着たグラナート公爵が座ります。
同じ色です。
王国では、聖職者の祭服の色を俗人が着ることを禁じてはいません。禁じていませんが、避けます。誰も明文で禁じていないので、避ける理由を条文で示すことができません。グラナート側から見れば、こうなります。
――我々の公爵は、この国の坊主と同じ服を着せられて、隅に座らされた。
条文には違反しません。誰も咎められません。
当日、その場にいる百四十人だけが分かります。
三つ目でした。四つ目ではなく、三つ目です。
わたくしは順序を勘違いしておりました。口に入るものは、まだ潰していません。目録の申告を待っている最中です。身につけるもののほうが、先に見つかりました。
直し方を考えました。
聖職者を減らすことはできません。増やしたのは正当な理由があります。祭服の色も変えられません。教会暦が決めています。公爵の正装も変えられません。他国の礼装に王国が口を出すのは、それ自体が侮辱です。
どれも動かせません。
動かせるものが、一つだけありました。
――位置です。
紫と紫が同じ画の中に入らなければよいのです。内陣の聖職者と、参列席の最前列。あいだに何を置くか。
わたくしは、大聖堂の平面図を出しました。内陣と身廊のあいだには、聖障があります。透かし彫りの石の格子で、高さは人の胸ほど。それより高い位置に、祭壇の燭台が並びます。
燭台は、動かせます。祭具の配置は式典官の管轄です。燭台を三本、聖障の中央に寄せました。図面の上で線を引いて、視線を確かめます。
参列席の最前列から内陣を見たとき、燭台の火が視界に入ります。人は火があると、火のほうを見ます。
紫と紫は、同じ画に入りません。
念のため、大聖堂へ行って確かめました。堂守が一人いて、燭台を三本寄せたいと申しますと、渋い顔をされました。
「あれは動かす台じゃございません」
「祭具の配置は、式典官の管轄と伺っております」
「管轄はそうでしょうが、あの燭台は据えて六十年です。据えたまま六十年で、床の石が凹んでおります」
「凹んでおりますか」
「ご覧になりますか」
見せていただきました。たしかに、燭台の脚のところだけ、石が浅く窪んでいます。わたくしは、その窪みを指でなぞりました。台帳の毛羽立ちを、思い出しました。
「六十年前に、どなたが据えられたか分かりますか」
「そんな昔のことは」
「記録がございます。お調べしてもよろしいですか」
堂守は、変な顔をなさいました。
「燭台を動かすのに、六十年前を調べるんですか」
「動かしてよいものかを、調べます」
その日の夜、記録倉庫で調べました。六十年前の据付は、大聖堂改修の式次第に残っていました。据えたのは当時の式典官で、理由も書いてありました。
――祭壇の火が身廊から見えるようにするため。
わたくしが寄せようとしている位置と、目的が同じでした。六十年前の人も、同じことを考えていたのです。ただ、そのころの参列席は今より前にありました。席が下がったぶん、火が見えなくなっている。
翌日、堂守に伝えました。
「元の目的に戻すだけでございます」
「……そういう理屈になりますか」
「なります。記録にそう書いてありますので」
堂守は、しばらく燭台を見上げていました。
「じゃあ、動かした記録も残してください」
「残します」
そう申し上げて、わたくしは少しうれしくなりました。
――ずいぶん、こちらも丁寧なことをいたします。
図面に書き込んで、余白に二重線を引きました。
三つ目は衣装でした。残りは三つ。口に入るもの、時、署名。
そして、まだ潰していないものが一つ増えました。
――数えさせて、どうなるのでしょう。
その問いを、紙の隅に書いておきました。
三つ目が片付きました。次は、儀典長との決着です。




