第4話 二つ目は旗でした
まだ五つある、と彼は言いました。言ってしまったのは、失敗だったと思います。数えていろと言われれば、数えます。それがわたくしの仕事ですので。
記録倉庫に戻って、式次第を第一項から並べ直しました。二十四項。歓迎晩餐の分だけで二十四項あって、調印式の本体はさらに十八項です。合わせて四十二。そのうち一つが席次でした。
残りは四十一。そのうち五つに何か仕込んである。闇雲に探しても見つかりません。仕込んだ人間には、仕込みやすい場所と、そうでない場所があります。
席次に仕込んだのはなぜか。
――誰も検算しないからです。
席次表は百四十行あります。一行ずつ両国の儀礼書と突き合わせる人間は、この王宮に一人しかいません。二人いれば、仕込む側は席次を選びません。つまり、仕込みは全部、同じ性質の場所にあります。細かくて、多くて、誰も最後まで読まない場所。
紙を一枚出して、四十二項を性質で分けました。
一つ、人の位置に関するもの。席次、行列、着席の順。
二つ、物の位置に関するもの。旗、花、灯り、卓の設え。
三つ、口に入るもの。献立、酒、水。
四つ、身につけるもの。礼装、勲章、佩剣の可否。
五つ、時に関するもの。開式、乾杯、退出の時刻。
六つ、署名に関するもの。順、筆、印。
六つです。わたくしは、その数字をしばらく見ていました。
席次で一つ。まだ五つある。
――階層ごとに、一つずつ。
仕込んだ人間は、六つの階層に一つずつ置いています。同じ階層に二つ置けば、片方が見つかったときにもう片方も疑われます。散らしておけば、一つ潰されても残りは生きる。丁寧な人です。台帳を燃やさずに三行だけ削った人と、同じ性格をしています。
この分け方が正しいかどうかは、確かめたほうがよいと思いました。厨房へ行きました。仕込みの刻限を外して行ったつもりでしたが、バティスト殿は鍋の前におりました。
「……で、何時だ」
「いえ、本日は伺いに参りました。式で、いちばん誰も見ていないものは何でしょう」
彼は木べらを止めました。
「妙なことを訊くな」
「妙なことを探しておりますので」
「……厨房でいいなら、薪だ」
「薪ですか」
「食材は数える。皿も数える。人も数える。薪は数えん。誰も数えんから、足りなくても当日まで分からん」
わたくしは、その言葉を書き留めました。
「数えないものに、仕込むわけですね」
「知らん。おれは薪の話をした」
彼は鍋の縁を二度叩きました。
「あんた、何と戦ってるんだ」
「まだ分かりません。六つあるということだけ、分かっております」
「六つ」
「はい」
バティスト殿は、しばらくわたくしを見ていました。
「炙り台のあれは、あんただろう」
「炙り台の位置は、厨房の設営図の管轄でございます。勝手に動かして申し訳ございません」
「謝るな」彼は言いました。「あれで、うちの若いのが二人、煙を吸わずに済む」
わたくしは、そのとき初めて、自分が大使の席のことしか考えていなかったのに気づきました。煙の通り道には、炙り台を扱う者も立っています。
「……存じませんでした」
「知らんでいい。結果が同じなら知らんでいい」
厨房を出ました。
薪。数えないもの。
二つ目を探しました。物の位置です。
旗。
両国の旗を、大聖堂前庭のどこに、どの順で、いつ揚げるか。式次第の第七項に書いてあります。読みました。三度読んで、何もありませんでした。
王国旗、グラナート公国旗、この順で同時掲揚。高さ同一。距離は等間隔。どこにも穴がありません。わたくしは第七項を閉じて、儀礼書のほうを開きました。
王国儀礼書の、旗章の部。
――王家の旗は、国旗と同時に掲げてはならない。
その一文で、手が止まりました。
王家の旗というのは、王族が臨席する場に揚げるものです。国旗より一段上に、国旗を掲げたあとで揚げる。同時に揚げると、国と王家が同格になります。王国ではそれを避けます。
招待者名簿を出しました。百四十名。上から順に見ていって、七行目で止まりました。
――王姉殿下イゾルデ。
王族が臨席します。ということは、王家の旗を揚げます。第七項に戻りました。王家の旗のことは、一行も書いてありません。
書いていないのです。書き忘れではありません。書かなければ、当日その場で誰かが「王姉殿下がおいでなのに旗が無い」と気づき、あわてて揚げます。あわてて揚げれば、順序を守る余裕はありません。国旗と同時に揚がる。
その瞬間、王国は自国の儀礼書に違反します。
グラナートの使節団の目の前で。
わたくしは、少しのあいだ、その紙を見ていました。これは席次より悪質です。席次は、やった側の意図が形に残ります。旗は残りません。当日の混乱として処理されて、書かなかった人間の名前はどこにも出ない。
――ずいぶん、丁寧なことをなさる。
第七項に、王家の旗の掲揚を書き足しました。国旗掲揚の完了後、鐘一つ分の間を置いて、三本目の柱へ。旗手の配置も添えました。余白に鉛筆で二重線を引いて、書き足した箇所が分かるようにします。
その足で、旗手の詰所へ行きました。王国の旗手は近衛から出ます。詰所は北棟の一階で、記録倉庫からは近い。
当日の担当は二人でした。若いほうが、わたくしの持ってきた紙を見て、眉を寄せました。
「三本目の柱、というのは」
「王家の旗です。王姉殿下がご臨席になります」
「聞いておりません」
「本日、書き足しました」
若いほうは年嵩のほうを見ました。年嵩のほうは、紙を受け取って、しばらく黙っていました。
「……間を置け、と」
「鐘一つ分です。同時に揚がると儀礼書違反になります」
「向こうさんの旗手はどうする。あちらは同時に揚げる作法だ」
わたくしは、そこで初めて、自分がまだ半分しか見ていなかったことに気づきました。グラナートの儀礼書では、王家の旗と国旗は同時に揚げます。そういう国です。
こちらが間を置き、あちらが同時に揚げれば、二本の柱と三本目の柱で、揚がる時刻がずれます。前庭の中央で、両国の旗手が互いの手元を見ながら、どちらに合わせるかを目で決めることになる。
式の最中に、旗手が睨み合うのです。
「……お待ちください」
わたくしは詰所の卓を借りて、その場で書き直しました。王国側の三本目を、グラナートの二本と同時に揚げる。ただし三本目の柱を、他の二本より半歩下げた位置に立てる。高さは同一のまま、位置で段を作る。
王国儀礼書は高さの同格を禁じていますが、位置については何も書いていません。グラナート儀礼書は同時掲揚を求めていますが、柱の並びは求めていません。
どちらの条文にも違反しません。
「柱を半歩、下げてください」
「柱を動かすのか」
「はい。旗ではなく、柱を」
年嵩の旗手が、わたくしを見ました。
「あんた、席次のあれをやった人だな」
「席次は動かしておりません」
「聞いてる」彼は紙を畳みました。「炙り台を動かしたんだろう」
噂というのは、旗手の詰所まで届くものらしいのです。
記録倉庫に戻ったのは、日が落ちてからでした。二つ目は旗でした。物の位置の階層に、一つ。
残りは四つ。口に入るもの、身につけるもの、時、署名。
三つ目を探すために、儀礼書の献立の部を開きました。
――そこで、頁が飛んでいました。
儀礼書の供応の部。二百十一頁の次が、二百十四頁になっています。綴じ目を見ました。二枚が、根元から切り取られています。刃物です。台帳の三行と同じ、薄くて丁寧な刃の跡でした。
次は、切り取られた二頁を追います。




