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婚約解消された王宮式典官ですが、花嫁の欄に私の名が書いてあります――隣国との条約調印式、謹んでお受けします  作者: 望月すずね


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第25話 二刻で組み直す

 噴水を基点に、百四十席を引き直しました。


 白墨は使えません。雨で流れます。代わりに、麻紐を使いました。回廊の床に、卓の位置を紐で示します。儀典課の者が四人がかりで張り、わたくしが順に番号を付けました。


 半刻で、卓の位置が決まりました。


 席次は、そのあとです。


 四十一年前の書き込みに従い、噴水正面を上座とし、時計回りに序列を下げます。両国の序列を、また突き合わせなければなりません。三月かけて組んだ席次表を、開きました。


 ――使えます。


 順そのものは変わりません。変わるのは形だけです。長い卓の上座下座が、四辺の時計回りに置き換わるだけ。三月前に、両国の作法のどちらでもない順を作りました。あのとき、条文の番号を全席に付けました。


 番号が付いているので、形が変わっても順が読めます。


 わたくしは、席次表の余白に、新しい位置番号を振りました。四半刻で終わりました。


 厨房へ行きました。バティスト殿は、湯気の中におられました。


「……で、何時だ」


「二刻後でございます。晩餐を回廊へ移します」


「回廊」


「前庭の天幕が落ちました」


 彼は木べらを止めました。


「厨房から回廊まで、どのくらいだ」


「厨房の裏口から、東の回廊まで、百二十歩でございます。屋根はございます」


「百二十歩」


「はい」


「熱いもんが冷める」


 わたくしは、そこで止まりました。考えていませんでした。


「……申し訳ございません」


「謝るな。どうするか言え」


「十九品のうち、温かいまま供するものは七品でございます」


「七品だな」


「七品を、回廊の東端で仕上げる形にできますか。半仕上げまで厨房で作り、最後の火を東端で入れる」


「炭が要る」


「炙り台を三つ、前庭から移します。天幕の外に置いてありますので、濡れておりません」


 バティスト殿は、若い料理人を呼びました。


「炙り台を東の回廊へ。三つとも」


「東は風が入ります」


「入るなら、衝立を立てろ。厨房の板でいい」


 彼はわたくしのほうを向きました。


「あと一つある」


「はい」


「百四十人が回廊で二刻待つ。式のあいだだ。そのあいだ、何も出さんのか」


 わたくしは、式次第を見ました。調印は大聖堂です。二刻。そのあと回廊へ移動して晩餐です。


 移動のあいだ、参列者は雨の回廊を歩きます。


「……何か、出せますか」


「湯だ。生姜を入れる。二刻立ってりゃ冷える」


「式次第にございません」


「じゃあ書け」


 わたくしは、その場で書きました。


 ――第三十六項の次に。閉式後、回廊にて湯を供する。


 書いて、二重線を引きました。


「バティスト殿」


「なんだ」


「これは、慣行にございません」


「知るか」


 彼は木べらで鍋の縁を二度叩きました。


「冷めた飯を食う奴の仕事は冷める。客も同じだ」


 設営は、一刻半で終わりました。紐の上に卓が並び、卓に布が掛かり、布の上に献立札が置かれました。百四十枚。三日かけて一枚ずつ確かめた札です。


 風が吹き込む中庭側には、厨房の板で衝立が立ちました。板は不揃いで、見た目はよくありません。


 わたくしは、噴水の前に立って、四辺を見渡しました。


 ――見た目は、よくありません。


 三月かけて組んだ前庭の天幕は、白い布に六本の柱で、絵になる形でした。


 これは、絵になりません。


 絵にはなりませんが、百四十名が座れて、順が読めて、温かいものが出ます。式次第は、そのために組みます。


 残り半刻というところで、オデット殿が来られました。雨に濡れた外套のまま、回廊を一周されました。一周して、噴水の前に戻ってこられました。


「四辺一列。基点は噴水」


「四十一年前の例に従いました」


「うちにも同じ形があるわ。雨の多い国だから」


 彼女は、席次表を手に取られました。


「番号が振り直してある」


「はい」


「三月前の表の上に、書き足したのね。消さずに」


「はい」


 オデット殿は、表をこちらへ返されました。


「ヴェルニエ殿。うちの財務長官が来ているわ」


 わたくしは、顔を上げました。


「ヴァレン殿でございますね」


「本使節団に紛れ込んだの。招待名簿には無いはずよ」


「確かめます」


 わたくしは名簿を出しました。グラナート側七十二名。


 ヴァレンの名は、ありません。


 ――名簿に無い者は、入れません。


 入れないのですが、他国の使節団の内訳に、こちらから口は出せません。出せば、それ自体が侮辱になります。


「入れないわけには参りませんね」


「参らないわね」


「では、席がございません」


 オデット殿が、こちらを見ました。


「無いわね」


「無い方を、立たせておくわけには参りません。立っている方が一人いる式は、乱れた式でございます」


「どうするの」


 わたくしは、四辺を見渡しました。百四十席、全部埋まっています。増やす余地はありません。


 ――増やせないなら。


 わたくしは、席次表を開きました。


「オデット殿。グラナート側の七十二名のうち、儀典局の随員が三名おられます」


「いるわ」


「随員は、式のあいだ立って進行を見ます。座りません」


「そうね」


「では、随員の席を一つ、名簿に立てます。実際には座りませんので、そこへヴァレン殿が座られます」


 オデット殿は、少し黙られました。


「……随員の席を作るの」


「作ります。作れば、席次の中に入ります」


「席次の中に入ると、どうなるの」


「順が付きます」


 わたくしは、席次表の随員の欄を指しました。


「随員は、序列でいちばん下でございます」


 オデット殿は、その一行を見ておられました。それから、初めて、声を出して笑われました。


「……あなた、そういう人ね」


「席次は、嘘をつきませんので」


 わたくしは、その席の番号を書き込んで、二重線を引きました。オデット殿は、その二重線をご覧になっておりました。


「ヴェルニエ殿。一つ訊いていいかしら」


「はい」


「なぜ、いつも消さないの」


「母の作法でございます」


「そうではなくて」


 彼女は、表を指されました。


「消したほうが読みやすいでしょう。当日これを見る人は、直す前の順なんて要らないもの」


 わたくしは、少し考えました。訊かれたのは初めてでした。


「……当日は、要りません」


「そうよね」


「要るのは、二十年後でございます」


 オデット殿は、こちらを見られました。


「二十年後」


「はい。二十年後に同じ式を組む者が、この表を棚から出します。そのとき、直す前と直した後の両方があれば、なぜ直したかが分かります。直した後だけなら、それが最初からそうだったのだと思います」


「思われると、困るの」


「困ります」わたくしは申し上げました。「最初からそうだったものは、疑われません。疑われないものは、次に同じ仕掛けを置かれたとき、気づかれません」


 オデット殿は、しばらく黙っておられました。


「……うちの儀典局は、消すわ」


「そうでございますか」


「清書のときに全部消して、綺麗な一枚にする。そのほうが格好がつくもの」


 彼女は、席次表をこちらへ返されました。


「今度から、残すことにする」


 わたくしは、礼をしました。


 式まで、あと四半刻でした。

次は、控えの間で公爵にお目にかかります。

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