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婚約解消された王宮式典官ですが、花嫁の欄に私の名が書いてあります――隣国との条約調印式、謹んでお受けします  作者: 望月すずね


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第13話 読み合わせ

 禁忌の目録が、外務府から届きました。申告の求めを出してから、一月と六日かかりました。


 封を切ると、一枚でした。グラナート公国外務局の印が捺してあり、十一項目が並んでいます。


 豚。血を用いた料理。鱗の無い魚。


 バティスト殿が向こうの料理番から聞いてきた三つが、上から三つでした。残る八つは、料理そのものではありません。組み合わせと、器と、順序についての定めでした。


 ――乳と肉を同じ器に盛らない。

 ――喪の月に赤い実を供さない。

 ――先祖の名を持つ魚は、頭を客に向けない。


 わたくしはその八つを二度読みました。料理番に訊いて分かるのは、食材までです。器と順序は、訊いても出てきません。訊かれないと答えられないものは、目録にしか載りません。


 条文が、なぜ「目録」を求めていたのかが、分かった気がしました。


 目録を持って、厨房へ行きました。


「……で、何時だ」


「二月後でございます。目録が届きました」


 バティスト殿は、鍋から手を離しました。


「読み上げるんだったな」


「はい。お聞きいただけますか」


「今か」


「お手が空いておりますときで」


「今でいい」


 彼は前掛けで手を拭いて、竈の前の丸椅子に座りました。座るときに、少し椅子を回して、わたくしのほうではなく竈のほうを向きました。


 わたくしは目録を読み上げました。一項目ずつ、ゆっくり読みました。読んだあと、少し間を置きました。


 バティスト殿は、火を見たまま聞いておられました。三項目まで来たところで、口を挟まれました。


「鱗の無い魚ってのは、鰻もか」


「目録には魚の名が三つ挙がっております。鰻、鯰、それから――」


「言え。名前で言ってくれ」


「鰻、鯰、八目鰻でございます」


「八目は使わん。鰻は使う予定だった。変える」


 わたくしは目録の余白にそれを書き留めました。四項目、五項目と読みました。


 乳と肉を同じ器に盛らない、のところで、彼は舌打ちをなさいました。


「うちの祝いの煮込みは、乳で伸ばす」


「では、その一品は」


「変える。乳を使わん形にすると、味が薄くなる。骨で濃くする。時間がかかるが、二月あるならできる」


「二月で足りますか」


「足りる。試作を三回やる」


 わたくしはそれも書き留めました。十一項目、全部読み終えました。読み終えて、顔を上げました。


 バティスト殿は、まだ竈のほうを向いておられました。


「もう一度」


「はい」


「もう一度、頭から読んでくれ」


 わたくしは頭から読みました。二度目は、彼は何も挟みませんでした。ただ、指を一本ずつ折っておられました。十一項目で、両手が閉じました。


 読み終わると、彼は立ち上がりました。


「終わりだ。もういい」


「目録は、こちらで保管いたします。設営の前に、もう一度読み上げに参ります」


「何度でも来い」


 彼は鍋のほうへ戻りました。戻ってから、背中で言いました。


「あんた、読むのが上手いな」


「そうでしょうか」


「途中で区切る。あれは読み慣れてる奴の読み方だ」


 わたくしは少し考えました。式次第を読み上げるのは、式典官の仕事です。読み上げて、聞いた人が動けるように読む。区切りは、聞く人が動くための間です。


「式の進行を読み上げますので」


「そうか」


 彼は木べらを取りました。


「なあ」


「はい」


「その紙、置いていかんでいいのか」


「保管は式典官と定められております」


「それは、あんたが決めた決まりか」


「いいえ。儀礼書の定めです。二十年前に消されていた条文でございます」


 バティスト殿の手が、止まりました。少しのあいだ、鍋の音だけがしていました。


「……消されてたのか」


「はい。写本十一冊すべてから、二頁が切り取られておりました」


「じゃあ、この二十年、読み上げは無かったんだな」


「無かったと思われます」


 彼は木べらで鍋の縁を叩きました。


 二度ではなく、一度でした。


「そうか」


 それだけでした。


 扉のところで、呼び止められました。


「おい」


「はい」


「その十一のうち、器と順の話が八つあったな」


「ございました」


「あれは、うちの誰も知らん」


「はい」


「知らんことは、間違える」バティスト殿は言いました。「食材は間違えん。豚を出すなと言われりゃ出さん。だが、乳と肉を同じ皿に盛るなってのは、言われなきゃ一生気づかん」


「はい」


「それで、向こうさんは怒るのか」


 わたくしは少し考えました。


「怒らないと思います」


「怒らんのか」


「怒らずに、召し上がらないと思います。そして国に帰って、こう仰います。王国では出されたものを食べられなかった、と」


 バティスト殿は、しばらく黙っておられました。


「……そっちのほうが悪いな」


「はい」


「食えなかった、で終わる。誰も怒鳴らんから、誰も直さん」


 彼は木べらを鍋に戻しました。


「二月あるんだったな」


「二月ございます」


「試作に来い」


「わたくしがですか」


「読み上げた奴が味を見んでどうする。八つのうち、どれが守れてどれが守れてないか、あんたが見るんだ」


 わたくしは返事をするのに少し時間がかかりました。式典官が厨房で味を見る決まりは、儀礼書にありません。ありませんが、禁じてもいません。


「……伺います」


「三日後だ。夕の刻」


「承知いたしました」


 わたくしは礼をして、厨房を出ました。出てから、五歩ほど歩いて、足を止めました。


 ――そうか、の言い方が。


 二十年前に村が二つ消えたと聞いたときと、同じ言い方でした。


 わたくしは目録を胸に抱えて、しばらくそこに立っていました。この二十年、王宮の厨房には、他国の客が何を口にできないかを知る道が無かったのです。


 道を消したのは、条文を切り取った人です。その人は、切り取る前に、二頁を書き写して隠していました。


 ――消したのに、残した。


 その二つが同じ人だという事実を、わたくしはまだ飲み込めていませんでした。


 記録倉庫へ戻って、卓の四枚を見ました。


 辞令。招待名簿。二十年前の写し。紋の写し。


 五枚目に、届いたばかりの目録を並べました。


 目録は、二十年ぶりに使われる紙です。


 使えるようにしたのは、二十年前にそれを隠した人でした。


 わたくしは、その五枚を前にして、筆を持ったまま動きませんでした。


 消した人と、残した人が、同じです。同じ人が、両方をしています。


 式が流れるように条文を切り取って、けれど、いつか誰かが読めるように写しを隠した。二十年、誰にも見つからない場所に。


 ――見つけてほしかったのでしょうか。


 そうではない気もしました。見つけてほしいなら、もっと分かりやすい場所に置きます。あの棚は、六十年より前のものを置かない決まりの段で、決まりを破った人の置き土産だけが積んである場所です。


 誰にも見つからないところに、けれど、燃やさずに置いた。


 ――残しておきたかっただけかもしれません。


 自分がしたことを、自分で消し切れなかった。


 わたくしは筆を置きました。置いてから、目録の余白に一行だけ書き足しました。


 ――読み上げ実施。二月後、設営前に再度。厨房長バティスト・オルネ。


 二十年ぶりに、この条文が使われた記録です。


 誰も読まないとしても、残します。

次は、厨房の試作に立ち会います。

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