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60章 印鑑(35歳の話)
―俺は印鑑が苦手だ。
印鑑というよりも、奴らの苗字と同じ苗字を見るだけで胸が苦しくなる。
一番目にする機会が多いのが印鑑だ。
印鑑だけではない。外にあちこちに出ている看板、芸能人、声優など…
奴らと同じ苗字というだけで息が苦しくなり、まともに見ることができなくなる。
苦しい。嫌だ。辛い。
―俺はカウンセリングを受けていた。
過去の事を話すのは俺が弱者であることを話すようで本当につらい。
なので「苦手な人物と同じ苗字を見ると苦しくなる」
とだけ伝えている。
先生は薬をくれるわけでもなく
「いつか気にならなくなるといいですね」
としか言ってくれない。
今俺が欲しいのが耳障りのいい言葉ではない。
忘れたい。もう縛られたくない。
それなのだ。
共感してほしいのではない。それでは何も気持ちが楽にならない。
もう奴らの影を引き離してほしいのだ。
薬を望むも、あまりそういう薬に頼るのはよくない、と相手にしてもらえないのであった。




