第5話 どちらでもないもの
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息が、できなかった。
「……はぁ……はぁ……」
泥棒Bはその場から1歩も動けずにいた。
目の前には——
倒れた仲間と、起き上がった“患者”。
どちらが生きていて、どちらが死んでいるのか。
もう分からない。
「……おい……」
声が震える。
倒れているAは、動かない。
だが、死んでいるのかどうかも分からない。
一方で。
“患者”は、ゆっくりと足を床につけた。
ギ……と、関節が鳴るような音。
立ち上がる。
不自然に。
まるで、体の使い方を思い出しているように。
「……なあ」
声がする。
Bの肩が跳ねる。
その声は——
Aの声だった。
「……は……?」
“患者”が、こちらを見る。
焦点の合わない目。
だが確かに、Bを捉えている。
「……なんで……そんな顔してんだよ」
笑う。
その笑い方は、完全にAだった。
「おい……冗談だろ……」
Bは後ずさる。
「お前……A……だよな……?」
問いかける。
一瞬の沈黙。
そして——
「……ああ」
“それ”は頷いた。
「俺だよ」
だが、その言葉と同時に。
床に倒れていた“本来のAの身体”が、わずかに痙攣した。
「……っ!!」
Bの喉が詰まる。
視線が、2つ交互になる。
立っているA。
倒れているA。
同じ“存在”が、2つある。
「……なあ」
立っている“それ”が、ゆっくりと近づく。
「どっちが本物か、分かるか?」
「来るな……!!」
Bは叫ぶ。
だが足が動かない。
逃げなければいけないと分かっているのに、身体が言うことを聞かない。
「……怖ぇのか?」
目の前まで来る。
その顔は、確かにAだ。
だが。
何かが、決定的に違う。
「……なあ」
“それ”が、首を傾げる。
「お前、どっちだ?」
「……え?」
「“残る側”か、“なくなる側”か」
意味が分からない。
だが、その言葉と同時に。
Bの胸が、締め付けられるように痛んだ。
「ぐっ……!!」
膝をつく。
呼吸が浅くなる。
視界が歪む。
その一方で——
“それ”の呼吸が、さらに安定していく。
「……ああ」
“それ”は、納得したように頷く。
「そっちか」
「やめろ……!!」
Bは必死に手を伸ばす。
だが、その手は届かない。
代わりに——
床の“本来のAの身体”が、ゆっくりと動き出した。
指が動く。
腕が震える。
そして。
目が開いた。
「……っ!!」
Bの視界が完全に崩れる。
立っているA。
倒れていたA。
そして自分。
3つが、同時に存在している。
だが。
そのうち1つは、もう“人間ではない”。
「……なあ」
2つの視線が、Bに向く。
「お前は、どれだ?」
その時。
ドアの外で、足音が止まった。
カツ、カツ。
静かなノック。
「失礼します」
受付の女性の声。
ドアが開く。
その瞬間。
部屋の空気が——
すべて“元に戻った”。
ベッドには1人。
倒れているのは——
泥棒B。
もう1つのベッドには——
静かに眠る患者が1人。
Aの姿は、どこにもない。
「……A-18」
女性はファイルを開く。
ゆっくりと、ペンを走らせる。
「進行中」
その頃。
病院の外。
記者は、建物を見上げていた。
「……何かがおかしい」
ポケットの中の録音機を握る。
「中で、何が起きてる……?」
その時。
背後から声がした。
「——お探しですか?」
振り返る。
そこには——
見覚えのある顔。
だが、名前が出てこない。
「……誰だ?」
男は、ゆっくりと笑う。
「さあな」
その笑い方は——
どこか、“泥棒A”に似ていた。
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