第2話 いつも通りの朝……?
読んでいただきありがとうございます。
朝は、静かにやってくる。
特別な音も、騒ぎもない。
ただ、病院の廊下に規則正しい足音が響くだけだった。
カツ、カツ、カツ。
白衣の女性——昨夜レイモンドを案内した受付の女は、いつもと同じ時間に廊下を歩いていた。
手には、薄いファイルが1冊。
表紙には何も書かれていない。
彼女はある病室の前で足を止める。
プレートには番号だけ。
「特別室:A-17」
ドアの前で1度だけ、軽くノック。
「失礼します」
返事は、ない。
だがそれも——
いつも通りだった。
ドアが開く。
カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。
ベッドは2つ。
そして——
1つは空。
もう1つのベッドには、男が座っていた。
レイモンド・クラーク。
昨夜とは別人のように、顔色は良い。
呼吸も落ち着き、肌の色も健康そのものだった。
彼はゆっくりと自分の手を見つめている。
指を動かし、握り、開く。
「……治った……?」
その声は、どこか他人事のようだった。
「おはようございます」
女性が静かに声をかける。
レイモンドはゆっくりと顔を上げた。
その目は——
ほんのわずかに、焦点が合っていない。
「……ああ……」
返事はするが、反応が遅い。
「ご体調はいかがですか?」
「……問題ない……と思う」
“思う”。
その言い方に、わずかな違和感が混じる。
女性は1歩だけ近づき、空いたベッドに視線を向ける。
シーツは乱れていない。
血も、争った跡もない。
まるで最初から、誰もいなかったかのように。
「本日の治療は、これで終了となります」
女性は淡々と告げた。
「……そうか」
レイモンドは立ち上がる。
ふらつきはない。
むしろ、昨夜よりも軽やかに見える。
「……あいつは?」
不意に、レイモンドが聞いた。
「どなたのことでしょうか?」
一瞬の間。
「……いや」
レイモンドは首を振る。
「なんでもない…」
女性は何も言わず、ただ小さく頷いた。
彼女はファイルを開く。
そこには簡潔に、こう書かれていた。
A-17:完了
それだけだった。
「お会計はこちらになります」
提示された金額を見て、普通の人間なら息を呑むだろう。
だがレイモンドは——
「……ああ」
何の迷いもなくカードを差し出した。
処理が終わる。
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
その言葉に、レイモンドは一瞬だけ動きを止めた。
「……また?」
女性は微笑む。
「はい。何かあれば、いつでも」
レイモンドは何も言わず、背を向けた。
自動ドアが開く。
朝の光が差し込む。
彼は外へ出る。
その瞬間——
ほんの一瞬だけ、足を止めた。
振り返る。
病院の看板。
名前のない建物。
「……どこだ、ここは」
そう呟いたが、すぐに首を振る。
「……まあいいか」
そして歩き出す。
その背中は、どこか軽い。
だが同時に——
何かが“欠けている”ようにも見えた。
彼が去った後。
女性は静かに受付に戻る。
別のスタッフが声をかけた。
「A-17、終わった?」
「はい。問題なく」
「そう。次、来る?」
「本日中に1件」
まるで、予約された客のように。
いや——
実際にそうなのだ。
女性は新しいファイルを手に取る。
そこには、こう書かれていた。
A-18:準備中
その頃。
レイモンドは車に乗り込み、エンジンをかけていた。
ハンドルを握る手が、ふと止まる。
「……」
何かを考えようとして——
やめる。
「……どうでもいいか」
そして、笑う。
その笑い方は——
昨夜、ベッドの上で眠っていた“誰か”に、よく似ていた。
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