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───────ライネの生涯は、ひたすらに孤独だった。
それが当たり前である環境ではなく。
そうでなければ、大切な何かが砕け散ってしまうような。
生命活動に不可欠ではないが、欠いてはいけない何か。
それを守るための手段として、ライネは孤独を選び受け入れていた。
「…………ウチが、おかしいから」
仕方のないことだった。
ライネの生家は魔法の一族で。
魔法を究めることが一族の命題で。
遠い遠い歴史を辿れば、かつては『原典』にすら届いたかもしれない家だったのだから。
「…………ウチが、ちゃんとした魔法使いだったら」
だから。
魔法が嫌いという、どう足掻いても矯正できない趣味嗜好は。
ライネがそれを、幼いながらに拒絶してしまったことは。
「もしそうだったら、きっとこんなことになってなかったのに」
一族全員から見放され。
どこにも行けない魔法を発現させ。
掃きだめの学科に追放されたのも、すべて。
「ウチが、全て悪いんです」
悪者を探せば、それはきっとライネだけで。
正解を探せば、それは世間にある常識だけで。
だから、仕方がないのだ。
そういう時代に生まれ、そういう家系に生まれ、そういう人間に生まれた。
ライネ・ユリツァーノが呼び寄せた、自業自得でしかないのだから。
「ウチ…………なんのために、生まれたんですかね…………」
友達は自ら作った人形だけで。
家族からは見放されて。
ライネの味方は、きっとライネしかいないのに。
どうしてと思っても、答えてくれる人はいないのに。
そんな人は、死ぬまでずっといないのに。
「…………なんだか、すごく眠たいなぁ」
ライネには、物事を理解できるだけの知識も。
物事を解決できるだけの経験も。
物事を進行させる手段も分かっていない。
だから、ライネが諦めてしまうのは当然で。
心地いい空間で、自分が今どこを向いているかも分からない場所で。
何も考えずに済むのならと、思考を停止させるのも当然のことではあった。
「 」
「…………」
何も起きない。
「───────」
「…………」
何も起こらない。
「───────、───────」
「……………………?」
何も起きるわけが、ない。
「───────な」
「…………ホムラ、ちゃん?」
のに。
「───────ける、な!」
「なんですか…………ウチはもう、ここで…………」
どうして。
「ふざけるなぁぁぁっ!!」
分かる。
分かってしまう。
「いいからっ、さっさとっ、目ぇ、覚ませぇぇぇぇぇ!!」
ホムラは、怒っていると。
それはもう、どうしようもないほどに。
彼女は周りなんて一切気にすることなく。
あらん限りの声で、ライネを叱っていると。
「どう?」
「…………だめ」
そしてそれは、ライネの妄想でも勘違いではなかった。
学科対抗戦の会場。
その観客席の一角で、息を乱しながら叫ぶ者がいた。
「聞こえてはいる。でも、そこから起きるまでじゃない」
「…………ぶっちゃけアタシ的にはホムラがそんな大声で叫べることに驚いてるけど、今それを指摘してる場合じゃないから黙るわね」
やっていることは単純で。
ホムラが催眠状態にあるライネを怒鳴りつけたのだ。
ただ、それは近くで防御魔法を展開したチョコが両耳を抑えるほどの声量で。
近くにいた他学科の生徒たちは、あまりの大きさに失神するほどだっただけ。
「それで、どうするの?殴りこむ?」
「待ってサレン、それは最終手段にしましょう。ぶっちゃけ、それで目を覚ましても後が怖すぎるから」
「…………」
「ホムラも黙らないで。それに、聞こえてるってことは催眠自体はさほど深くない。これなら殴るまでいかなくても、何かしたの刺激で目を覚ますかも」
「なら、もっと本気で叫ぶ」
「アタシらもヤバいけど、ライネの魔法が反応するかもだから一旦止めてくれる?割と本気で」
幸か不幸か、ライネにかけられている催眠はさほど高度なものではなく。
恐らく特定の手順を踏まずとも、わりかし強引に解除が望める代物だった。
これだけの情報なら幸運で済むのだが、ライネが相手となると途端に判断が難しくなる。
なにしろ、ライネの周囲は彼女が発動させた魔法による怪物が存在する。
迂闊に刺激すれば、その時点から選択肢が武力行使しかなくなるわけで、それはホムラですら避けたいと思う状況なのだ。
「ライネの魔法が反応せず、一発で効果が出る手段。シュラ、なんかある?」
「ない」
「分かった。なら、念のために戦闘準備だけお願い。こっちはアタシらで解決するわ」
「承知した」
思わず、両目を見開いたサレンは視線を左右に泳がせるも。
生憎、それを共有できる相手がいないので、心の中でごにょごにょさせて消化するしかないのだが。
「あ、閃いた」
「なにサレン」
「アタシの鳴震で、ホムラさんの声を直接届けるのはどう?」
「…………アリね」
数秒の沈黙のあと、チョコはポツリとそう呟くと。
「ホムラ、サレンと魔力を同調させて。サレンは思いっきり、遠慮なく脳内を揺さぶって。どのみち、半端にやると却って危険だろうし」
「分かった。でも最悪、気絶させちゃうかも」
「そうなったら、それはそれでライネの魔法が停止するのを願いましょう」
チョコが決定まで急ぐのは、この状況が全体にとって中途半端であるからだ。
学科対抗戦での魔法戦は、勝敗の決着に互いの生死までは賭けていない。
しかしそれでも、一歩間違えれば命を落とす危険性がある以上、状況次第では制止が入る場合もある。
だがそれは、場合によっては不本意な介入となり、学科同士の揉め事に繋がる恐れも秘めていた。
ここでいう中途半端とは、両者どちらかが相手を攻撃できる状況にないということ。
仮に片方だけが自由に動けて、一方的に嬲れば強制的な決着もあるが。
人体科の代表が気絶し、精霊科の代表が静止している状況は、その判断が酷く難しいのだ。
(ぶっちゃけここでアタシら精霊科の負けになるならマシで、実際はライネを強制排除しようとして暴走、なんてなったら目も当てられないし)
ライネの魔法はその性質上、関与する魔法使いの数が多いほど危険性が増す。
何故なら適応する対象は、向けられた魔法の数に比例するからだ。
(…………地質科の連中がライネに手心なんて絶対しないでしょ)
なので、中途半端にライネを慮るくらいなら、彼女を傷つけるくらいの威力で放ったほうがずっとマシなのだ。
結果がどうであれ、ライネの魔法に適応させる猶予を与えるほうが遥かに危険で。
最悪の場合、相当数の死者が出る事態になりかねない。
「どう?いける?」
「…………うん。こっちは大丈夫。ホムラさんは?」
無言で頷くホムラの横顔を見て、サレンは深く息を吐いた。
サレンの鳴震は、地面を経由させ遠くにある物体に衝撃を加える技。
これにホムラの魔力を混ぜることで、ライネへの伝言として使用する。
本来の用途ではないが、魔力による意思疎通は精霊と行えている以上。
このやりかたでも、少なくともサレン側の声を届けることはできるはずだ。
「───────きた」
体の内側。
自分でもロアでもない、第三者の魔力。
それは熱を帯び、星のように煌めき、煙のように揺らめいて。
サレンの心臓を一瞬、強く脈を打つ。
(───────届け!)
瞬間、サレンの片目から流れ落ちるものがあったことを。
本人ですら、その意味を理解することはなかったのだった。




