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場面は一度、第二戦が終わった直後まで遡る。
ちょうどサレンがカナサリに絡まれたころ、学科対抗戦は精霊科が二勝を収め。
第三戦に向けて、先に人体科の生徒が舞台の上に上がった頃合いだった。
「して、どうする?」
シュラの問いの意味は、次の試合の出場者。
一戦目にシュラが、二戦目にホムラが出場し、サレンが戻らない今。
精霊科が送り出せるのは万全とは程遠いチョコと、今のところ出番のないライネになる
「いいわよね?」
「…………そうね」
少し不服そうにホムラが頷いたのを見てから、チョコはライネへと視線を向ける。
「ライネ、お願いしてもいい?」
「は、はい!ウチ、頑張りますので!」
「気を付けて」
「ありがとね、ホムラちゃん」
他三人とは違い、正規のルートで舞台へと向かうライネを見送ると。
「ホムラさ、いくらなんでも過保護すぎでしょ」
「そう?」
「そう…………って。ライネ、ぶっちゃけ万全のアタシより強いんだし、ここまでして守ってあげる必要なくない?」
謙遜でも卑下でも嫉妬でもない。
本心から出た呆れに、ホムラは小さく鼻を鳴らすと。
「ライネは目立つのが苦手なんだから、こういう大勢の前で何かさせるのが可哀想って思っただけ」
「だが、本人はやる気なのであろう?」
「あの子は誰かの為になると見境がなくなるだけ。きっと、自分の立場も考えてないだろうし」
シュラの指摘すら意味をなさず。
ホムラは終始、ライネを出場させたことに不服そうな表情を浮かべていた。
そんなホムラの様子を見たチョコは、これ以上の説得はできないと判断すると。
「そこまで言うのに、三戦目に送り出した理由ってあるわけ?」
「相手、弱いじゃん」
「…………まぁ弱いのは確かなんだけど」
そこが基準なら、大勢の前だと緊張するの下りが意味を為さないのだが。
少なくともホムラは人体科が送り出した対戦相手ならば、何も起こらずライネが勝てると確信しているらしい。
(とは言いつつ、そこはアタシも同感なんだけどさ)
一戦目に出てきたレゾルテアと、二戦目に出てきた生徒。
それは武芸にさほど詳しくないチョコでも分かるほど、力量に致命的な乖離があった。
(情報不足でイマイチ判断に悩むけど、シュラに接触するのが目的だったから、ってのは考えずらい。そうなると、こっちにサレンが不在なのを見て、学科対抗戦には出てこないと判断したか)
そうなってくると、今まさにサレンに危機が迫っていることになるが。
幸か不幸か、学科対抗戦という縛りがないのなら、サレンは躊躇なく精霊の力を行使できる人間だとチョコは知っている。
そして、精霊の力を持った人間が負ける可能性は。
あまり笑えない話だが、ここにいるシュラやホムラが相手でも想像すらできなかった。
(どっちにしても、わざわざ弱い相手を用意してくれてるわけだし。こっちは遠慮なくライネに出番与えて、参加したっていう大義名分を与えておきたいわけで)
チョコの魔力探知は自身の魔法の性質も相まって、素の状態でもそこそこ高い。
なのでライネの相手が、ライネの魔力の二十分の一にも満たない、本校レベルにも満たない素人なのは把握できている。
「サレン殿と同じくらいか」
「シュラにも分かるの?」
魔法に関しては素人に近いシュラが言ったのもあって、チョコは感心の混じった驚きを口にする。
するとシュラは軽く首を横に振ると。
「いや、単なる勘だが。それでもライネ殿を送り出したことを踏まえれば、自ずと分かる」
「…………言っておくけど、ライネには絶対言わないでよ」
「無論だ」
シュラの口の堅さは信頼できるので、ホムラも特に釘を刺すことはなく。
そして何事も起こることなく、魔法戦の開始の合図が鳴った。
「で、いきなり向こうが魔法を発動させて。それをライネが防ぎ損ねたのが数分前」
「それで、今、こんなことになってるのね」
サレンの反応は、会場にいる全生徒と全く同じだった。
興奮で高揚しているわけでも、残虐さに血の気が引いてるわけでもなく。
今、この状況において、他人と異なることをしたくない。
有り体にいえば、自分のことを認識しないでほしいという。
群衆の中にて、最初の被害者にはなりたくないと息を潜めているのだ。
「…………聞いてもいい?」
「なんとなく想像できるけど、一応聞かせてくれる?」
「あれ…………なに?」
サレンが指さした先。
広い空間の中央付近、ややサレンら精霊科のスペース寄りの場所にある、何か。
「サレンはさ、『終典』って聞いたことある?」
「確か、『原典』と対になる魔法、だよね?」
サレンの回答にチョコは一つ頷くと。
「『原典』を始まりに近い魔法だとすると、『終典』は終わりに達した魔法の総称。具体的にこう、っていう定義はないけど、基本的には一族において一度も発現したことのない魔法をそう分類するわ」
そもそも『原典』の優れている点は、その純度と拡張性の高さにある。
魔法の世界において、魔法とは一族の叡智の結晶であり、世代を通じて磨き上げる技術の集合体である。
だが魔法は必ず継承されるものではなく、時に途絶え、時に姿を見せ、また前触れもなく消滅することが起こりえる。
派生した魔法はある意味では進歩しているが、一方で原初の形からは遠ざかってしまう。
どれだけ似た魔法であっても、同一の魔法にはならない。
太古の時代、精霊から賜った魔法からは、どうしてもズレてしまうのが実際のところだ。
だが『原典』は、そういった濁りを一切含まない。
それらを含まずに、長い年月で培った知識だけは活用できる。
血統主義から成り立つ魔法の世界は、この繰り返しで生まれた背景を持っている。
「ある意味で当然よね。なにしろ魔法使いにとっては、先祖代々受け継いできた魔法を研鑽し、次の世代に繋ぐことが至上とされてるんだもの。それが急に、訳の分からない魔法が発現したのでそっちに舵を切ります、とはならないわけで」
そうやって排斥するための、都合のいい大義名分が『終典』。
どこにも行くことはできないと、そう烙印を押された欠陥品。
「ライネの魔法は、適応。あらゆる環境下において、魔法そのものが自発的に最も望ましい形に変化する魔法よ。ライネはそれを、自分が作った人形に付与し、一切の補助なく独立して動作維持させてるの」
土塊から生まれし十の怪物。
魔法統括局では『スクラップドール』と呼ばれるこの魔法は、クライドラ王国の歴史を塗り替える偉業でありながら。
作り手であるライネ自身が、製造方法を一つも覚えておらず。
危機からライネを守るという命令以外、全ての指示を無視するという機構から。
ユリツァーノ家の恥部として入学初日に学士を与えられ。
即日、精霊科に追放されるという前代未聞の記録を生み出した。
「サレンが初めて精霊を見せた時、精霊科の連中がさほど驚いてなかったの覚えてる?」
「そういえば、そんなこともあったね」
対戦相手である人体科の生徒は失神している。
なにしろライネを守るように姿を見せた怪物たちは、数十メートルの体躯を誇りながら。
その細部に至るまで、何一つとして生物としての常識から外れているのだから。
「あれはね、別に精霊が怖くなかったわけじゃないの。ただ、似たものを知ってたからってだけ」
「…………やっぱり、そういうことなんだ」
恐らく、初見の中ではサレンが一番早かった。
ライネを守護するように動き回る、怪物たちの正体が何なのかを。
「疑似精霊。高い密度の魔力を保有したまま、ライネの意思に関係なく行動する無機生命体。ライネの魔法は、思いっきり魔法使いの禁忌に触れちゃってるのよ」
地質科が属する自然派が、精霊科を目の敵にしている理由。
それは、彼らの理念を真正面から否定する魔法をライネが有しているからであり。
その魔法は、誰がどうみても疑う余地のない、完璧に完成された魔法だからだ。
「だから、もしもの時はサレンが頼りよ」
ライネの忠実な僕たる怪物たちは、仮に同学科の友達であっても容赦はしない。
例えそれが、ライネを守るためだとしても。
彼らにとってすれば、等しく敵は敵なのだから。
「本気でやっていいわ。それでやっと、十に一つ勝てる相手だから」




