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「今、世界は六つの陣営で構成されておる」
さながら長いスピーチを読み上げるように。
トアは一つ咳ばらいをし、そして話を始めた。
「王国、帝国、教会、極環同盟、八大名家、火岸華。これらは互いに牽制し、表向きには良好な関係を構築し、その裏では熾烈な工作をし合っておる」
「王国はクライドラ王国のこと?」
「そこを中心とした東側諸国がそうじゃな。魔法国家クライドラ、豊穣国家エルフィン、森林大国サザーリア。他にも中小規模の国家が属しており、魔法を第一とする国家群を形成しておる」
トアは右の人差し指に魔力を集中させると、まるで塗料を水面に浮かべるように点を打った。
「対して帝国は西側諸国の集合体。とはいえ王国とは違い、その殆どが帝国という括りに属しておるため、特定の国家群を有しておるわけではない。総称として帝国ではなく、文字通り単一の国家なのが特徴じゃな」
「確か、魔法に対して否定的だと伺っておりますが…………」
どこか伺うようにシルフィが問うと、トアは小さく首を横に振った。
「残念じゃが、そこまでは今も分かっておらん。なにしろ向こうは超がつくほどの秘密主義。その具体的な規模も、具体的な実情も未だに謎に包まれておる」
先に打った点と水平に、少し離れた左側へと一つ点を打つ。
「そして、教会。正式な名称を聖道教会。教義に従い教えを広めることを第一にした宗教団体でありながら、その規模は他陣営よりも遥かに大きいとされておる」
「私の地元にも信者がいたけど、なんかずっと祈ってることしか印象にないかな」
「それもまた教えの一つらしいが、本題からは逸れるので一旦は置いておこうかの。こちらは聖導国家ナザレ、学芸国家プロタリア、宝晶国家カルノートが有名じゃな。立ち位置としては完全中立といったところじゃが」
トアが点を打ったのは、先に打った二つの中間、やや上あたりだった。
「立地も相まって、王国も帝国も教会を味方につけたいと思っておるのは確かじゃろうな。味方にできず、敵となれば厄介極まりないのは事実じゃろうて」
「で、残りは三つよね?」
ややうんざりした様子のホムラを前に、トアは小さく苦笑いを浮かべると。
「安心せい。さほど長くはならん、というよりも情報が他三つよりも不足しておるのじゃよ」
「あれ?でも、八大名家はシュラさんの生まれじゃなかったっけ?」
今回は同伴していない精霊科の先輩の顔を思い浮かべ、サレンは何気なくそう尋ねる。
するとトアではなく、ライネが指先で頬を搔きながらこう答えた。
「シュラさまは、その、普段は凄く寡黙な人なので…………サレンさ、ちゃんは、例外だったんです」
「…………そう、なんだ」
「ついでに、八大名家は極東にある島々を治める一族の総称。立ち位置は教会と似てるけど、どちらかというと敵対意思が強いのが特徴ね。排他的とも言えるわ」
「ホムラ氏、随分と詳しいの」
意外そうにトアにそう言われたホムラは、喋り過ぎたと言わんばかりに顔を背けると。
「…………別に、なんでもいいでしょ」
「まぁ、とりあえずはシュラさんと縁がある場所ってことでいいのよね?」
「うむ。そして、極環同盟はサレン氏に縁がある同盟と言えるじゃろうな」
どこか含みのある言い方に、サレンは思わずシルフィへと視線を向けてしまう。
「海楼国家インキュリア、大洋国家マレ、凍黎国家クライオ。主にこれら三つを中心とした小規模の同盟であり、立地を理由にした曖昧な立場の国たちとも言えるの。なにせ、最近はインキュリア王国が王国側へ近づく素振りを見せておるくらいじゃからな」
そう言われ、サレンは思わず内心で冷汗をかいていた。
(分かってたつもりだったけど、クレアって本当にお姫様だったんだ…………)
考え無しに殴ったこともそうだが、その彼女から一方的に手助けされている状況も凄くよくない。
少なくとも、ただの一学生が享受していい恩恵じゃない。
そんな思案が表情に出ているのか、シルフィは半分呆れた様子で息を吐き。
それに気づいていないトアは、「では、最後じゃな」と話を次へと進めた。
「火岸華。主に南部地域に活動拠点を持つ危険思想組織であり、魔法使いを中心に狙った殺しを行っているとされておる。狙いはなんであれ、少なくとも平穏な目的じゃないのは確かじゃな」
「それ、確かチョコ先輩がやりあったって聞いたわね。なんか、『火車』って名乗ってたって言ってたわ」
「…………噂によると、火を崇拝するとされておるが。それ以上のことは分かっておらん。ただ、滅多に話を持ち出さない帝国が、敢えて王国との情報共有を求めてきたのを見るに。そうせざるをえないだけの理由があると考えるのが自然じゃろうな」
「一つ、聞いてもいいですか?」
手を挙げたのは、シルフィだった。
彼女はぎゅっと片手を握りしめると、顔ごとトアの方向へと向けると。
「分かりやすい説明、ありがとうございました。おかげで、私たちがどういう状況にいるのか知ることができましたし、気持ちを引き締めることができたと思います」
「そう感謝されると、些かやりずらいがの…………」
頬を赤く染めるトアへ、シルフィは続けてこう尋ねる。
「ですが、同時に疑問にも思うんです。この話は確かに分かりやすいですが、少し整頓がされすぎている。まるで、こうなることが分かっていたみたいに」
「…………」
「トア様の噂は、植物科の先輩たちから聞いています。だからこそ、今の状況を用意した意図を教えてほしいんです」
「…………」
「お金でしょ。もしくは、失敗の隠蔽」
かなり気まずそうに視線を逸らすトアの代わりに、ホムラが端的にそう答えた。
「わたしからも質問。あなた、誰にいくら積まれたわけ?」
「それって、どういうことです?」
サレンの問いに、ホムラはフンと鼻を鳴らすと。
「トアは基本、開発と研究以外で外出しないし、そもそも人と関わることもしない。そんなトアが出てくるのは、自分のやらかしを誤魔化すためか、金銭に困ってるかのどっちかしかない」
「トアさまの噂は、事実よりも矮小化されてますからね…………」
チョコから聞いたトアの噂を鑑みれば、恐らくは造形科らしい一面を備えた魔法使いでしかない。
だがしかし、ホムラやライネの口調はどう聞いても、トアを心底呆れているものにしか聞こえなかった。
というよりも、先ほどからトアの滝汗が止まっていない。
ホムラの氷点下の視線が突き刺さってから、ずっと。
「まぁどうせ碌でもない理由なのは確定してるんだけど、とりあえず先に答えなさい」
「……………………」
「あなた、チョコに何をしでかしたの?」
トアからの返事はなく。
無言の圧力が、ミシミシと豪華絢爛な客席を軋ませているのだった。




