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第3章はこれで完結です。
第4章 魔法都市メルリナは日を改めて更新します。
長くなりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。
魔法学校の本校には、東西南北のそれぞれに出入り口があった。
基本的には本校の許可が必要であり、仮に『導師』であっても独断での出入りは禁止されている。
それは多くの生徒を預かる学び舎としての最低限の秩序であり、同時に魔法教育機関としての防衛機構でもあった。
「…………驚きましたね」
四つある出入り口の、一つ。
ちょうど学科対抗戦が行われている広間から最も近い位置にあるそこで、とある人物同士が顔を合わせていた。
「よもや君がここに来るとは。てっきり部屋から出てこないとばかり思っていましたよ」
「…………」
片方の人物はユダ・アルゲスタ。
天体科第一席である彼は、おおよそ実力行使で大体の人間を黙らせることができる魔法使いである。
その技量も知識も、歴代の第一席のなかでも随一だと言っていいだろう。
それだけの実力がありながら。
ユダはあろうことか、待ち構えていた相手に気を遣っていた。
それは相手へと向ける最大限の警戒であり、同時に疑念を抱かせる行為でもあった。
なにしろその人物は、滅多なことがない限り外に出てこないことで有名な魔法使いだからだ。
「…………別に、好き好んで引き籠ってやがるわけじゃないですけどね」
人物の名を、クアム・ノア。
文学科四回生であり、成績はちょうど中程度。
あらゆるテストで平均点を下回ったことがなく、上回ったこともない。
まさに、平凡。
影法師のように細く、皮を貼り付けたような肉体と。
平均よりも高い背丈がなければ、間違いなく誰にも記憶されないであろう地味な男だ。
そんな外見でありながら、クアムは億劫そうに髪を掻き揚げると。
「こうなりやがるのなら、もう少し早めに干渉しておきやがるべきなんでしょうが。生憎とそこまで人の真似は上手くなるつもりもねぇんで。いちいち構われて、根掘り葉掘り詮索されるのも面倒くさいと思いやがりませんか?」
思いのほか彫りが深く、どこか舞台俳優を連想させる顔面を晒しながらクアムはそう答え。
まるで言うべきことは済んだと主張するかのように、沈黙をもってユダを眺める。
「それで、この僕に何用かな?できることなら、いちはやくここを立ち去りたいんだけど」
「…………あぁ、何か勘違いしてやがるようですが」
光の精霊序列二位であるナイニンガーを召喚し構えるユダに対し、クアムは意外そうに目を見開くと。
「その程度の力であれば、ワタシは全く興味がありやがりませんよ。どうぞ逃げるも隠れるも、好きにしやがったらいいんじゃないですか?」
嘘は、ついていない。
ついていないからこそ、ユダは背中に冷たいものを覚える。
「繰り返しますが、何故ここに?」
「ここに来るはずの、顔見知りを止めやがるためですよ」
それが本心なのかくらいは、ユダでも判別ができた。
だが、それだけが理由なのかまでは、今のユダをもってしても理解が及ばない。
(話には聞いていましたが、まさかこれほどとは思いませんでしたね…………)
とりあえず、逃げる隙くらいは与えてくれるらしい。
ユダはそれ以上は拘泥することなく、文字通り光の粒子となって場から離脱した。
「…………来やがらない、ですか。必ずここを通ると聞いてやがりましたが、レナリアの観測もあてになりやがりませんね」
空振りだと理解したクアムは、おもむろに立ち去ろうとする寸前でその足を止めると。
「あまり干渉しやがるのは趣味じゃないですが、『焔』と『輝』に掻き回されやがるのは面白くないですし。読者気分も潮時と思いやがりましょう」
その言葉と共に、男の姿は影となり消え。
残された無人の空間は、どこか安堵するかのように小さな風が音をたてるのだった。
そして、時を同じくして。
サレンはシルフィと共に人が出払った学舎の一室にいた。
「私も、一緒に行きます」
「…………え?」
いきなりの宣言にサレンは驚くも、既にシルフィの中では決定事項らしく。
「話を聞いてしまった以上、サレンちゃんを放ってはおけない。例え嫌だと言われたとしても、荊で縛り上げてでもついていくから」
「いやシルフィ、それ私が歩けないよね?」
「…………どちらにしても、異論は受け付けません。これは決定事項です」
何があったかは簡単だ。
サレンが事の経緯、主に学科対抗戦へ参加する理由を説明したところ、シルフィが同行すると言って聞かないのだ。
中等部の時とは違い、今のシルフィは植物科の生徒。
それも学士授与の話が既に出ているほどの、この学年で一番の有望株だ。
それが精霊科と、どこに行くかも分からない行動に同行するというのは危険極まりないうえ。
目撃され変な噂が流れれば、アルクメネ家の地位が危ぶまれる事態になりかねない。
「シルフィの提案は有難いけど、それでも悪いって。一応はシルフィの提案で一緒に動いてもらってるけど、ずっと一緒だとシルフィが困るでしょ」
あった出来事をなかったことにするために、シルフィには学科対抗戦の直前でいなくなったことにしてもらった。
天体科と植物科の第一試合。
それが両者不在のため仕切り直し、という展開を期待してのもので、シルフィからの意見なのもあって反対意見は出なかった形だ。
「あと私はいいけど、これ魔法使いのやることじゃないと思う。もっとこう、魔方陣の改良とか、既存魔法の研鑽とか、シルフィだって『原典』の訓練とかあるだろうし…………」
「なら、サレンちゃんはいいわけ?」
シルフィの問いに、サレンは思わず言葉を詰まらせた。
以前までのサレンなら、躊躇うことなく肯定できた。
確かに魔法は好きだったが、それでも金稼ぎのための道具だと割り切っていたからだ。
でも、今は違う。
インキュリア王国での出来事で、サレンの魔法への探求心はより強いものになっていた。
今までテストで高得点を取る以外に興味が持てなかったことも、今ではきちんと知りたいと思っている。
それでも、シュラやホムラの提案を呑んだのは、それが序列持ちの精霊と契約した対価だと思っているからだ。
身の丈に合わない力を手に入れたのだから、相応の不条理はあって当然。
むしろ何も失わず、一方的に幸運を享受するほうが罪悪感を覚える。
そんな、どことなく歪んだ自罰意識が、サレンの返事を躊躇わせたのだ。
「サレンちゃんが魔法が好きなの、私はちゃんと知ってる。蹴って殴ってが得意になったのも、別にそれが好きだからじゃない。保有魔力が少なくて、それを補うためだって私は知ってる」
「…………」
「そんなサレンちゃんが無理してるのに、私だけここで魔法の勉強なんて絶対にできない。今どうしてるかなって、ずっと上の空で心配し続けるよ。サレンちゃんはそれでもいいの?」
「…………それは」
いい、なんて言えない。
仮に立場が逆だったとしたら、サレンは躊躇わずシルフィのために動いている。
そしてシルフィが、本気でサレンを心配しているのもまた、分かる。
「ずっと一緒がいい、なんて言わない。サレンちゃんにはサレンちゃんの、私には私の目標があるもの。だから、次だけは私も連れて行って」
サレンの願いは、単なる私利私欲だ。
高尚で大それたものじゃないし、矜持なんて微塵もない。
諦め望まなければ、それで済むくらいの小さな夢。
だから、サレンはずっと、誰にもそれを言うことができなかった。
巻き込んでしまうことに罪悪感を覚えるから。
相手が自発的に願い出るのを、心のどこかで待っている自分に嫌気を覚えたこともあった。
「…………分かった」
結局のところ、サレンは怖いのだ。
自分のせいで不利益を被り、それが理由で恨まれることが。
この期に及んでまだ、サレンは誰からも嫌われたくないと思うくらいには。
「ごめんシルフィ。私のワガママに付き合って」
もちろん、と答えたシルフィはどこか嬉しそうで。
そんな笑顔を見てまた、サレンも思わず笑ってしまった。
そんな、穏やかで優しい会話を眺めていたホムラは、ライネに服の裾を引っ張られこう囁かれる。
「ウチ、ちょっと思ったんだけど」
「なにを?」
「王都メルリナの大図書館なら、精霊に関する記録とかあるんじゃない?」
ライネの言葉にホムラは思案を巡らせ、そしてこう答えた。
「ありえるわね。わたしら精霊科に全ての文献を預けてるとは考えずらいし」
「それに王都なら、そんなに危険じゃないと思うので」
どうやらライネはサレンとシルフィの意思を尊重したいらしい。
そしてライネが言うことであれば、なんであれ従うのが今のホムラだ。
「シュラは?それでいい?」
「無論だ」
こうしてチョコを欠き、シルフィを加えた精霊科は、目的のために行動を開始する。
行き先はクライドラ王国の王都、魔法都市メルリナ。
魔法によって繁栄を極めた、東部地域最大の都市である。




