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サレンとシュラは特に示し合わせることなく、互いに一定の距離を取った。
(『分かっているとは思うが、念のため小生から伝えておくぞ』)
(『正面から殴り合うな、でしょ?言われなくたって、それくらいは私でも分かるわよ』)
馬上槍を担ぎ、悠々とこちらを眺める姿。
一見すれば無防備にしか見えない光景も、オゾアがやれば途端に隙すらない構えへと変貌する。
「ぬぅ!?」
そのオゾアが、炎に呑まれた。
まるで巨大な石柱が空から降ってきたかのような、自然発火とは絶対に思えない業火がサレンの眼前まで熱波を齎す。
「ホムラさん!」
「悪いけど、これぐらいじゃコイツは倒せないから」
「…………龍の娘。よもや貴様もこの児戯に付き合っているとはな」
たった一振りで炎を払いのけ、さも当然のようにオゾアは無傷で佇んでいた。
対してホムラは炎色の魔力を全身に纏いながら。
「別に、わたし個人はさほど興味ないけど」
「皆、お願い!」
「ライネが出るって言うから、付き合ってるだけよ」
鉱石で構築された巨躯の怪物。
ライネの適応魔法によって生み出されたそれらは、まるで外敵から同胞を守るように一斉にオゾアへと襲い掛かった。
「サレン殿。今いいか?」
「えっ、シュラさん?」
ホムラとライネの加勢で息張んでいたサレンの横に、いつの間にかシュラの姿がいた。
目の前では砕かれながらもオゾアを攻め立てるライネの使い魔と、合間を埋めるように加勢するホムラがいる。
「サレン殿はそちらの学友を。確かシルフィ殿と言ったか、彼女を保護し舞台上へと連れてきてほしい。本来ならチョコ殿に任せたい案件だが、どうも今は都合が悪いらしい」
「え、チョコ先輩いないの?」
「この状況下で姿を見せぬのなら、恐らくはそうであろう」
対してオゾアは自身の背丈の数倍はある馬上槍を難なく操り、さながら嵐のごとき突風と破壊を無秩序に振りまいていた。
その余波はサレンとシュラを僅かに後退させながら、会場全体に大きな亀裂を生じさせるほど。
「話の続きは、先の指示を済ませた後で行う。とにかく今は、舞台の外だと都合が悪い」
「わ、分かった!」
「では、後ほど。一時、拙者も加勢する故」
そう言い残し、シュラは弾丸の如き速さでオゾアへと斬りかかった。
その切り替えの速さに唖然としつつも、ひとまず舞台近くで立ち尽くすシルフィのところへと駆け寄る。
「シルフィ!大丈夫、怪我ない?」
「う、うん…………私は平気だけど」
「ごめん、多分というか、絶対に精霊科の問題っぽくて」
「前々から噂は耳にしてたけど、個性的な人が多いのね…………」
きっと、これが精霊科の生徒が学科対抗戦に参加しなかった理由なのだろう。
ユダの登場と比べても、明らかにシュラもホムラも驚いていないあたりは、割と規則的に発生することではあるらしい。
(チョコ先輩が今ここにいない理由は分かんないけど、シュラさんが適当なことを言うはずもないし)
この短時間でも分かる。
オゾアの強さは、ぶっちゃけてしまえば完全に人間を辞めていた。
他の学科生を圧倒できていた精霊科の人たちが、三人がかりで相手しても押し切れないのだ。
いくら相手が魔法を使わない純粋な暴力の使い手だとしても、オゾアを慮って手加減していないのはサレンでも分かる。
「私と一緒に来てくれる?理由は説明できないけど、そうしたほうがいいっぽくて」
「サレンちゃんがそういうなら、私は特に異論はないよ」
なんならシルフィにも加勢してもらって、五対一の構図を作るべきでは?とサレンは考えたが。
シュラがその提案をしなかった点を踏まえるなら、恐らくは何か別の目的があると見るべきだろう。
とりあえず余波に巻き込まれないよう静かに歩き、後退させられたタイミングでシュラに声をかける。
「シュラさん、シルフィ連れてきました」
「感謝を。それと、巻き込んだ非礼を詫びさせてほしい。この通りだ」
「い、いえ!そのようなことをされるほどのことは…………!」
「ていうか、ぶっちゃけ私がユダに喧嘩吹っかけたせいだし…………」
「どのみち、オゾア殿が来るのは予見できていた話だ。連絡ではもっと後になる予定ではあったがな」
「連絡…………?」
言い方から察するに、事前に誰かにオゾアの襲来を伝えられていたらしい。
シュラがそうなのであれば、恐らくはホムラも同様なのだろう。
なら、誰が伝えたのか。
それを尋ねるより先に、足元が前触れもなく光だした。
「魔方陣…………?」
「やっとか」
魔力の込められた軌跡の出現に困惑するシルフィを他所に、シュラは呆れた様子で嘆息すると。
「マイペースがすぎるところだけは、レナリア殿とトア殿も同じ悪癖だな」
次の瞬間、オゾアの周囲で変化が起きた。
ちょうどライネの使い魔を馬上槍で振り払ったタイミングで、地面に浮かび上がった魔方陣から鎖が飛び出てきたのだ。
それは光を媒体とした魔法で作られた鎖であり、やがて球体を描くようにオゾアを取り囲み四肢を絡めとっていく。
「小癪な真似を…………!!」
絡めとられたまま強引に暴れようとするが、それを実行するには空間が狭すぎた。
例え器用に鎖で束縛されずとも、純粋な物量だけで圧殺できるほどの膨大な数の鎖。
それが二次関数的に増えていくので、段々とオゾアの姿されも見えなくなっていく。
「埋まっちゃった…………」
「みんな~、遅れてごめんね~。ちょ~と準備に手間取っちゃって~」
知らない声だった。
いつの間にかサレンの近くに立っていた女性に、反射的に拳を握ってしまう。
するとそんなサレンを他所に、ホムラがうんざりした様子で息を吐いた。
「レナリア、遅い」
「ごめんって~。レナ、これでも急いでたんだよ~?」
「どうせいつもの定点観測でしょ?というか、トアはどこ?」
「トアたんはいつもど~り。あとはよろしくだってさ~」
「…………だから嫌なのよ。学科対抗戦に出るの」
レナリア。
背丈はサレンやシルフィより高く、灰色の髪を赤いリボンでまとめた女性だった。
真っ先に目を惹くのは大きく露出させる衣服と、背負っている無数の望遠鏡。
推測するに精霊科の生徒なのだろうが、サレンには見覚えも聞き覚えもなかった。
「して、クアム殿は?」
「もう発動させたって~。それよりも~、チョコたんは~?」
「さてな。拙者にも分からん」
そこでサレンは、シルフィに服の端を引っ張られて気が付いた。
(あれ…………なんか、会場が静かすぎない…………?)
ユダの登場、序列持ちの精霊同士の魔法戦、オゾアの乱入に、集結する精霊科の生徒たち。
これだけのことが同時に起きていながら、会場は水を打ったかのように静けさに包まれていた。
それはまるで、深い眠りについているかのような。
「あれあれ~?レナの知らない子がいる~?」
唐突に視線を感じ振り返ると、鼻先が触れるほど近い距離にレナリアの顔があった。
「うわぁ!?なに、近すぎない!?」
「そんな驚かなくてもいいのに~。ね~ライネたん~?」
名を呼ばれたライネは、無表情のままホムラの背後へと隠れた。
「レナリア、それほんとに辞めたほうがいいわ。ライネに嫌われるとか、下手したらオゾアよりタチ悪いし」
「え~、でもレナはライネたん大好きだよ~?」
「…………レナリア・ハンス。元天体科の学士四年。口調含めウザさの塊だから、嫌なら物理的に距離を取りなさい」
とりあえず話が通じないのは理解できたので、ホムラの言う通りぐいっと両腕で押しのけようとする。
すると何を思ったのか、レナリアはそれを躱しサレンの体を軽々と抱きかかえた。
「う~ん、もちもちしてた可愛いね~。ハグハグ~」
「ちょ、急に抱きしめるとか…………ぐぇ」
「この外見でまぁまぁ怪力とか。シンプルに迷惑よね」
その横で物凄い顔をしているシルフィがいるのだか。
基本的に他人に興味のないホムラは、そのことに全く気づいていないのだった。




