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高出力の魔法同士の衝突。
お互い持ちうるなかで最大火力の魔法を行使していたのもあり、頭上から落下してきたそれに気づくのに数秒ほど要した。
「…………っ」
「なにっ!?」
落下してきたものの正体は、一振りの槍だった。
いわゆる馬上槍と呼ばれる代物で。
一般的な槍と違い、穂先に刃がついていないのが特徴的な武具の一種。
落ちてきたそれも同様に、円錐型を基本とした形状をしているものが多い。
それがユダの結界を粉砕し、空から降ってきた。
本来ならそのことに驚愕する状況だが、実戦的な魔法に疎いサレンは別の点に注目していた。
(この槍、人が扱うにはデカすぎじゃない…………!?)
ざっくりとした長さだけでも、およそ五メートル。
鋼鉄製のそれは、単なる自然落下だけでも地面くらいは容易に破壊できるほど巨大で、重厚な造りをしていた。
「この槍…………なるほど、道理で精霊科の参加率が著しく低かったわけです」
何がなんだか分からないサレンを他所に、ユダは『星屑』の加護を解除すると。
「どうやら、今ここに留まるのは都合が悪いようだ。この続きはまた、別の機会にいたしましょう」
「なっ、ちょっと!?」
「そうそう。弟に一つ、伝言をお願いします」
ユダの後方。
明らかに彼の魔法ではない空間の裂け目へ消える間際、囁くようにユダはこう残した。
「決して、追わぬようにと」
訳を聞くよりも先にユダの姿は虚空に消え。
「『サレン!』」
「…………っっっ!?」
人の形を模した何か。
明らかに尋常ならざる気配のそれが、ユダが立っていた付近へと落下する。
(…………なに、この人)
最初に思い浮かんだのは、幼い頃に一度だけ見かけた魔獣の瞳だった。
サレンの住む地域は辺境の地ではあったが、魔獣の生息分布からは離れた位置にある。
とはいえ、魔獣は特定の行動パターンを繰り返すわけではなく、ごく稀に生息域を外れる個体も存在はする。
基本的にはその地域を治める貴族が、専門の業者を要請し討伐する決まりにはなっているが。
ごく稀に、本当に稀にだが突如として人里に姿を見せる事態も起こるのだ。
脳裏によぎったのは、その当時の出来事。
野生の獣とは一線を画す、生物とは思えない光を湛えた瞳。
幼いながらにサレンは恐怖し、咄嗟に父親に抱きかかえられた感触が両腕に蘇る。
「…………くだらん」
「ぐっ!?」
殴られた。
咄嗟に両腕で受けられたのは、まだサレンの中に戦意が燻っていたからに他ならない。
性別は男、体格はサレンよりも遥か大きく、羽織った外套は汚れボロボロ。
体の幾つかに包帯を巻き、その一部には血が滲んでいるが、少なくとも痛がっている素振りは皆無。
なにより、その黄土色の髪と瞳からは、おおよそ平穏とは程遠いほどの血煙の気配がした。
「ほぅ。死ぬほどにくだらん児戯と思っていたが、存外に侮りが過ぎたか」
「…………何者?」
「名を聞くか、小娘?死を前にした、今この瞬間に」
猛烈な殺気だった。
精霊ロアがいなければ途端に立ち竦み、戦意を喪失しかねないほどの密度。
それをさも当然のように放ちながら、男は地面に突き刺さる巨大な馬上槍を片手で引き抜いた。
「死ぬとかなんとか、物騒なこと言ってるけどよぉ」
少なくとも、これが学科対抗戦の予定通りなわけがない。
サレンは今の事態が緊急であると理解し、同時に纏う白を一気に強めた。
「オレがそう易々と倒せると思ってんじゃねぇぞ!」
ドン!と地面を叩き割り、一気に滑空。
馬上槍の間合いを掻い潜るべく、サレンは死地へと足を踏み込んだ。
(───────あ、これ。やば)
途端、脳裏を駆け巡ったのは両断される自らの姿。
サレンは両足を地面に突き刺し強引に停止し、畳んだ体を跳ね上げることで一気に上空へと退避した。
「そうか、そんなに死にたいか」
だが、それはあまりに早計だった。
少なくとも男はまだ馬上槍を振るっておらず、狙いを定め直す余裕があった。
故に、咄嗟に退避し空中に留まるサレンは、致命的なほどに無防備がすぎた。
「ならば、死ね」
「させると思うか?」
割り込む第三者。
その人物は振るわんとする馬上槍へと体を晒すと、その根元に向け己の得物を躊躇なく振りぬいた。
甲高い金属音。
両者の足元が砕けるほどの激突は、鍔迫り合いによって初めて停止する。
「シュラか。死ぬほどに久しいな」
「悪いが、彼女は精霊科の人間。オゾア殿に殺されては困る」
オゾア。
サレンは着地しながら心の中でその名を確かめ、そして改めて観察。
離れたことで分かるが、オゾアはシュラよりも頭一つ大きかった。
本来シュラも平均以上の体躯を備えているが、オゾアを前にすると縦にも横にも劣って見える。
いやむしろ、オゾアと呼ばれた男が著しく巨大なのだ。
「して、どういうつもりだ?」
「学科対抗戦。この児戯は例年、それなりの数の怪我人が出ると聞いていてな」
正式な名を、オゾア・デスラティア。
医術科においては名の知れた銘家であり、とある理由で魔法世界に名を轟かせている一族でもあった。
主に戦場、南部地域を中心に活動を行い、治療行為を対価に魔法の治験をすることで有名で。
結果として多くの負傷者を救い、同時に多くの妨害者を葬ってきた実績を持つ。
治療魔法による即自的な治療のもと、できうる限り最良の結果を出す。
単にそれだけならば、クライドラ王国の魔法防衛局でも同様の実績を出している。
実際、治癒魔法の発展により魔法防衛局の死亡率は減少傾向にあるのだ。
「死にたくなるほどに哀れ極まりない話だ。死んでしまえば、あらゆる怪我は無価値になるというのに」
「……………………はい?」
デスラティア家が有名である理由。
それを象徴するオゾアの言葉に、サレンは戦意を保ちつつ咄嗟にそう尋ね返してしまう。
「生命は、生きているからこそ傷つく脆弱体。皆等しく死んでしまえば、あらゆる病気や怪我は例外なく根絶することができる。死は平等にして、万人が持つ唯一無二の権利。よって、生命は須く死を受け入れるべきなのだ」
デスラティア家は、生きているから世界から怪我や病気がなくならないと考えている。
そして、全ての生命を皆殺しにすれば、この世界から怪我や病気がなくなると本気で信じているのだ。
本来なら何一つとして成立していない論理を、デスラティア家は不変の真理として疑わず。
オゾアはその価値観のもと、怪我人を皆殺しにするために学科対抗戦へと乱入した。
「…………」
「深く考えずともいい」
本気で、本心から理解できないサレンへ、シュラは端的にこう告げる。
「この男は、根本がイカれてる」
「…………そうみたい」
「そうか。貴様らも死なねば理解できぬか」
馬上槍を用いて片腕でシュラを弾き飛ばしたオゾアは、心底残念そうに頭を横に振る。
「だが、安心するといい。幸運にも死が今、ここにいる」
紛争者。
あるいは、争いを運び授ける者。
医術科に属しておきながら。
全生命を殺すという、破綻した理念を掲げる狂気者。
「死を受け取り、安らかに逝け」
医術科、学士四年。
圧倒的な暴威を以て学士を授与した、制御不能の怪物である。




