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精霊ロアの加護『脈動』。
それは接地している箇所から魔力供給を受けることで、半永久的な魔力供給を可能にしている。
「虎砲連槌!」
魔法使いは己の保有魔力を起点とし、世界にある魔力と接続し魔法を行使する。
そのため使用魔力の大半を世界に依存している一方、保有魔力が尽きれば魔法が使えないリスクも秘めていた。
それが構造上、絶対に起こりえない。
戦いという場において、自身のリソースを気にせず技を行使できることは。
大袈裟にいえば揺るがない有利を戦闘前から保有しているということ。
加えて、サレンには保有魔力の枯渇に対する恐れが殆どない。
元来の保有魔力の少なさも一因だが、なにより分校時代の経験が彼女の認知を大きく歪めた。
「無限に近しい魔力供給に加え、それらを出し惜しまない精神性。やはりこれだけの才を前にして、見限らないといけないのは非常に心苦しい」
簡潔に言えば、サレンとロアは相性がすこぶるよかった。
少なくとも対等である点においては、眼前にいる契約者とは雲泥の差があるだろう。
だが、忘れてはいけない。
精霊という存在は、太古の時代に魔法を人へ授けた存在。
故にその保有魔力は、人間は推し量れないほど莫大であるということを。
そして、ロアに『脈動』の加護があるのと同様に。
精霊ナイニンガーにもまた、『星屑』と呼称する加護があることを。
(…………石礫。ううん、砂粒くらいの物凄く小さい石に魔力を込めて、それを周囲に展開してるのか)
出し惜しみのない連撃。
一歩も動かないユダを攻め立てる一手に見えるが、実際は全くの別。
(一個一個は普通にやれば躱せるし防げるけど、いくらなんでも数が多すぎる!)
戦況は、サレンが一方的に押されていた。
理由は言うまでもなく、相手が行使する魔法にある。
『星屑』の加護。
それはナイニンガーの魔力を込めた石を超加速させるというもの。
似た魔法としてはユダの弟であるラシェトが扱う彗星魔法があるが。
あちらは生身のサレンでも軌道が読めるうえ、認知してから行動を決定できた。
しかし、こちらは違う。
音が追い付かないほどの速さで飛翔し、前触れもなく軌道を変え、正面から受ければ吹き飛ばされるほどの威力を有している。
それが、推定でも千。
もしかすれば倍以上あるそれが、天幕の如き包囲網を敷いているのだ。
(瞬間火力だけなら私が勝ってるけど、継戦能力は向こうが上。っていうか、さらっと私の一撃も防いでたあたり、展開した石礫は防御にも使えるっぽいし隙なさすぎじゃない!?)
カナサリとの戦いとは違い、ユダの攻撃はきちんと対処しないと防げない。
向こうもそれが分かっているからか、一点突破ではなく意図的に石礫を散らし接近を許さない。
(今の数なら、見えてるやつ全部を撃ち落とせはする。でも…………)
「ダラダラと戦うのは趣味じゃない」
仮にユダが本校を去るのなら、今この場所にいること自体が相当なリスクになる。
つまりは、悠長に戦う理由が彼にはない。
「ですので、少々本気を出させてもらいます」
「っ、クソ!」
魔力の変調。
しかもその変化に、サレンは覚えがあった。
(『間違っても受けると思うな』)
(『ロア、やっぱあれって!』)
(『恐らくは『天使』の魔力、それも盟友らが遭遇したものと同一であろう』)
無機質で、陶器のほうが温かみを覚えるほどに冷たい。
濁りすらない白が、ユダの瞳に四角として現れる。
(『物理的に自らに埋め込み、その性能の一端を借り受ける。やっていることは小生らと似ているが、結果はまるで別物だな』)
(『丁寧な説明ありがとう!今じゃなかったら嬉しかったかな!!』)
どこか他人事に聞こえる感想に悪態を抱きつつ、サレンはユダの口から確かにこう聞いた。
「『天よ伏せ、人よ仰げ』」
一瞬の静寂。
それが死を連想させるより先に、サレンはロアの魔力を全開でブン回した。
「『虎葬絶牙』!!」
全ては防げない。
サレンは瞬時に迎撃を放棄し、逆にユダへの攻撃を選択した。
放たれたのは垂直に振り下ろす鉄槌の如き一撃。
さながら薪を割るような姿勢と、両手を組み合わせ一本のハンマーに見立てたそれは、放ったサレンの足元すら粉々に砕き白く発光させた。
対してユダの魔法は、夥しい隕石の大群そのもの。
一つ一つが人体を容易に貫徹する威力を有しながら、一つたりとも激突せず周回するさまは、さながら宇宙の彼方にある銀河団のように灰色に光る。
そのどちらをとっても、並の魔法使いであれば百年を費やしても行使できない規模であり。
先んじてユダが結界を張っていなければ、本校の敷地の半分が更地と化していたかもしれない。
いずれにしても、両者の間に加減するという価値観はなく。
ただ己が思うがまま、溢れだす欲求のまま魔法を行使した。
「…………マーちゃん?」
それを見守ることしかできない大勢のなかで、ライネは困惑と共にそう呟いた。
「どうかした?」
「ううん、なんでもないよ」
隣で成り行きを見守っていたホムラの問いに、ライネは少し慌てた様子で首を横に振ったが。
「…………」
「…………マーちゃんが、ウチにこう言ってるんです」
無言で見つめるホムラを前に観念したライネは、そっと視線を舞台の上へと向けると。
「上から、何かが来てるって」
「…………何か?」
抽象的な表現だが、それでもライネの使い魔は全面的にライネの味方だ。
故にライネを惑わせるようなことや、まして試すようなことは絶対にしない。
それが曖昧な事象であるのなら、恐らくは伝えずに警戒だけに留めるはずだ。
それを今、分からないままライネに伝えたということ。
「……………………チッ」
その疑問は、シュラのらしくない苛立ちを込めた舌打ちによって正解へと変わる。
「し、シュラさん?」
「最悪だ。珍しく遅れてると思っていたが、よりにもよって今に来るか」
「…………ライネ、残りの友達って今から呼べる?」
「え、あ、うん。大丈夫だけど…………」
「ならすぐ用意して。忘れてたけど、もうそんな時期なのね」
訳が分かっていないライネに向けて、ホムラが端的にこう告げる。
「『紛争』が戻ってきた」
直後。
上空から降ってきた何かによって、ユダの仕掛けた結界が粉々に砕けた。




