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初めて会った時から、疑念はあった。
(…………やっぱり、この人)
それは海の底で理解に変わり。
(私と、同じだ)
そして今、確信に変わった。
「待てよ」
学科対抗戦、二回戦。
植物科vs人体科の第一試合が今まさに終わったところへ、サレンは堂々と足を踏み入れた。
「サレンちゃん…………?」
「久しぶり、シルフィ。元気そうでよかった」
困惑の目を向けるシルフィへ、サレンは小さく微笑むと。
「色々話したいことはあるんだけど…………ごめん。後でちゃんと伝えるから」
軽くシルフィの肩を叩き、まだ薔薇が咲き誇る舞台の中央へ歩みを進める。
「ねぇ、もういいでしょ」
見据える相手は、いつの間にか足を止めていて。
どういうわけか杖を、シルフィとの魔法戦では使っていなかったものに変えていた。
「随分とまどろっこしいことしてるみたいだけど、お前の目的はオレなんだろ?」
その時、シルフィは自分で自分に驚いた。
なにしろ彼女は、いつの間にか舞台を降りていたからだ。
「なぁ、天体科第一席のユダ・アルゲスタ。ううん、むしろこう言うべきか?」
そして、シルフィは異変に気が付く。
眼前に現れた、まるで見たことのない高次元の結界。
ではなく。
「オレと同じ、序列持ちの精霊との契約者さん?」
ユダの装いが、どこか軍服に似た別種へと変化していること。
でもなかった。
「…………ずいぶんと、時間がかかりましたね」
彼の体から発する魔力。
生来備わった魔力が変化することはなく、仮にあったとて従来とは全く別になることはない。
それは指紋のようなものであり、各個に与えられた固有にして唯一無二のものだからだ。
「ですが、流石に同類と邂逅さえすれば理解くらいはできる。それぐらいの頭脳があって助かりましたよ。おかげで、無駄骨にならずに済みました」
それが、変化した。
ただの変化と呼ぶには生温いほどに、共通点が見当たらないほどの変質。
しかもそれに、シルフィは心当たりがあった。
(この魔力、分校で私たちを襲ってきた正体不明の魔獣に似てる…………?)
サレンが精霊ロアと契約を結ぶ契機となった出来事。
何もできず一方的に敗北した記憶が、シルフィの体を大きく震わせ足を竦ませた。
そして、二度目も変わることなく。
まるでそんなシルフィを庇うように、あるいは守るように。
「光の精霊、序列二位。与えし加護は『星屑』。名をナイニンガー」
ユダの肩に止まるオオワシと対峙するように。
サレンは白い魔力と共に、己の相棒たる精霊ロアを携え拳を握る。
「それでは、始めましょうか。本物の、本当の意味での魔法戦を」
警報が鳴る。
慌ただしく地面を叩く音が連発した直後、地質科の生徒がシルフィの横を通り抜けた。
「ユダ・アルゲスタ!ただちに結界を解き、武装を解除しろ!これは警告ではなく、魔法学校全体としての命令である!繰り返す!今すぐ、この結界を解け!!」
結界を叩く者。
結界を解除しようと試みる者。
シルフィを保護しようとする者。
指示を仰ごうと周囲を見渡す者。
学科対抗戦の運営を任されていた地質科の生徒たちは、苛立ちと動揺を滲ませながら事の終息を図ろうとしていた。
無理もない。
天体科の第一席が学科対抗戦に出場するだけでも事件なのに、その当人が精霊と契約し暴走したのだ。
精霊科の立場が示す通り、精霊と契約することは魔法使いにとっての最大の禁忌。
それを、よりにもよってユダが破っていたことは、魔法学校としての地位を貶める行為と解釈されても文句が言えない愚行である。
「お断りします」
だからこそ、ユダの返答は淡白だった。
あるいは既に、彼にとってそれら全ては意味を為してないのかもしれない。
「この程度の結界を壊すこともできない程度の腕で、この僕に話しかけないでもらいたい」
その言葉を最後に、ユダは結界外への興味を全て喪失させた。
矛先は全て、たった一人の少女へと向かう。
「さて、お待たせしました。できることなら、もう少し整った場で向き合いたかったのですが…………」
「テメぇ、精霊と契約するために肉体を弄ってんだろ?」
前置きは省略した。
それは明確な拒絶であり、サレンからの敵対そのもの。
「最初会った時に気づいた。魔法使いの中には、己が使う魔法を強化、最適化するために自分の肉体に細工を施す者もいる。それ自体はさほど珍しいことじゃないし、それだけならオレもそこまで驚いてない」
肉体改造、というと仰々しいものに聞こえるが。
例えば一族共通の模様の刺青を入れる、体の一部に装飾を埋め込む、髪色を専用の染色剤で染める。
より簡易的であれば、特定の指の爪を意図的に長くするといったものまで。
本来なら煩雑な魔方陣を要する過程を、省略するための手法。
魔法という継承する技術の場合、肉体の同一化はそれ自体が大きな意味を持つ。
「でも、テメぇは違う。テメぇはその精霊と契約を結ぶために、意図的に異なる物質を自分の肉体に混ぜ込んでる。しかもそれは、この国では認知すらされていない代物で、多分だが生きた生物の一部なんじゃないか?」
精霊の力を最大限発揮するための手法、置換。
肉体を魔力に置き換える儀式を、ユダは自らを切り捌くという手法でやってのけているのだ。
「…………フフ、ハハハハハ!」
問われたユダは、人目を憚ることなく大笑した。
それは品の欠片もない、有り体にいうなら下品でみっともない行為でしかない。
だというのに、会場にいる全員がそれを嘲笑することはしなかった。
否、できなかった。
「大正解です。まさか、まさかそこまでこの僕を理解してくれているとは。あまりにも予想外で、あまりにも甘美すぎる褒美です」
恍惚と、まるで自慰でもするかのような表情と。
さながら北極星のように輝く莫大な魔力を前に、等しく息を殺すしかできなかったのだ。
「さて、さて、さて。理解者との対話が余りにも楽しすぎるせいで、少々無駄話をしてしまいましたが。この僕の目的は一つ、去る前に君を招待したいと思いましてね」
「招待?」
「我々は精霊使いの味方であり、肯定者でもあります。少なくとも、このような形骸化した組織ではありませんし、固定概念に囚われ全体を見渡せない愚か者でもない」
ユダは深々と、最大限の敬意を込めサレンへとこう提案した。
「君の才能は本物だ。そして、それを無駄にする必要はない。まして政争のための駒として消費されるなんてことは、絶対にあってはならないこと。ですからどうか、この僕と共に…………」
「断る」
たった四文字。
短い一単語だけであっても、サレンの心境を表すのには十分すぎた。
「少し前なら、テメぇの提案を呑んでたかもしれねぇ。なんとなく、いいように利用されてるってのも理解できてたんでな」
「…………」
「でも、今のオレはもう決めたんだ。例え誰かにとって都合がいい手段だったとしても、受けた恩を返さない理由にはならねぇ。ましてそのために、大事な友達を見捨てる真似なんざ、死んでもしたくねぇってな」
サレンは見た。
客席の一角から、まさに加勢しようと構える精霊科の先輩たちと。
心の底から安否を憂う、一番の親友を。
「ここに来た理由は一つ、テメぇの体に混ぜ込んだそれを、一体どこで手に入れたのか知るためだ」
サレンには政治のことなんて何も分からない。
世界の情勢なんて知らないし、興味もさほどない。
だけど、降りかかる火の粉を黙って浴びるほど能天気じゃなければ。
この状況で怖気づくほど、お淑やかになった覚えもない。
「覚悟しろよ第一席」
精霊使い同士の戦い。
「せっかくの舞台をめちゃくちゃにしやがったんだ。殴られる覚悟くれぇは、できてんだろうなぁ!」
それはここまで全ての魔法戦を嘲笑うような。
かくも美しく、透き通るほど見事な闘争そのものだった。




