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戻ってきたライネの周囲には、宙に浮かぶ三体の使い魔がいた。
材質は鉱石。
宝石に似た半透明の物質は、重力を一切感じさせないほど自在に空を飛び、別の個体はライネの傍から離れようとしない。
大きさは推定で十センチほど。
外見だけはネズミに類似しているが、骨格の形からして明らかに生物のそれとは逸脱しているのが分かる。
(疑似精霊だって聞いたけど、近くで見るとロアやパンサラサとは随分と違って見える…………)
サレンは記憶にある序列持ちの精霊の姿を思い浮かべつつ、目の前を通り抜けるライネの使い魔を視線で追いかける。
序列持ちの精霊は、動物の姿に瓜二つではあるが、一見すれば別物だと分かる何かがあった。
それは風格とも、オーラとも、あるいは独特な魔力隆起がそう思わせるのかもしれないが。
どちらにしても、ただの動物と一緒にいたとて、絶対に一目瞭然だと分かるほどに違って見える。
一方で、ライネの使い魔、疑似精霊は違う。
こちらは一見すれば怪物にしか見えない異形だが、それでも造形物としては一線を越えていない。
似た形状のものが並んでいれば、もしかすれば見落とすことがあるかもと思うくらいには。
(『これは、小生らとは全くの別物だな』)
(『ロアもそう思うんだ?』)
恐らくサレンの戸惑いを察知したのか、姿を晒すことなく純粋な精霊であるロアは語る。
(『確かに小生らによく似ているが、それは方式が近しいという点だけに過ぎない。魔力による自己補完によって、完全に自立し稼働し続ける点は特に類似しているが。少なくとも盟友の感じ取った印象に相違はないと小生は判断する』)
そのうえでと、ロアはこうも語った。
(『想像するに、これがただの人間から発現した魔法とはあまり思えん。先天的な才能は元よりあったとは思うが、一番は彼女の環境がそうさせたのであろう』)
(『…………ま、そこは触れないでおくよ。なんとなく楽しい話題じゃないのは分かるし』)
サレンがロアと話をしている間、ホムラはライネの変化に対し矢続きに質問していた。
「じゃあ、これは今までとは違うってこと?」
「そうなる、はず。ウチもちょっと把握できてないところもあるから、絶対とは言い切れないけど…………」
「前のはもっと、禍々しくなかった?」
「マーちゃんはずっと優しいよ。ちょっと思い込みが激しいところがあるけど、ちゃんと話したら分かってくれるし」
「意思の疎通ができるのか?」
近くで傍聴していたシュラの問いに、ライネは一瞬だけ驚くも。
「簡単な感情だけ、ですけどね。嬉しいとか、楽しいとか。今はちょっと、緊張してるみたいです」
「緊張?なんで?」
「その、ウチが魔法の解釈を少し変えたのもあるんですけど…………」
するとライネは、どこか恥ずかしそうに指先で頬を掻くと。
「ウチの友達にとって、序列持ちの精霊は特別なんです」
「分かるん、ですか?」
言い方から察するに、ライネの使い魔はロアを認識できているらしい。
驚くサレンに向けてか、あるいは話題に挙げられたロアへ向けてなのか。
「す、すみません。なんていうか、こう、お手本にしたかったっていうか…………ウチがその、憧れてしまったっていうか…………」
「…………?別に謝られることはないですけど」
「で、でも…………サレンちゃんにとっては、迷惑かなって…………余計なお世話、でしたよね」
どうやらライネにとっては重要なことだったのか、サレンが理解できないことに少しだけ落胆している様子だった。
とはいえサレンには全く心当たりがなかったので、一旦は疑問を思考の端に追いやることにした。
「チョコ先輩、一応は精霊科の勝ちってことでいいんだよね?」
「…………チョコ先輩?」
「っ!?あぁうん、それで合ってるはずよ。今のところ、特に追加のアナウンスもないわけだしね」
どこか上の空だったチョコは、やや早口でそう答えると。
「悪いけど、アタシ少し席を外すから。次の試合をちゃんと見ておいてくれる?」
「別にそれは構わないけど、そんなに重要なの?」
「当たり前でしょ。なにしろ、次のカードは…………」
瞬間、遮るように歓声が沸き起こり。
思わず両肩を跳ね上げたライネを守るように、体躯を膨らませようとする使い魔をサレンとホムラは咄嗟に宥めて上空を見た。
「植物科と天体科。どっちも魔法戦では無類の強さを誇る学科同士の一戦よ。はっきり言って、最後の障害になりえるなら、このどちらかの学科で間違いないと思う」
「だったら、チョコも観戦すべきじゃないの?」
ホムラの至極真っ当な指摘に対し、チョコはパステルカラーのツインテールを手の甲で掬うと。
「さっきの騒動で汗かいたせいで、せっかくの化粧が崩れたのよ。そのままとか絶対にムリだし、アンタらがいれば情報収集には十分すぎるでしょ」
いつの間にか抱えている荷物は恐らく化粧道具一式なのだろう。
サレンからすれば観客席でやればいいのにと思ってしまうが、チョコが自分の容姿に拘りがあるのを知っているため迂闊なことは言えなかった。
「特にサレンはちゃんと見ておきなさい。十中八九、植物科はサレンに『原典』をぶつけてくるわ」
そう言い残してからチョコは駆け足で傍を離れ、鳴り響いた合図は一戦目の報せを伝えるものだった。
「やはり、か」
「シルフィ…………」
緋色の髪に、気品ある佇まい。
学士以下の生徒のなかで、恐らく本校でも指折りの実力を有する新入生。
そして、サレンの一番の親友であり、避けては通れない相手。
「こっち、見てるわね」
「お友達、なんですよね…………?でも、あれは、その…………」
「私は、そう思ってるよ」
サレンはそれ以上は何も言わず、天体科の出場者が出てくるのを視線で探した。
すると舞台上の奥側、サレンからはシルフィを挟んだ向こう側に独特の魔力隆起を探知する。
「───────嘘でしょ」
思わず零れた言葉に、ライネは不思議そうにその顔を覗き込み。
ふと向けた視線の先で、サレン以上に驚くホムラがいた。
「…………ありえない」
「どうかした、んです?」
「あの男、いったい何を考えてるの?」
姿を見せたのは、金髪碧眼の青年だった。
優雅さを小奇麗に飾り着込んだような佇まいは、どこか社交場に向かう貴族のような雰囲気を放っており。
その手に握る杖は、彼の一族がこの国の王から下賜された逸品だった。
「天体科第一席、ユダ・アルゲスタ」
本来なら学士以下の生徒しか参加しないはずの催し。
明確な条文があるわけではないが、本来の目的を踏まえれば暗黙の了解として成立していたルール。
それを、他派閥の学科が運営しているタイミングで、『原典』と戦うという条件で破ってみせた。
「あの男、自然派と戦争でもするつもりか?」
シュラの言葉が全てであり。
同時に、これまで誰も表立ってはしなかった行為でもあった。
「初めまして、かくも麗しく美しい『薔薇』のご令嬢」
そして、そんなことは微塵たりとも感じさせず。
微笑を称えたユダは、恭しく頭を下げてこう続ける。
「どうか、お気をつけて。いくら僕といえど、君を相手では加減は難しいからね」




