最終話『Psyche&Logic』(4)
みんなは私のことを口を揃えて真面目と言うが、それは大きな間違いだ。
何で私が世界を変えるとかいう中二病全開な理由のために貴重な青春時代を捧げなければいけないんだと腕輪を窓から投げ捨てようとしたし、何で学校に登校するためにわざわざハーフマラソンほどの距離のある下水道を通って通学しなければならないんだとまた腕輪を窓から投げ捨てようとしたし、何で私の家には母親は居らず加齢臭が漂い始めたおじさん二人しかいないんだとまたまた腕輪を窓から投げ捨てようとした。
まあ私の家は未来区地下に存在する秘密のアジトだから窓とかそういった類のものはないのだけれど。
「斑さん、どうして私のお父さんは研究室に籠もりっぱなしで私の相手をしてくれないのでしょうか」
「……あァ? 急にどうしたんだ笹暮凛ちゃんよォ」
「お父さんは日々研究に勤しんでいますが、時々、私という血の繋がらない娘の相手をするのが面倒だからわざと忙しいフリをしているんじゃないかと思う時があるのです」
「そうだなァ……、だったら、本当の家族に会ってみるか?」
「……え?」
唐突に返ってきた思いもよらない提案に、思わず斑さんの顔を二度見してしまう。
「……いやなに、利世に言われてたんだ。もし凛嬢が本当の家族の下に戻りたいと漏らすようなことがあればコイツを渡すようにってなァ」
斑さんが電子携帯を出現させて数秒が経った後、私の電子携帯は一つのファイルを受信していた。
「そのファイルの中にはお前さんの本当の家族が住んでいる住所が記載されている。そしてお前がその家族の一員に戻りたいと願うンであればその銀色の腕輪を手放すと良い。次の日には今までのことは綺麗さっぱり忘れて普通の日常を送ることができるだろうさ」
ここまでの準備を整えていたなんて、お父さんはそこまで私のことを手放したかったのだろうか?
「――だがなァ、凛嬢よ。お前は捨てられた所を利世によって拾われたんだぜ。しっかりとその意味を分かった上で……、ッておい! ……やれやれ、もう行っちまった。そんなにこのアジトには加齢臭が充満してるのかねェ」
別に家を出ていきたかった訳ではない。純粋に私を捨てた親というものに興味があったのだ。捨てられた子供が両親を確かめに行くなんて映画やドラマではありがちな展開を私もやってみたかっただけである。
「家、デカっ……!」
秘密の地下アジトまさかの敗北。ファイルに記載されていた住所には近代和風建築によって建てられた未来学園の校舎一つ分はありそうな大きさのお屋敷が広がっていた。
「衝動的に来てみたはいいもののどうやって中を確認しましょうか……」
そう呟きながら『身体能力を強化する』能力を発現して五感を強化する。そして人の気配を探知しながら歩き始めると十分もかからず『彼女』を発見した。
「――どうしてこれくらいのことができないのです! そんなことではあなたにこの深山家の跡を継がせるわけにはいきませんよ!」
涙を零しながら謝る『彼女』が私の姉だと分かったのは家に帰って斑さんに懇切丁寧な説明を聞かされた後だった。
私がお父さんに名乗ったらしい『ちょりゅう』という名前。これはどうやら苗字ではなく、私が本来の自分の名前を読み間違えていたものらしい。
『深山瑠璃羽』
どうやらこの平安時代のお姫様みたいな名前が私の本名なのだそうで、この『瑠璃羽』の部分をちょりゅうと読み間違えて覚えてしまっていたことが私のヘンテコ苗字の誕生へと繋がっていたらしく、名簿リストから捜索しても埒が明かず、最終的には未来区から未来区近郊における全世帯のDNA鑑定の結果から判明した私の本名を知ったお父さんと斑さんがそのカラクリに気付いた瞬間、思わず二人同時に変な声を上げてしまったらしい。いや潴溜て。
そこから先はよくある話で、私の父親である深山家の現当主が別の女性との間に生まれた子供こそがこの私、深山瑠璃羽であることが斑さんの口から告げられたのだった。
多分、ずっと私は自分の運命をフィクションのように感じていたのだろう。どこを取っても非現実な自分の状況がそれを助長させており、どこか俯瞰で眺めていた自分がいた。
だからそれが事実であると自分の肌で感じ取った瞬間、私の心を現実というものが一気に襲いかかって来たのである。忌み子である私にいよいよ居場所などないのだ。訳も分からず嗚咽する私を斑さんは優しく撫でてくれた。本来ならばアイツの役割なんだがアイツは全てが片付くまで父親なんて名乗れないって聞かねェんだと呟く斑さんはめちゃくちゃ消臭剤の匂いがした。
「私の名前は潴溜りんです。これより風紀委員の一員として全力で働かせて頂きますのでよろしくお願い致します!」
「チョ、チョリューリンサン……? ヨロシクオネガイシマス……?」
「……宮子、落ち着いて下さい。焦って誰にも理解のできない言語になってしまっていますよ」
翌年から私は風紀委員に籍を置くことになった。お父さんの手伝いをするために何かと便利であるという側面もあるのだが、本来私と分かち合うべき苦労を一身に背負う『彼女』を支えてあげたくなったのが本音である。お父さんは何も言わず、高校の入学祝いと称してビー玉のようなアクセサリーを私に手渡した。私を何歳だと思っているのか知らないが、高校を卒業するまでくらいは付けてあげようかと思っている。
◆
どうやら戦闘中に気絶していたのだろう。随分と昔の出来事を思い出していたような気がする。腹部に打ち据えられた機械仕掛けの拳をゆっくりと外し、神影マリアの包囲網の穴を見つけて一時的に戦線から離脱する。それも一瞬の出来事でありすぐに追跡の手がやって来るのだが、既に私の目に迷いは無かった。
「――りん! 北北西の方角、前から三体目を狙いなさい! それが本体の神影マリアです!」
未来工業の方向から聞こえてきた友人の言葉を聞いて、即座に言われた方角の神影マリアの存在を確認する。神野先輩の能力は『千里眼』、人間はもちろん能力者の位置まで細かく把握することができる彼女の言葉を信じて脚力を大幅に強化し、一直線に跳躍する。私は本体を守ろうと立ちはだかる神影マリアたちを全て薙ぎ倒し、本体である神影マリアと対峙する。長かった戦いもこれで終わる。私は彼女を気絶させようと続けて右拳の強化を行った。
その瞬間、死角から一匹の虎が彼女を護るように飛び掛かってきた。
「――虎威、ここに来ては駄目ッ!」
それは彼女にとっても想定外の出来事だったのだろう。私と本体である神影マリアの間に飛び込んで来た一頭の虎を庇おうと神影マリアは慌てて移動する。そして、気付いた頃には彼女の腹部にはおよそ致命的な穴が開いていた。
「……全く、お互い頑固な父親を持つと苦労しますね、りん」
「全くです。尻拭いをしなくてはならない人間のことをもう少し考えて行動して頂きたいものですね。……それより良いのですか? 今未来工業はかなりまずい状況にあると聞きましたが」
「……もう、良いのですよ。私の残った役目はあなたと宮子を守ることだけ。そのためだけにこの戦場へと戻って来たのですから」
神野先輩は未来工業の中から出てきた。間違いなく、未来工業内で何かがあったのだろう。
私はかける言葉が見つからず声にならない声でそうですか、と言い残して地面に横たわったままの神影マリアの下へと近付いていく。
「……私は、負けたのね。ジルドの指示通り動く私と、笹暮利世の指示通り動くあなた。やっていることは同じはずなのに一体何が違ったのかしら」
「――私は、他人のために全力を出し尽くすことはできない不器用な人間です。それは友人であれ、恋人であれ、家族であっても。何故ならそれらは結局他人なのですから。誰かの命令をただ享受するだけのあなたには覚悟が足りなかっただけの話ですよ」
「……そう」
「ですが、他者のために頑張ろうとするエネルギーが自らを動かすこともまた事実。だから私は何度もあなたに負ける結果となりました。……それは何よりあなたが彼を信頼していた証です」
こい、と呼ばれた虎に顔をペロペロと舐められながら彼女はゆっくりと両目を閉じた。
「……りん。あなた恋人がいたのですか?」
「例えばの話ですよ例えばの! 何で珍しく私が勝利を収めた時に限って格好付けさせてはもらえないのですか!」
流石に無理をし過ぎたみたいだ。フラフラと倒れそうになる私の身体をこれまた見慣れた友人が受け止めてくれる。
「――全く、何でこんな所にまで来ちゃったんですか宮子先輩。怪我しても知りません、から、ね……」
視界の奥では未来工業の屋上で異変が起きようとしていた。天野先輩が心配だが今の私が加勢しても大した戦力にはならないだろう。遠目には未来工業へと走って行く園宮先輩の姿が見えた。天野先輩には悪いが今はほんの少しだけ眠るとしよう。




