最終話『Psyche&Logic』(3)
電子携帯が鳴るのは久しぶりだ。出現させた電子携帯の画面には『園宮怜奈』という懐かしい名前が表示されており、少しだけ出るのを躊躇する。しかし彼女はその躊躇する時間すらも与えてはくれないらしい。
どうやってクラッキングしたのかと尋ねるのも野暮なのだろう。強制的に通話状態となった電子携帯の向こうから興奮状態の怜奈の声が聞こえてくる。
『――洸一! アンタ一体今どこに居るの!? アンタが拉致されてからの話は利世に聞いたわ。アンタは何も悪くない。そして、アタシはアンタの行いを罪に問わせるわけにはいかないの。そのためにもお願い、アタシたちに協力してもらえないかしら?』
「……一体、何の話だ」
『アンタ今、未来工業に居るんでしょ? だったらどこかで未来区のネットワーク障害の復旧をサボってる神野白夜がいるはずだから彼を叩き起こして頂戴』
「……そいつは無理な相談だぜ、怜奈。何もかもお前の思い通りになるなんて思っているのならそれは大きな間違いだ」
『……アンタ、一体何があったの? 一体今何を……』
「机上で偉そうにふんぞり返っているんじゃなくて直接自分の足で未来工業に来て確認したらどうだ? あるいは全てを知った上で俺に協力を持ちかけてきているのか。……悪いが俺は、俺のやりたいようにやらせてもらう」
俺は赤色に染まった一枚のハンカチをひらひらと落とすと、二度と起きることのない神野白夜の顔の上に被さったことを確認して未来工業社長室から退室した。
◆
「――全く、園宮先輩らしいですね」
スピーカーから流れ出る『レナ』こと園宮先輩の声にどこか安堵している自分がいた。どうやら向こうの危機は脱したようで、忙しそうに指示を出す父親と斑さんの声が聞こえてくる。何が起きたのかを詳しく聞いている暇はないのだがとりあえずこれ以上自分のタスクが増えることは無さそうだ。
『……何よ、騒がしいわね』『あなたたちはいつもこうなの?』『これだから私人間って嫌い』『野蛮なのよね、人間って』『そうよそうよ』『動物たちの世界で暮らす方がずっと良いわ』『あなたたちのせいで住処を脅かされる動物たちがどれほどいると思ってるの?』『関係ないけどノアの箱舟って絶対に子を残せなかった番がいるはずよね』『全ての動物の番が一匹ずつだものね』『揃いも揃って下品な人たち』『私たちのように静かに暮らせないものかしら』
『さっさと諦めてジルドの創る世界に呑み込まれれば良いのよ』
私の視界の三百六十度を取り囲む神影マリアたちが思い思いに言葉を述べる。
「……全く、『電導パルス』が持続していたらそのやたら本人よりも饒舌な発信機能を根こそぎ破壊してあげているのですが」
当然のように『電導パルス』の効力は切れてしまっている。依然減る気配のない神影マリアたちを前に私は風紀委員の腕章をもう一度巻き直すと、やがて来る衝撃に備えて両腕で死角を守り始めた。
◇
「怜奈ちゃん! 怜奈ちゃんは拳銃と業物だったらどっちが良い?」
「アタシは断然拳銃派ね。……って宮子ちゃん、アタシはマイ拳銃を持ってるから宮子ちゃんの自由に選んでくれて大丈夫よ」
「そっかぁ~。だったらボクはこのM60っていう機関銃にするね。刃物だったらいつの間にか鞘を失くしてそうで怖いし」
「待て待てお前ら。まさか本当に今から前線に出るつもりじゃねェだろうな?」
「まさかも何ももちろんそのつもりよ。そもそもアタシも未来工業潜入作戦のメンバーだったのよ? 宮子ちゃんは危ないから来ちゃダメだって何度も説得したんだけど全然聞き入れてもらえなくて」
「ッたく、俺たちが会議室で悪戦苦闘している間に何をしていたのかと思えば……」
地下アジトの主に斑さんが管理している武器庫で大量の凶器を漁っている深山先輩を発見したのは今より十分ほど前のことである。どうやら深山先輩は未来工業敷地内で大量の神影マリア型アンドロイドと戦闘を続けるりんを見て居ても立っても居られなくなってしまったらしく、無謀にも加勢しようと武器を探してアジト内を散策していたらしい。
「お願いりんちゃんの叔父さん! ボクを未来工業へ行かせてください!」
「な!? お、俺がオジサン……?」
「……っていうか、そんなに心配ならアタシたちについてくれば良いじゃない、斑のオジサマ?」
「~~あーッ、たくよォ! どうしてここに来る女はどいつもこいつも心臓に太ェ毛が生えてるような奴等ばかりなんだ! 分かった分かった、利世に頼み込んでやるからさっさと特殊スーツに着替えて来やがれお転婆娘供!」
斑さんの目に見える位置で深山先輩とハイタッチをすると、急いで大量の武器を両手に抱えて更衣室へと駆け出した。
◆
「……やれやれ。こんなに待たされることが分かっていたならもう少しりんに加勢することができたんだがな……」
未来工業最上階に存在する社長室の更にその上、未来工業の屋上から地上の様子を覗き込む。そこには米粒サイズのりんがこれまた無限に存在する米粒サイズのマリアたちに囲まれるシュールな光景が展開されていた。
俺は白い世界をイメージして神影マリアを制圧しようと試みるが、文化祭での一件から俺の能力を対策してきたのか一体一体のプログラムが強力になっている上に全てのアンドロイドのプログラム構成が僅かに異なっており、あの時のように一度に制圧することは不可能に近いだろう。
そんなことを考えていると、雲一つない青空が広がっていたはずの空に一筋の翳りが見えた。
「……やっと来たか。どの道戦わなきゃならないんだ。笹暮利世には悪いが先に始めさせてもらうぜ」
白い世界に入ってリヴァイアサンを掌握するまでどう見繕っても一時間はかかる。その間にアイツがやって来て無防備となった俺を狙われるリスクを考えるのであればどう考えても今ここで障害を消してしまう方が手っ取り早いだろう。
上空からゆっくりと降下して来るヘリから梯子が投げ入れられ、見知った金髪の男がゆっくりと着陸して来る様子が見えた。
「――ったく、ここから俺が拳銃で狙撃する可能性とか考えないのかよ、お前は」
「誠也君がそんな姑息な手でこの戦いの幕を下ろすような真似をするはずがないというある種の信頼さ。それに、誠也君は一度この僕の気まぐれによって命を拾っている。その借りは返してもらったことにしてやるから、ここから先はどちらかが死ぬまで続けようじゃないか」
地上に降り立った神村ジルドと俺は互いに向かい合い、揃って拳銃に手を伸ばした。




