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最終話『Psyche&Logic』(2)

「――ようやく未来区、ですか。りんにもう少し未来工業の近くまで運んでもらうよう頼めば良かったのでしょうが……。いえ、高望みは良くありませんね」


 九死に一生を救われたというものの、生きていればまた欲が沸いてくるというのが人間だ。りんのように真っ直ぐ生きることができればと思う時もある。しかし、理想だけでは生きてはいけないのがこの世界の常である。現実を歪めて誤魔化して、まるで最初からそれが理想だったかのように信じ込む、その方がよっぽど自分には似つかわしい。


 それに、希望がないわけでもない。


 あの笹暮利世が、目的のためとはいえ間接的に神野白夜へと協力した。それはつまりあの二人が協力する可能性が全くないわけではないこと証明していた。だとしたら――。


「岡崎幹也の後継者である神野白夜と笹暮利世の二人が未来工業のために手を結ぶ、そんな未来も遠くないのかもしれません」


 岡崎幹也が未来工業の後継者として選んだ二人の天才。その内の一人である父、神野白夜はたった一人でISコーポレーションの魔の手から十年の間日本を守り続けた。そして、もう一人である笹暮利世はたった一人で十年の間研究を続け、ついには岡崎幹也の域へと到達した。


 そんな二人が協力すれば恐いものなんてない。そうなれば私がりんの家に、りんが私の家に遊びに来ることだって可能になるかもしれない。

理想が叶わなかったとしてもそんな幸せな未来を夢想したって良い。私は自然と綻ぶ表情を引き締め直すと、未来工業へと向かう足を少し速めた。





「……どうやら人の気配は無いようですね。外に出ましょう」


『身体能力を強化する』能力により感覚が極限まで研ぎ澄まされているりんから指示が届く。俺も未来工業前にある監視カメラから地上には誰も居ないことを確認するとりんに向かって肯定の意を示した。

 そしてりんが巨大なハッチに手をかけると、俺たちは急いで梯子を昇って地上へと脱出した。


 視界の奥には未来工業があった。俺たちは未来工業に一番近い場所から地上に上がり、一気に未来工業へと潜入する手筈だったのだがそうは問屋が卸さないのがこの一筋縄ではいかない世界の常である。それはもう、否が応にも理解している。


「――ったく、こいつは大層なお出迎えだな。りん、早速俺たちの修行の成果を見せる時が来たのかもしれないぜ」

「ええ、分かっていますよ天野先輩。もう誰にも噛ませ犬なんて言わせません。笹暮凛の名に恥じぬよう全身全霊出し尽くします!」


 妙に燃えているりんと背中合わせになりながら右手でホルスター内の電導銃を取り出してセーフティを解除する。



 空一面に展開された目算数百体ほどの神影マリアを確認し、俺たちは覚悟を決めて未来工業に向かって駆け出すのだった。





「――どうやらマリアが始めたようだな」


 神影マリアモデルのアンドロイド部隊の起動を確認すると、俺は待機させていた残りのアンドロイド全てを起動させて戦場へと投入していく。


 まるで、終わらないチェスをやっているようだった。


 それぞれ異なる能力を持っている能力者を相手に、軍事用アンドロイドを展開させて一人ずつ崩していく。そしてその隙を見付けては防国壁の破壊を行う。形勢は悪くないものの攻め切ることができないもどかしい状態になっているのが現状だった。

 チェスの相手は未来工業の社長である神野白夜である。相手にとって不足はないが、このゲームには小さな例外が存在する。それは笹暮利世を筆頭とする別の思想を持った第三勢力の存在である。彼らが未来工業へ移動を始めたことを知りマリアに彼らを妨害するよう命令したのだが、正直なところあまり良い予感はしていない。


「――悪いが、遊びに付き合っている暇はないんでね」


 能力は進化する。それは自身が一番身をもって知っていることである。そして、戦況に大きな変化が訪れたのはそれからしばらくの時間が経過した後だった。能力者全ての動きが突然止まり、まるで意思を持たない人形のようにその場に崩れ落ちていく。未来区で何かが起きた。そんな言い知れない不安が次第に大きくなっていく。


「――フン。俺も脆くなったものだな。マリア一人のためここまで心が揺さぶられるなんて」


 崩れた防国壁から未来工業に向かってヘリを飛ばしながら、座席で足を組み直して俺は一人そう零すのだった。





 撃つ。躱す。立ち止まって後ろを向く。撃つ。頭を屈める。撃つ。緊急回避を行う。

一つ一つは単純に見えるこれらの行動も、命一つが乗っかれば途端に話は変わってくる。俺とりんは目の前に立ちはだかるゆうに千体を超える神影マリアを一体ずつ確実に破壊していく。


 ――このままでは埒が明かない。


 俺とりんの周囲に幾重にも層を作ってマリアが取り囲んでくる。襲い掛かって来るマリアを全て撃ち落としてはいるもののとめどなくやって来る援軍を見るに終わりはまるで見えてはこなかった。


「――アレをやりましょう、天野先輩」


 りんも同じことを考えていたのだろう。再び背中合わせになってお互いに呼吸を整える中、りんはポツリとそう呟いた。


「ああ、俺も全く同じことを考えていた。本来ならば切り札にしたいところだったがこの状況ではそうも言っていられない。この辺りで一気に決めてしまおう」


 風紀委員の腕章をシュルシュルと外しながらりんが近くの神影マリアを蹴り飛ばす。そうやって作り出した一瞬の隙を突いてりんの頭の上に手を乗せ、俺は白い世界をイメージする。



『電導パルス』と俺たちは名付けた。



 これは『身体能力を強化する』能力を持つりんと、『電脳世界へ介入する』能力を持つ俺たちだからこそ完成させることができた合わせ技であり、これを行うことによって俺がりんの脳から身体へと送られる電気信号を強制的に増幅させることでりんの身体能力を百二十パーセント解放させることに成功した。

 閃光のように迸るりんが俺を抱えながら未来工業へと続く道中にひしめくアンドロイドたちを右手一つで薙ぎ倒す。その勢いのまま未来工業の入り口へと到着すると、無言でハイタッチをして俺は一人未来工業内部へと潜入を開始した。





「――おかしい。突然未来工業のシステムがダウンした」


 およそ在り得ない事態が起きていた。天野誠也が未来工業内のエントランスへ到着した頃、十年もの間異常をきたすことのなかった未来工業の回線が突然途切れたのである。

『……どうすれば良い、笹暮利世。電脳世界に入って原因を突き止めるか?』

「凛がいない今お前が意識を失うのは不味い。アジト用の回線で接続し直してみるからお前はそこで待機しておけ」

『分かった。それじゃあ俺が非常階段を登り切るまでに何とかしておいてくれ』


 未来工業のエレベーター前で手持ち無沙汰となっていた天野誠也からの連絡を最後に、五十階にも及ぶ非常階段を上り始める彼の姿がモニターに映っていた。


「……おい利世、これを見ろ」


 斑さんが崩壊した防国壁から神村ジルドの搭乗するヘリが未来区へと侵入していく映像を別のモニターへと映し出す。


「大丈夫だよ斑さん。たとえ神村ジルドがヘリごと未来工業へ突っ込んだとしても十年前とは状況が違う。未来工業が、……神野白夜がそれくらいの対策を行っていないわけがない。先にリヴァイアサンへと辿り着くのは天野誠也だ」

「違うぜ利世。俺が言いたいのはそういうことじゃねェんだ。……ったく、十年前に世界が滅びかけた時以上の胸騒ぎがしやがる。未来工業のシステムがダウンしたってェことは一時的にでもリヴァイアサンによる洗脳が途切れたってことだろ? つまりだ、俺たちの想定よりも早く未来区の人間への洗脳が解除されたってことは、……そういうことになるんじゃねェのか?」


「……そいつは、不味いな」


 斑さんの言葉と同時に地面に倒れたまま起き上がってこない能力者たちの姿がモニターへと映し出される。能力者軍団の洗脳が一時的に解除されてしまったことで戦う相手を失ったアンドロイドたちが未来区内部への侵入を開始しようとしていた。向かう先はもちろん未来工業だろう。ただでさえ神影マリアモデルのアンドロイド部隊に囲まれ苦境に立たされている凛一人にこの無限にも思えるアンドロイド軍団を相手取ることができるわけがない。考え得る限り最悪のシナリオが思わず頭をよぎり茫然とその場に立ち尽くしてしまう。



「せい、や……?」



「……やれやれ、ようやく眠れるアジトのお嬢様のお目覚めだ。起き抜けのところ悪いが生憎の状況でなァ、戦況を知りたきゃ自分で調べちゃくれねェか?」


 そんな中、文化祭の日から時間が止まったままの岡崎幹也の娘、岡崎玲奈もとい園宮怜奈が深山宮子に肩を担がれたまま会議室へとやって来てモニターに映し出された天野誠也の顔を見て顔面蒼白のままそう呟いた。

「……状況はある程度宮子ちゃんに聞いたわ。どうやらアタシは随分と長い間無様に眠らされていたようね」

そう言って彼女は隅にあったソファに腰を下ろすと電子携帯を出現させて周りに幾つもの画面を展開させていく。そして数分が経過した頃だった。



「――記憶の欠けた能力者連中を利用しましょう」



 その数分の間に全てを把握した彼女は冷静に、かつとんでもない作戦を提示して来た。


「どうせこのまま彼らを放置していたって未来区はアンドロイド軍団に全滅させられるだけだわ。だったら問答無用で彼らが戦わなければならないシナリオを用意してアンドロイド軍団と戦ってもらうよう誘導する方が遥かに建設的よ。未来区用のネットワークに接続できなくてもこのアジトの回線から未来区中のスピーカーくらいだったらすぐに接続できるわよね? アタシが直接誘導するからさっさと繋げてもらって良いかしら」

「はっはァ! 最高にキマってんなァ岡崎社長の娘さんよォ!」

「……待て、岡崎の娘。そんなことをすれば何人が犠牲になるか分からない」

「アンタ、マッドサイエンティストみたいなナリしてやることが一々人道的なのよ。それに、アタシの名前は園宮怜奈よ」


 斑さんが彼女の命令に従い、未来区全てのスピーカーに接続したヘッドセットマイクを園宮怜奈に手渡した。


「――あ、――ああ。――いつまで寝てるのアンタたち、さっさと起きなさい! アタシはこのデスゲームの管理人の『レナ』よ。これからこのデスゲームのファイナルステージを始めるから耳の穴かっぽじってよく聞きなさい! ルールは簡単、目の前に立ちはだかるアンドロイド軍団を全滅させること。一体でも取り逃せば連帯責任で全員皆殺しよ! アンドロイドの居場所については各自適切な位置にこのデスゲームの運営スタッフが誘導するから近くのスピーカーにはしっかりと耳を傾けておくように!」


 園宮怜奈はそう言い切るとヘッドセットマイクを取り外し、これで良い? と言わんばかりのドヤ顔をこちらへと向ける。


「さあさあ、何ボサっとしてんのオッサン供! アタシが参戦するからには敗北なんて絶対に許さないわよ! アンタたちはさっさと全ての能力者を誘導してアンドロイドを破壊するよう指示しなさい! 良い? 一人でも多く生存させるのよ! 世紀の天才科学者岡崎幹也と園宮玲夏の娘であるこの園宮怜奈の時間を奪うことがどれだけの損失になるか分かってんでしょうね!」


 圧倒的な彼女の勢いに呑まれ、俺と斑さんは急いで怯えたように立ち尽くす能力者たちのデータを割り出し彼らを適切な位置へ移動させていく。



 ――園宮怜奈、此処に完全復活。



 彼らの人生が一つの物語とするならば、今ここにそんなアオリが入るのだろう。

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