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最終話『Psyche&Logic』(1)

「――凛。お前、一体今どこにいる! ……ああ、分かっている。そのことについてはお前が戻ってきてから説明する。だから一刻でも早く戻ってこい。……これは命令だ!」


 語気を荒げる利世を横目に、俺と宮子先輩はベッドに横たわる怜奈を看病していたのだがどうやら起きるまで待っているような時間は残されてはいないようだ。空気を読んで医療室から出ようとすると、ひっそりと宮子先輩が後をついてきていた。


「りんちゃんのお父さん、よっぽどりんちゃんのことが心配なんだねぇ。あんなに感情を高ぶらせているりんちゃんのお父さんボク初めて見たよ」

「……そのようですね。いつもだったら命令二百九十二、とか言っているのに随分なりふり構っていられなくなっているみたいです」

「まありんちゃんは可愛いもんねぇ。……それより、さっきからボクには視線も合わせずにずっと扉の向こうの『彼女』を見ていることについてボクは怒った方が良いのかな?」


 宮子先輩がジト目でこちらを睨んでくる。『彼女』とはもちろん依然眠ったままの怜奈のことである。無視していたつもりはないのだが、どうやら無意識に視線がそちらに向かってしまっていたらしい。


「……すいません。何と申し開きをすればいいものか」

「まっ、別に良いんだけどねぇ。ボクも怜奈ちゃんも正式に誠也君と付き合っているわけじゃないんだしさ。それよりも人命救助とはいえこれから恋のライバルになる誠也君の幼馴染の怜奈ちゃんを助けるために一人で能力を発現させるための訓練をしなくちゃならなかったボクのことを少しは気にかけて欲しかったよ」

「……本当に、ありがとうございました。不甲斐なくジルドに負けてしまった俺を治療してくれたのも宮子先輩ですし、感謝してもし切れません」


 冗談だよ、と言って宮子先輩が朗らかに笑う。このアジトに来てから地上のことを思い返して自分の運命を呪うことが幾度もあったが、その度に宮子先輩の明るさに助けられていたように思う。本人だって辛いはずだというのにそんな姿をおくびにも出さない宮子先輩をりんや神野先輩が慕う理由が少しだけ分かったような気がした。


「誠也君はこれから世界を救う勇者になるんだよ? だったら僧侶のボクが誠也君をサポートするのは当然でしょ!」


 能力的にもね! と付け加えながら宮子先が俺に向かって満面の笑顔を見せる。


「怜奈ちゃんが魔法使いでみんなを回復させることができるボクが僧侶! 何でも出来るりんちゃんのお父さんは賢者様で、何でも作れる斑さんは鍛冶屋さん! そんなパーティーでこれから魔王城へ魔王を倒しに行く! ……多分、そんな感じで良いんだよ。ボクは頭が良くないから詳しいことは分からないけど、結局悪いのはそのリヴァイアサンっていう機械なんでしょ? だったら魔王リヴァイアサンを倒してハッピーエンド! こっちの方がシンプルで分かりやすいでしょ?」

「……そうですね。それを聞いて少し緊張が解けた気がします。……そういえばりんはそのパーティーの中に入っていないんですか?」

「うーん、考えてみたんだけど中々りんちゃんに合った良い役職が見つからないんだよね。能力的には戦士や武闘家っぽいんだけどりんちゃんに野蛮なジョブは似合わないよ。かといってサポート系のジョブっていうのも違うと思うし」

「意外とずっと負けてますしね」


 思い返してみればりんが誰かに勝ったところを俺は見たことがない。りんは何かと前線に立ってはいるが常にボロボロになっているイメージである。そんな彼女のジョブを宮子先輩と一緒になって真剣に討論していると、一つの結論が出た。


「……お姫様、ですね(だね)」

「……あの、せめて私の聞こえないところでやってもらっても良いですか? そういう陰口を言うのは」


 先ほどの利世との会話からあまり時間は経っていないはずが、猛スピードで帰宅してきたりんと会議室の前で鉢合わせる。

 顔を真っ赤にして頬を膨らませるりんの身体は軽い擦り傷などによってまたもやボロボロになっており、宮子先輩がにりんに抱き着くと全力で可愛がりながらも器用に治療を始めていた。





「神村ジルドと神影マリアの目的はリヴァイアサンと防国壁の破壊だ。彼らはそれらを達成した上でシャリアによってこの世界を完全に支配するつもりだろう。だが防国壁の破壊は俺たちにとっても決して悪いことではない。幸運にも未来工業とISコーポレーションが潰し合いを行っている今が千載一遇の好機だ。少々順序が入れ替わったが俺たちは本来の目的通り未来工業に潜入してリヴァイアサンの奪取を行う」


 会議室で利世の考えた作戦を静かに聞いていた俺とりん、斑さんの三人は無言で頷く。今頃宮子先輩は未だ目覚める気配のない怜奈を引き続き医療室で看病してくれているのだろう。そのため俺は何の心配もすることなく会議に参加することができていた。


「潜入以降の動きについては天野誠也に一任する。手順はお前がここへ来た日に俺が説明した通りだ。岡崎の娘の意識が戻らない今、未来工業への潜入はお前と凛の二人で行ってもらう。任務中に起きたトラブルに関してはお前たちの判断で臨機応変に対応しろ」

「分かった」「了解です」



「――タイムリミットだ。凛、天野。準備を始めろ。これより未来工業潜入作戦を決行する」



 利世の言葉に揃って頷き、斑さんと供に会議室を退室する。りんは利世と何やら話があるようで、俺は先に特殊スーツに着替えるために更衣室へと向かい始める。


「……りんは大丈夫でしょうか。会議中もどこか上の空というか、思いつめるような表情をしていましたが」

「――まァこれから命の奪い合いをやろうって時にケロッと平気な顔をしている奴はいねェわな。凛嬢のことは利世に任せておけば良い。あいつはあれでも笹暮凛の父親、笹暮利世なんだからな」


 俺は一抹の不安を感じながらも、静かにホルスターに収まる電導銃の感触を確かめるのだった。





「未来区近郊に建設された能力者を収容するための施設で変わり果てた姿の二宮先輩にお会いしました。あなたは知らないかもしれませんが、二宮先輩は……」

「分かっている。未来工業が天野誠也と岡崎の娘への人質として利用しようとしたんだろう」


「分かっていたのならば何故! 未然に防ごうとはしなかったのです!」


 初めての反抗だった。何故なら彼は私のたった一人の父親で、私は彼の絶望の中にある僅かな希望と供にこの十年間を過ごしてきた。不満なんて、あるわけがない。


 だけどそれは、彼の創ろうとした世界が本当に素晴らしいものだと思えたからだ。


「大勢の人間が犠牲となっていました。そしてそれを実行したのは未来工業の社長である神野白夜です。そして、そのために用いられたのはあなたの発明した特殊能力を発現させるための研究内容でした。……文化祭のあの日、神野先輩は管制塔からこのアジトへクラッキングを仕掛けてそのデータを盗み出し、ⅠSコーポレーションへ対抗するための能力者を作り出すためにあの能力者を育成するための施設を秘密裏に建設しました。あなたも未来学園へと赴いていたため未然に防ぐことができなかったのは分かります。ですが、あなたがそれに気付かなかったなんて、ましてや未来区近郊であんなことが起きていたことを知らなかったなんて、そんなことあるはずがない」


 自然と涙が零れていた。どこを見渡しても死体の山だった。変わり果ててしまった二宮先輩。神野先輩との決別。意思を曲げてしまった父親。どれが原因なのかも分からず、ポロポロと雫が落ちていく。私は、無言で彼の次の言葉を待っていた。


「……すまない。もう、理想論だけでは解決不可能な段階にまで到達してしまったんだ。俺はお前たちを、……凛、お前を守るために手段を選ばずにはいられなかった」


 父親の泣き顔を、十年ぶりに見た気がする。


「お前も見ただろう、神村ジルドがヴェスパ=デュカリスを殺害し、大部隊のアンドロイド軍団を連れて未来区の襲撃を始めようとしている。世界はもはや俺の想像を遥かに超えようとしているんだ。……お願いだ、凛。生きて、生きて帰って来てくれ。俺にはもう、お前しかいないんだ」



 十分後。私は静かに風紀委員の腕章を力いっぱいに巻き直し、ハッチを開けて天野先輩と供に下水道へと飛び降りた。





 黙々と渡り廊下を進む二田さんの後ろをゆっくりとついていく。これまで怜奈の家には何度か来たことがあったが怜奈の部屋に入った記憶は一度もない。アニメのコレクションなどで埋め尽くされているため誰も入れることができないのだろうと誠也と笑い合った記憶が勝手に蘇ってくる。


「――二田さんは、何か知っているのか? 未来区の人間は怜奈に関する記憶を完全に消去させられているはずだ。だったら、俺をこうやって招き入れる理由はどこにもない」


 二田さんは何も答えない。そして園宮邸の最深部まで辿り着くと、着きましたと言って二田さんは数歩下がって奥の部屋を指差した。

 俺は意を決して扉を開けると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。



「――すげえな、こいつは」



 部屋を覆い尽すほどの精密機械と、それを構成している数え切れない量と種類のパーツが部屋中を覆い尽くしていた。本棚には脳科学に関する資料を筆頭に科学書が所狭しと並べられており、この部屋は紛れもなく科学者岡崎幹也と岡崎玲奈の娘、岡崎玲奈のラボだった。


「……思い出すな。夏休み中、怜奈に協力して誠也を救うために色々と手を打ったんだっけか」


 誠也が雷に撃たれて意識を失ったあの日。

 あの日から一カ月の間、俺はまるでSF映画の主人公になったかのような毎日を送っていた。俺と怜奈は誠也を救うために未来区中を奔走し、偶然にもこの世界の真実へと辿り着いたのである。


 そして、当然の如くリヴァイアサンによって俺の記憶は消去された。


 分かっている。

 これは、誠也を救うための努力の跡だ。


「……俺なんて、ハナから眼中になかったってこと、なんだよな」

「……二宮様」


 音も無く二田さんが部屋に入って来てエプロンの下から怜奈が着けていたような腕輪を二つ覗かせる。そこには、銀色と黒色のブレスレットが嵌められていた。


「二宮様、これを」


 そう言って二田さんは黒色のブレスレットを俺へと手渡す。俺は左手で涙を拭いながら右手でそれを受け取り、よく分からないまま腕へと嵌めた。


「二宮様、耳をお貸しください」


 そして、二田さんが足を延ばして口元を俺の耳へと近付ける。



「―――――は、―――――をお持ちです」



 そう言い残すと、二田さんは役目を終えたとばかりに雲散してしまった。

 俺は数分の間茫然と立ち尽くしていると、足元に落ちていた見覚えのあった小さな機械をポケットに拾い入れると電子携帯を出現させて未来工業のマップを展開させた。



「……未来工業。そこに、俺の望む全てがある」



 俺は感情的で理性的な、矛盾した幾つもの思考が混在した妙な感覚に包まれながら、まるで酩酊しているかのような足取りで新たな目的地へ向かって歩き始めた。

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