第5話『エヴィルロード』
報われない奴だな、と誰かが嗤った。
勝てる試合だった。
勝てる試合に、俺は出場することなく夏を終えた。
なんてバカな奴だと誰もが思ったことだろう。しかしその理由は簡単で、俺にとっては『 』のいない勝利なんて意味がなかっただけの話である。
種目は違えど『 』が同じフィールドに居なければそこに意味はないのだから。
正確には、『 』と『 』の二人供が。
文化祭が終わり、夏がゆっくりと終わって行く。
いつの間にか『 』は居なくなっていた。
『 』ではなく『 』がだ。
『 』を『 』も忘れていたようで、なぜか強い憎しみを抱いたことだけは覚えている。やがて『 』も同じように消えてしまった。
もう名前すら思い出せないのか、最後にそんな感情を抱いた気がする。
「……ざまあみやがれ。俺は、もう見ているだけの傍観者じゃねえんだよ」
俺は目の前で一様に血まみれになって倒れている彼らを一瞥し、やがてゆっくりと腰を上げる。生きている人間なんて誰も居ない。殺されたのだ。何の才能もなかったこの俺に。水を飲もうと蛇口を開けるかのようにあっさりと、簡単に。そんな事を考えながら歩き続け、俺の意識はやがて途絶えた。
◆
「こいつはまるでデスゲームだな」
この空間で使い古された表現に誰かが笑う。それはどちらかと言えば嘲笑の笑いだったのだが、言った本人はそれに気付かずウケたことにご満悦だ。
『――二百十九番、千三十三番、第二闘技場へ移動してください』
アナウンスの言葉を聞いてそんな勘違い野郎は立ち上がり、キョロキョロと辺りを見回しながら受付へと向かって歩いて行く。俺はそれを見届けるとゆっくりとその後を追った。
第二闘技場の扉が開く。中央のリングに対して東門から俺が現れ、西門から先ほどの勘違い野郎が登壇する。
『それでは、開始してください』
そのアナウンスよりも一瞬早く勘違い野郎は大きな斧を持って俺の方へ突進してきた。
俺を子供だと思って侮っているのだろう。俺は広々とした空間を大きく使って簡単にそれを回避する。そして勘違い野郎は全くと言っていいほど俺に追いつくことはできず、疲労が溜まり始めたのか見た目だけはご立派なその斧の先端はいつの間にか地面に隣接していた。
「ちょこまかと、……ガキが」
「自分の長所を使って相手の短所を攻めるなんて当然の戦略だろ。それすらも分からないからこうやって追い詰められるんだ」
「あぁそうかい! だったら大人しくしていてもらおうか!」
勘違い野郎は俺に向かって片手を伸ばすと勝負あったと言わんばかりのドヤ顔で俺の表情を窺った。しかし、思い描いていた展開とは違ったのかまるで変わらない光景にキョトンと自分の手をまじまじと見つめ直す。
「じゃあなオッサン、恨むんなら俺じゃなくてこんな時代に生まれたことを恨んでくれ」
俺は勢い良く鎌を振り下ろすと、勘違い野郎の命はそこで途絶えた。
『勝者、二宮洸一。勝者は速やかに闘技場から退出して下さい』
俺は、アナウンスが言葉を言い終わる前にさっさと闘技場から退出した。
◇
「お疲れさまでした。本日はF地区の403号室でお休み下さい」
受付で宿泊用施設のカードキーを貰う。宿泊とはいっても簡素なプレハブ住宅の一室なのだが、俺たちが反乱を起こさないよう監視体制が敷かれているためセキュリティ面においては皮肉にも高級ホテルよりも厳重である。
俺は指定された番地へ移動する途中で見知った顔を見付け、声をかけるために方向を変えて近付いていく。
「よう『 』、助かったぜ。お前のお陰でリスクを冒さずに今日も生き残れた」
「二宮か。ここに帰って来たということはまた勝利したんだな」
「ああ。お前らも息災のようで何よりだ」
「ったく、これでまた人数が半分になったってことだろ? 俺たちが殺り合う日も近くなってきたって訳だ」
ここで知り合った友人、『 』と『 』の軽口に荒れていた気持ちが少しだけ晴れていく。
「他の奴らは?」
「『 』は寝たいからって先に部屋へ向かった。どうも気持ちの良い試合じゃなかったらしくてな。『 』と『 』はまだ戦闘中のようだがあいつらなら問題ないだろう。……問題はこの決闘方式がいつまで続くかっていうことだ。人数的にはいつ俺たちがマッチアップしてもおかしくない」
『 』の言葉に俺と『 』は天を仰ぐ。出会って間もない俺たちの協力関係がここまで上手く行っていたことが奇跡なのだ。そろそろ、覚悟しなければならない時期なのだろう。
一体何が原因でこんなことになってしまったのか。俺は断片的な記憶を辿って苦しい現実から目を背けていた。
あの日。
文化祭が行われた日、俺たちを取り巻く世界は一変した。
何かが起きた気がするのだ。しかし俺は何も覚えてはいなかった。夏休みが始まった日も、夏休みが終わった日も、始業式の日も、文化祭があった日も何もかもだ。
そんな継ぎ接ぎだらけの記憶の中で、一つだけ確かなことがあった。
俺は、孤独だった。
友人と呼べる友人は一人もおらず、「居たような気がする」という断片的な記憶が自分は心の病を患っているのではないかという思いを促進させていく。俺はとうとうおかしくなってしまったのだろうか? そんな言い知れない不安が連日俺を脅かし続けていた。
そんなある日の夜、俺は何者かに拉致された。その日見た光景は今でもはっきりと覚えている。家に乗り込んで来た黒服の男たちが俺を拉致する姿を無感情で眺める父親。俺は彼らに未来区の外へと連れ出され、突然同じように拉致されていた老若男女で殺し合いをするよう命じられたのである。
こいつはまるでデスゲームだと誰もが心の中で考えたことだろう。しかし普通のデスゲームと違うのはただ淡々と機械的に殺し合いを求められる不気味さだった。つまり、何のために殺し合いをさせられるのか分からないということがより一層恐怖感を煽ることとなったのである。
金持ちの道楽? 違う。いじめられっ子のかけた呪い? 違う。だったら政府の陰謀か? それなら一体誰が何のために?
最初はただの模擬訓練から始まった。しかし途中から一気に様相が変わり、殺し合いが求められるようになっていった。先ほどのような決闘や目の前の彼らと知り合うきっかけとなった集団サバイバルなど数え上げればキリがない。遺伝子に恵まれ、そして鍛え上げてきた身体能力を用いて俺は大勢の人間を殺してきたし、殺されかけられる危機に何度も立ち会ってきた。
そして、この殺し合いの目的は誰かが何も触れずに物を投げ飛ばして人を殺したことで判明したのである。
「……ただ、快勝だったとはいえそれなりに皆が超能力を使いこなし始めて来ている。俺たちもうかうかしていると危ないことだけは確かだな」
先ほどの勘違い野郎も戦闘センスはいまいちだったとはいえ彼の持つ超能力は本物だった。『 』の情報によれば彼の超能力は『重力変化』、事前に知っておかなければ瞬殺されていたかもしれないだけに油断はできない戦いだった。
「だが、このデスゲームの目的が俺たちの予想通り『超能力を使う人間の選別』だったのならばそろそろ殺し合いは打ち切られるはずだ。こんなに大掛かりに行われているのならばそれなりの人数は残さなければ割に合わない」
『 』の言葉に俺と『 』は揃って頷く。俺はともかくこの二人、ひいては「彼ら」の超能力は非常に使い勝手が良い。既に一軍隊と戦えるレベルに彼らは達している。それはもう、俺が何故彼らと行動を供にしているか分からないくらいに。
「やっほー、皆」
「皆生き残っているようで何よりです。……『 』の姿が見えませんが?」
遅れてやって来た『 』と『 』に『 』が先程と同じ説明をする。
「……そういえば先ほど、珍しく未来学園の制服を着た人間を見ました。誰かを探していたようですが、洸一は何か知りませんか?」
『 』が珍しく俺に話しかけてくる。意外にもこの空間に未来区出身の人間は少数派で、「彼ら」は『未来区の外』からここに拉致されて来たらしい。そのため俺の知り合いはここで見かけることは少なかった。
「ああ、多分俺の知り合いだろう。心当たりがある」
俺はそう言い残すと俺抜きでも盛り上がる彼らを後目に『 』に教えられた場所へ向かって歩き始めた。
◆
「神野先輩、お久しぶりです。連絡が取れないから生きてるかどうか分からなくてヒヤヒヤしていましたよ」
D地区の外れで見知った顔を見つけて心なしか歩みが速まる。未来学園三年十一組の副風紀委員長、神野真紀先輩が俺の顔を見て安堵の表情を見せた。
「ええ、そうですね……」
浮かない顔の神野先輩はまともにこちらを見ずに電子携帯を出現させる。神野先輩とは文化祭の見回りでペアになったこともあり、この場所で再開してからはすぐに打ち解けこうやって偶に会話を行っていたのだが、俺は彼女の行動にただならぬ違和感を覚えていた。
「神野先輩、電子携帯はここでは使えないはずじゃ……」
「申し訳ありません、事情が変わったのです。あなたを狙った人間がもうすぐここへ現れます。ですから私と一緒にここから逃げて頂きたいのです」
「どういうことですか、急に俺が狙われているなんて。そもそもここは逃げ出せないように監視されているんですからちゃんと説明して頂かないと――」
砂煙が巻き上がり、空からオレンジ色の髪の少女が降り落ちて来る。
「それは、神野先輩がこの能力者を養成する施設を建設した未来工業社長である神野白夜の一人娘だからですよ、二宮先輩」
「お前は確か、潴溜……?」
薄れた記憶から未来学園風紀委員の少女の名前を引っ張り出す。
「随分早い到着ですね、りん。更にスピードが増したのではないですか?」
「最近負け続きですので絶賛努力中なのです。……そんなことより、二宮先輩を連れて行ってどうするつもりですか? こんな施設を建設する倫理観もどうかと思いますが」
「人にはそれぞれ事情というものがあるのです。この施設を作る理由にはあなた方の存在も多分に含まれているのは容易に考えが及ぶことでしょう?」
「……それが勝手に管制塔からクラッキングを行い父の研究成果を盗み、こんな施設を作り出した言い訳とでも言うつもりですか?」
潴溜が視界から消える。すると即座に神野先輩が後ろへのけぞった。そして数舜の間に先ほどまで神野先輩が居た場所の目の前に立つ潴溜の姿が見えた。
「……『千里眼』。そんなもので私から逃げ切れると?」
神野先輩の能力が一瞬で言い当てられる。潴溜は次はないと言わんばかりに前へ向かって駆け出した。
それも、普通の人間より少し早いくらいの速度で。
キョトンとその場で立ち尽くす潴溜が即座に辺りを見渡す。しかしこの場に自分と神野先輩しかいないことを確認すると、俺に向かって視線を合わせた。
「――アレロケミカル、ですか」
「……へえ、よく知ってるじゃねえか。アレロパシーって言ってくれよ、そっちの方が超能力っぽいだろ」
俺がここまで生き残って来れた理由、それは俺に発現したこの能力の特殊性に他ならない。俺には他の能力者の『能力を弱体化させる』能力が発現したのである。
アレロパシー。
植物が有限である土からの栄養を得るために他の植物の成長を抑えるための物質を放出して引き起こす効果の名前である。俺はアレロケミカルと呼ばれるその物質を空気中に放出することで潴溜の超人的な身体能力を弱体化させているのである。
「俺だけ除け者にして話し込んでんじゃねえよ。こちとら訳も分からずデスゲームに巻き込まれている最中なんだ。理由によってはお前ら二人ともただじゃおかねえ」
そう言ってボキボキと腕を鳴らして一歩前へ出る。能力者といえども二人の身体能力はアレロパシーによって弱体化させてしまえばただの女子高生の域を出ない。
それに、俺はどうしても許せないのだ。
もしこの世界に裏側というものがあって、そこで起きた出来事によってこんな理不尽極まりない境遇へと陥らされ、その向こう側にある真実を知らないまま誰かの手のひらの上で踊り続けて生きていくなんて、こんなに滑稽なことはない。
「……やはり、記憶を失わさせられたままでしたか。事情を説明せず天野先輩と園宮先輩に対する人質として二宮先輩を利用するつもりのようですが、そうはさせません」
潴溜の出した二つの名前に俺の脳は言葉にならない痛みを訴え始める。
天野と、園宮。聞き馴染みのある、そして絶対に思い出したくもない名前だった。
「――そうですか。ならば、二人ともここで始末するとしましょう」
「は……?」
神野先輩の言葉の後、彼女を護るようにして立ち並ぶ「彼ら」の姿があった。『 』、『 』、『 』、『 』、『 』。それどころか、このデスゲームで生き残っている能力者たちが次々と俺と潴溜を囲うようにして現れ始める。
「どういうことだよ、お前ら……」
「無駄です二宮先輩、彼らは完全に洗脳されています。アレロパシーを解除してください。それしか私たちが助かる道はありません」
洗脳ってどういうことだよ。必死に頭を働かせるがアレロパシーを蒔く前に殺されてしまうビジョンしか思い浮かばない。俺は神野先輩の顔色を窺うと、彼女は懺悔のように言葉を紡いだ。
「……この世界に、革命が訪れようとしています。そして、その革命にはあなたの友人である天野誠也と園宮怜奈という二人の存在が大きく関わっている。革命が果たされた時、人々は暴動を引き起こすでしょう。そして、私の父親は国家反逆罪として処刑されてしまう。それはどう抗おうとも訪れてしまう未来なのです。だから私は、あなたを利用しようとした。しかしそれが不可能なのであれば、もはや革命の芽を摘むしか私たちが生き残る道は存在しません」
「二宮先輩、早く能力の解除を!」
ああ、そうか。そういうことだったのか。お前ら全員、俺を利用することしか考えていなかったんだな。
俺は俺の、自らの脳にアレロケミカルを蒔いて、記憶の復旧を阻害する妙な波動を無力化させる。そして俺は失っていた記憶の全てを思い出すことに成功した。
アレロパシー。この能力は他の能力者の『能力を弱体化させる』だけではなく、他の能力者の『能力を阻害し、引き寄せる』こともできるのだ。だから彼らの能力を暴走させ、彼らを同士討ちにさせることも可能である。
「……ざまあみやがれ。俺は、もう見ているだけの傍観者じゃねえんだよ」
俺は目の前で一様に血まみれになって倒れている彼らを一瞥し、やがてゆっくりと腰を上げる。生きている人間なんて誰も居ない。殺されたのだ。何の才能もなかったこの俺に。水を飲もうと蛇口を開けるかのようにあっさりと、簡単に。そんな事を考えながら歩き続け、俺の意識はやがて途絶えた。




