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第4話『エンペラーロード』

「……へえ、何度見ても驚かされるね」


 夜の帳が下りる頃、未来学園管制塔の屋上に集まって来たカラスの群れをマリアは愛おしそうに眺めていた。そんな彼女の物憂げな表情を見ていると居ても立っても居られなくなり、何度言ったか分からないような感想を思わず口に出してしまう。


「でも、虎徹こてつが死んで虎渓こけいが動けなくなってしまったから私はもう戦力には……」


 神影マリアは悲しそうな表情で足元に寄ってきたカラスの背中をそっと撫でる。


「命令を無視するわけにもいかないだろう。ISコーポレーションからの指示通り、今夜中には笹暮利世の地下アジトへと突入する。無論、残りの一頭は連れて来い。可能な限り戦闘には参加させないように配慮はしてやるが、紛れもなく状況は劣勢だ。覚悟はしておけ」


 そう言い残して屋上を後にしようとした瞬間、マリアがポツリと呟いた。



「……虎威こいの名前、知っている癖に」



 思わず振り返るとマリアはカラスたちにもうお行きと声をかけ、虎徹の遺骨に手を合わせて一人、星を眺めていた。





「……やれやれ、天下の未来工業本社よりも侵入が難しいなんて一体どういう了見だ?」


 張り巡らされたトラップを掻い潜りながらマリアと虎威を誘導して下水道の深部を潜り続ける。未来工業へ潜入することができたのは良くも悪くも笹暮利世のバックアップの力が大きかったということか。

僕たちの役割としては園宮怜奈と天野誠也が社長室へと向かう様子を未来工業の社員に『視覚置換』を使って誤認させるだけだったし、『視覚置換』の適用範囲外だった社長室前の私兵はマリアに虎徹を誘導させて能力の適用範囲内へと誘導させ同様に『視覚置換』を行ったのだが、その結果は散々たる結果となったのは記憶に新しい。


「……K82地点、この辺りで良いだろう。天野誠也の能力がこちらの予想通りなら既にこの辺りに潜伏しているはずだ。早速『視覚置換』を行う」

「……そう」


 文化祭の日。僕とマリアはコンピューターウイルスであるイヴリスを使って未来工業のシステムを破壊し、単独でリヴァイアサンを奪取する計画を実行した。そのために天野誠也を人質に取ろうとしたところを彼らに邪魔され、それどころか全ての軍事用アンドロイドが停止させられてしまい、更には未来区に連れてきた三頭の虎の内の一頭である虎徹が死亡。加えて虎渓は天野誠也による攻撃を受けて当分動けそうにもない。考え得る限り最悪の状況となってしまったのである。


「……おかしい。『視覚置換』の完了と同時に叫び声を上げるように設定していたはずだがその素振りがない。遠すぎるのか?」


 軍事用アンドロイドを完全に停止させた点やトースターを爆発させて虎渓に傷を負わせた点から見て天野誠也の能力の大体の見当は付く。ならばこの辺りに設置された監視カメラの映像から僕たちを確かめるのは容易だろう。だがそれは決して『視覚置換』を防ぐような効果はないはずだ。

「接近する。くれぐれも油断するな」

 そう言って少しずつ彼らに向かって近付き始める。しかし物音は全く聞こえず、再度『視覚置換』を試してみたが何の反応もない。

そして、下水道に倒れたまま動かない天野誠也と潴溜りんの姿を発見した。


「――妙だな。誠也君の能力の詳細を聞き出すために彼だけは意識を失わないように設定していたはずなんだが」

「……違う、二人とも起きている。虎威は獲物の寝息を聴き違えない」


 どうしてそれが分かったのか、そう言わんばかりに天野誠也と潴溜りんがマリアの言葉と同時に起き上がる。そしてこちらへ銃口を向ける天野誠也へお返しと言わんばかりにこちらも銃口を向けると、後方では同様にマリアと潴溜りんがお互いをけん制し合っていた。


「……お互い聞きたいことは沢山ありそうだが、まずは一度武器を納めないか? これじゃあ無駄に時間を浪費するだけだ」

「そんな言葉、素直に呑み込むと思いますか」


 潴溜りんの言葉と同時に照明が消える。これが天野誠也の能力によるものと仮定するならば次の一手は大体見当がつく。暗闇の中を高速で移動する潴溜りんの姿が雷鳴の如く一瞬で目の前へと現れると、マリアは僕の腹部へ掌底を送ろうとするギリギリのところで彼女の腕を掴んでその動きを止めた。


「どういうことです!? 本体であるあなたがこんな身体能力を持っているはずが……」

「りん、離れろ。複雑なプログラムで構成されていたから気付かなかったが、神影マリアの半分は、機械で出来ている」


 パラパラと衝撃で下水道内が揺れる。潴溜りんが大きく後ろへ下がり、天野誠也の横へ立ち並ぶ。彼らは二人でのコンビネーションを相当仕上げてきたらしく、満身創痍のこちらとしては憎たらしいほどの脅威である。


「――同じ能力者と言えども生み出された過程は違うということさ。君たち養殖モノとは違って僕たちは天然モノの『超能力者』だからね。……だから彼女は実験のためにモルモットにされてしまった、それだけの話だよ」

「……ISコーポレーションが能力者を投入するスピードが尋常ではなかったのにも関わらずその数があまりにも少なかったのはそういう理由だったのですね」


 数年前、突如未来区を廻る抗争の前線に現れた『身体能力を強化する』能力を持った少女、潴溜りん。彼女に我がISコーポレーションは手も足も出せないでいた。このため彼女と対等に戦うために全世界から『超能力者』を探して未来区へ送り込むプロジェクトが発足されることとなった。その選ばれし人間こそが自分とマリアである。


「誠也君が完全停止させたマリアの姿に酷似したアンドロイドはISコーポレーションが彼女の能力を複製しようとした夢の残骸さ。捨てるのも勿体なかったから僕が進言して兵器へ転用させたのさ」


 手品のタネを明かすようなフリをしながら冷静にこの場を観察する。何かがおかしい。彼らのコンビネーションの練度が上がったからといって『視覚置換』を防ぐ理由には成り得ない。

 そして、天野誠也と潴溜りんの腕に嵌まっている二つのブレスレットを確認すると、園宮怜奈の腕に嵌められていたのはシルバーのブレスレットのみだったことを思い出す。ならば、その隣で煌めくゴールデンのブレスレットは一体何だ?



「――そして、君たちはマリアの能力を『生物操作』と言うが、それは厳密に言えば正しくはない」



 纏めた思考をマリアへと伝播し、拳銃へと手を伸ばす。それを天野誠也に掴み取られて下水の中へと投げ飛ばされると、潴溜りんが何かを感じて天野誠也を庇うためにこちらへ向かって移動してくる。そして直ぐにマリアによって阻まれている光景が見えた。


「彼女の本来の能力名は『Bioバイオ』。君たちで言うところの『テレパシー』だね。彼女は人間よりも動物と会話する方が好きだから揃いも揃って誤解するのさ」


 天野誠也を羽交い絞めにしてゴールドのブレスレットを剥き出しにさせると虎威が大きな牙によって腕輪を噛み砕く。

 チェックメイト。心の中でそう呟いた瞬間、僕は黒い世界に居た。





 黒い世界に僕はいた。

 黒く暗く、静かな世界。

 その世界では僕が世界の中心であるかのように周囲を幾つもの電波が繋ぎ、その波動は二つの巨大な装置に集約されている光景が浮かんでいた。


「これは……、シャリアとリヴァイアサンか?」


 そしてすぐに気付く。ここは、人間の脳波と洗脳装置の出す波動を繋ぐ世界なのだと。


「……僕の能力もまだまだ発展途上ということか」


 視覚と脳は直結している。視界から得た光の信号を脳へと送ることで目の前の光景を作り出しているように、『視覚置換』の本来の能力が『脳内世界へ介入する』能力であったとしても何ら可笑しくはない。

 そして自分の脳とシャリアが接続されていることを知った瞬間、僕は愕然とその場へ倒れ込んでしまった。


「――一体、どうなっているんだ」


 即座に自分とシャリアを繋ぐ波動を切断し、現実世界で僕を見下ろしている天野誠也の眉間へと手を当てる。彼はこの短期間で笹暮利世の思想に同調して協力を始めた。そこには何かしらの理由があるはずだ。何故ならヴェスパ=デュカリス様の下で生きてきた僕たちは――。


 天野誠也の脳内からこの世界の真実に繋がる記憶を探っていく。そして、十年前に起きた未来工業での一幕に辿り着く。



「――俺はずっと、騙されていたんだな。だったら、俺の人生は何なんだ?」



 そして、天野誠也の記憶を探り続ける中で、白い世界に棲む悪魔を垣間見た。



「――お前、一体何に憑り付かれているんだ?」



 悪魔の正体を突き止めるためにシャリアとリヴァイアサンに蓄積された記憶の中から違和感を探し求める。そして、答えは出た。


「――そうか、そういう事だったのか」


「……何だって?」


 天野誠也の声が現実世界から聞こえてくる。俺は黒い世界から目を覚ますと天野誠也の頭から手を放し、マリアに指示を出して地下アジトから引き上げるため元来た道に向かって歩き始める。


「やるべき事ができた。今日のところは見逃しておいてやる。……だが、次に俺の邪魔をするならば容赦はしない」


 そして俺は背中越しにうずくまる天野誠也にこう呟いた。



 お前は、悪魔に魅入られていると。





 日本から帰国するのは半年振りのことである。そもそも未来区へ侵入すること自体が難しいため帰国とは任務完了、すなわち未来区の終焉を意味していた。


「……ジルド、本当に良いの? まだ未来区を制圧していないのに嘘ついて帰国するなんて」

「……良いんだ。俺たちの行ってきた全てに意味はなかった。後始末は俺がやっておく。マリアは虎徹を故郷に弔ってやると良い」


 ISコーポレーションへ連絡して寄越させたヘリの中で虎徹の骨壺を抱えるマリアの足元を虎威がペロペロと舐める。動けない虎渓はそれを見て悔しそうにクゥンと鳴いた。


 下水道で天野誠也の記憶から見たこの世界の真実。これが事実とするならば日本を除く世界の全てがヴェスパ=デュカリスの思い通りに動いていたということを示していた。


「……おい、方角は合っているのか? デュカリスはメトロポリスに居るんだろう?」

「いえ、現在デュカリス様はISコーポレーション第三支部へ視察に向かわれておいでです」


 敬称無しでデュカリスの名前を呼ぶなんて死刑ものの重罪だが『脳内世界へ介入する』能力を用いて彼らを洗脳しているため彼らが裏切ることは考え難い。しかし相手はヴェスパ=デュカリスだ。用心するに越したことはない。


「第三支部ということはアメリカか。言い訳はいい、どうせ女を物色でもしに行ったんだろう。白人好きは変わらずか、いや……」


 ヴェスパ=デュカリスは元々欧米出身の人間である。

 十年前、メトロポリスの支配下に置かれた欧米諸国は少なくなく、ヴェスパ=デュカリスはそのような環境で出兵させられ、更には企業スパイとして未来工業へと潜入させられていた過去がある。そんな彼の中でふつふつと沸き上がる叛逆心がそうさせたのだろう。『洗脳兵器』のレシピを手に入れた彼はクーデターを起こした。その結果が今の世界である。



 ――ならば、とジルドは思う。



 同じような叛逆心を持つ者が現れたとしても、彼は何も文句など言えはしないのだと。





 十年前から不自然なほど何も変わらないアメリカの首都ワシントンに、黄金に煌めく下品な宮殿が存在する。ISコーポレーション第三支部、もといヴェスパ=デュカリスの別荘である。

 俺はその宮殿の入り口へ赴き、入館証を見せて正々堂々と宮殿内部へと潜り込む。そこで見たヴェスパ=デュカリスの姿はもはや人間のそれではなかった。


「久し振りだな、ジルド。お前が帰って来たということは未来工業、ひいては日本を征服できたということだな?」


 最高級の宮殿、最高級の美女、最高級の食事。

 そこにはこの世の贅の限りを尽くした光景が広がっており、玉座には眼から生気が消え、ぶくぶくと太ったヴェスパ=デュカリスが座っていた。



「――随分と醜い」



「……何だと?」

「成長することを止めた人間ほど醜いものはない、と言ったんだ。シャリアを使って自分を神のように演出していたようだがお前の神話はここで終わる」

「……ふん、日本人に妙な事でも吹き込まれたか。残念だ、お前ほど優秀な駒はいなかった。あと少しでこの世界は完全に俺のものになったというのにバカな奴だ」


 デュカリスが手を上げるとガシャガシャとメトロポリスの私兵が乗り込んでくる。そして俺の首元へそれぞれの持つ武器を突き付けた。


「――そうか、新たな神となる俺に貢ぎ物とは見上げたものだな」


 俺が言葉を言い終わると同時に兵士たちは武器を下ろす。そして今度は逆に主であったはずのデュカリスを囲う様にして武器を突き付け始めた。


「形勢逆転だな。……怖いか? 十年もの間、自分に牙を剥く相手なんて居なかったんだ。この世において戦いのルールが変わることほど怖いことはない。だが、そのおかげで人類は成長して来た。そしてお前の導く世界に未来はない」


 俺の言葉にデュカリスが口の端を吊り上げる。


「……何が可笑しい」

「牙を剥く相手など居ない? 冗談じゃない。神に一番近い存在となったにも関わらず未だ小さな島国一つ墜とせなかった。岡崎幹也の亡霊が膿のように俺の身体へと這い出し、痒くて眠れない日々が十年続いただけだった。……お前の超能力の進化は想定内だったよ、ジルド。そして彼らは生身の人間ではない」


 兵士たちが再び俺に向き直り武器を構える。こいつらISコーポレーションお得意の軍事用アンドロイドか。俺がそう気付いた瞬間にはもう遅く、続け様に膨大な数の兵士たちが部屋に雪崩れ込んでくると瞬く間に兵士で埋め尽くされてしまった。


「もう一度言おう、残念だよジルド。だが、これでようやく少しだけ安心して眠ることができる」


 兵士が俺に向かって剣を振り下ろそうとした瞬間、天井が爆発して怪鳥の足に捕まったマリアが俺の手を掴んで飛び立った。


「マリア、お前……」


 鳥が、獣が、小動物が、爬虫類が、そして昆虫までもがマリアの『Bio』によって宮殿へと集まり兵士たちを蹂躙していく。遠目でデュカリスの肢体が虎威によって無残に喰い千切られている光景が見えた。


「……世界中から、来てくれたの。皆この世界に飽き飽きしてたみたい」


 人間を除く世界中の生物たちは怒っていた。人間を頂点とした食物連鎖は曲がりなりにも循環していた。しかし十年前から突如生気を失ったばかりではなく、生物としての尊厳を失くした人間たちの姿に辟易していたのだろう。


「……これから、どうするの?」


 マリアが普段と変わらないトーンのままそう呟く。マリアの初めての疑問の言葉に内心驚きながらも俺は冷静に頭を働かせる。


「まずはISコーポレーション本社に向かって全てのアンドロイドを手中に収める。そして彼らをコントロールできるようになれば次は未来工業だ。今度こそリヴァイアサンを破壊する」

「……そう、頑張って。私は、あなたについていくことしかできないから」


 この世界がどのような結末を迎えるのか、俺にはもう想像が及んではいなかった。

 だけど、地上から俺たちを見上げる彼らは人類の新たな進化を祝福してくれているような、そんな気がした。

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