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第3話『ロイヤルロード』

 白い世界。

 白く明るく、煩い世界。

 俺は限りなくそれに近い世界を脳内でイメージしながら暗闇に包まれた部屋を一気に駆け抜ける。そして白い世界に広がる膨大な映像から現在の自分の位置情報を割り出し、その部屋に存在する電子機器を全て把握する。


 電灯、加湿器、エアーコンディショナー。


 流石にこの辺りの電化製品を爆発させるのは憚られるため、俺は息を潜めながら手元の拳銃に弾を装填した。


「――ッ」


 俺は隣の部屋の監視カメラに映り込んだ『彼女』の存在を確認すると、ロックされていた扉のキーを解除して一気に隣の部屋へと押し入った。


「……ようやく来たか。昔のクラスメイトたちが次々と行方をくらましているという情報を聞き、まさかと思って我が屋敷に迎え入れてみればやはりお前だったか」


 ヤクザ顔負けの座り方で白いソファに座っていた『彼女』が何も入っていないグラス容器を片手にゆっくりと立ち上がってバスローブを脱ぎ捨てる。

 中から顔を覗かせる龍の刺繍Tシャツにどんな着こなしだと内心ツッコミを入れながら俺は彼女に向かって手元の銃を突き付けた。


 潴溜りん。

 未来学園一年一組、出席番号十六番、風紀委員、薙刀部。オレンジ色の髪をビー玉のようなアクセサリーでおさげにしている彼女は『身体能力を強化する』というシンプルでありながら非常に強力な能力を有しているため彼女の懐へ飛び込むためには多くの手順を必要とする。


「来ないのなら、こちらから参りますよ」


 りんがこちらに向かっておよそありえない速さで接近してくる。

 俺はそれを迎撃するため容赦なく拳銃の引き金を引く。それをりんは表情一つ変えずに全て受け止めながら速度を落とさず接近してくる。だがもちろん、彼女が拳銃の弾なんて余裕で対応できることは織り込み済みである。


「――なッ!?」


 瞬間、俺たちの居る部屋が暗闇に包まれた。

 りんの身体能力が幾ら強化されているとはいえ暗闇で目が利くわけではない。慌てふためくりんの姿を想像しながら俺は入ってきた部屋とは反対側の部屋のロックを解除すると、その部屋に向かって全力で走り抜ける。

 隣の部屋に鎮座する人形を手に取れば俺の勝ちだ。人形に手を伸ばそうとした瞬間、腹部に物凄い衝撃を感じて俺はぐらりとその場に倒れ込んだ。





「ヤクザ蹴ってマフィアに就職するクラスメートって一体どんなキャラクター設定だよ。吉田松陰だってもう少しマシな教育をするだろうぜ」

「仕方がないでしょう。侍になるため武者修行に出ていたクラスメイトを超える設定を思い付くことができなかったのですからそんなマニアックな文句を言わないで頂きたいですね」


 戦闘タイプの能力者が二人しかいないこのアジトではりんとの模擬訓練が俺の唯一の実践訓練となる。そのため途中から正面切って戦うことに飽きてきた俺たちは『虐められっ子が死ぬほど努力して総理大臣になり虐めていた奴らを社会的に抹殺していく』という設定で戦い始めたのだがりんのアドリブでそのクラスメートたちが次々と意味不明な役職に就き始めた結果がご覧の有様である。

 しかしその甲斐があったのかどうかは分からないが、俺はこの『電脳世界に介入する』能力を現実世界でもかなり使いこなせるようになってきていた。


 この世界の真実を知ったあの日。俺はりんに連れられてこの地下アジトへと足を踏み入れることとなった。

 一世帯の笹暮ファミリーが暮らすにはあまりに広すぎるこの空間は、マッドサイエンティストの秘密基地と例えるにはあまり無機質で、それでいて幼げがあるように思えた。



『未来区地下に存在する秘密のアジト』



 どうやら都市伝説研究サークルでジルドが話していた都市伝説は全て事実に基づいて作られたノンフィクションのものであったらしい。


 俺はここへ連れられてからりんにこの世界が再創造されるまでの経緯を全て教えてもらった。

 そして、すぐに能力を完璧に使いこなすための訓練の日々が始まったのである。



「鍛錬の甲斐あって拳銃の扱い方もだいぶ様になってきましたね。未来区における未来工業、更にはメトロポリスなどの大国相手でもかなり活躍が期待できるようになってきたのではないですか?」

「ああ。緻密なプログラムを解除するためには未だ白い世界に行く必要があるが、明らかに現実世界でも操作できる電子機器の範囲が増えてきている。……まあ、今日も当然のようにこうやってりんにボコボコにされたわけだが」

「当然です。私の視界を眩ますのは良い判断でしたが、私が視覚や聴覚などを強化することができないだろうと勝手に判断してしまったことが天野先輩の敗因ですね」


 俺とりんは模擬訓練の反省会を行いながら渡り廊下を歩き続ける。そして医療室の前で立ち止まると、意識の戻らない怜奈とその怜奈の手を包み込む宮子先輩の姿が視界に映った。

 恐らく、視界を失ったショックが関係しているのだろうと利世は言った。そして怜奈に掛けられたジルドの『視覚置換』を解除できるのは『身体を活性化する』能力を持つ宮子先輩だけだということも。

 それを静かに聞いていた宮子先輩は事情を詳しく知らないにも関わらず自らの能力を発現させるための訓練を行ってくれている。

 俺たちは宮子先輩の邪魔をしてはいけないと目配せを行うと、そっと医療室を後にした。



「……それにしても驚いたな。超能力を発現させるための研究が完成していたなんて」



 利世が岡崎幹也の下で働いていたことはりんに聞いた。そして、彼が岡崎幹也に渡されたシルバーのブレスレットは今もりんが嵌めている錆び付いたブレスレットのみだった。それならば俺や怜奈たちの嵌めているブレスレットは利世が研究してそれを再現したものと考えるのが妥当だろう。そして、特殊能力を発現させるための研究も。


「……あの人は十年間ずっとこの地下アジトに籠って岡崎幹也の遺した宿題を終えるための研究をしてきました。超能力を発現させることができたのはその過程に過ぎません。現にⅠSコーポレーションも同様に超能力を持った企業スパイを送り込んできています。私は有益な超能力を持つ遺伝子を探すために未来学園に入学し、これまで秘密裏に活動してきました。……それなのに、偶然能力を手に入れた天野先輩が私たちの探し求めていた能力を持っていたなんて運命とは実に不思議なものですね」


 どのような超能力が発現するかは人間の遺伝子によってある程度決まっているらしく、りんは未来区に住む人間のカルテを入手しながら求めていた超能力を発現する可能性のある人間を探していたらしい。そのカルテの中には当然俺の遺伝子も含まれており、残念ながらその内容は求めているものではなかったようだ。


 そんな俺がどうして彼女たちの望む『電脳世界に介入する』能力を手に入れることができたのかと言えば、


「……やっぱり、科学的に検証しても俺は落雷の影響でこの能力を得たという結論に至るんだな」

「私たちのいるアジトは天野先輩がよく釣りを行っていた未来湖の地下にあります。天野先輩はアジトで行われる実験によって排出されたガスによって空気中に生成された落雷の影響を受けて能力を得たと考えるのが自然でしょう」


 りんの力強い返答に、俺は喜べばいいのか悲しめばいいのか分からずただ虚空を見上げるばかりだった。





 俺の暮らしていた日常では聞き馴染みようのない連続した銃声が俺たちの鼓膜を刺激する。


「――よォ、クラッキングに笹暮凛ちゃんじゃねェか」

「……別にあの人の娘であることは否定しませんが一々フルネームで呼ばないでください。ハッキリ言って不快です」

「クラッキングってなんですかクラッキングって。キングの方にイントネーションを置かれているから小バカにされているようにしか聞こえませんが」

「わりィわりィ。何つーか利世の娘ってェ事実だけでいつまで経っても笑いが込み上げてくるンだわ。十年経っても面白ェんだから悪いがもう諦めてくれ。それで、電脳世界の王様。どォだいソイツの使い心地は」

「……何だか更に小馬鹿にされているようですがとりあえず動作に問題は無いですよ。というか拳銃に触れたこと自体初めてなのでそもそも相場が分からないですが」



 電導銃でんどうじゅう。いきなり現れたりんの話よりもべらんめえ口調を二割増しさせた斑金屋という人物に渡された拳銃の名前である。



 これの何が凄いのかと言えば、この銃は空気中の電子を結合させることで自動的に弾が充填される仕組みになっているらしく、俺が脳内でイメージするだけで連射も速射も可能であるという仕組みらしい、

もう少し分かりやすく説明して欲しいと頼み込んだのだが、斑さん曰く俺専用のチート装備というよく分からない説明しかしてもらうことができなかった。


「かァー、今の子供は勿体ないねェ。俺らの時代は銃を常備することなんて当たり前の時代だったんだ。俺なンて科学者になっちまったもんだから触りたくても触れなかったってェのに周りの奴らがこれ見よがしに自慢してくるモンだからとんだ生き地獄だったンだぜェ」


 斑さんがオーバーなリアクションを取りながら電導銃のグリップを調節していく。


「私は素晴らしいと思います。斑さん、ぜひ私にも何か作ってください」

「凛嬢は拳銃なんか使うより手前の拳の方が明らかに速ェだろうが、それなら少しでも自分の身体能力を上げた方が幾分か建設的だぜェ」


 それもそうですね、と呟きながらその場で腕立て伏せを始めるりんはどことなく楽しそうだった。



「――それよりも、これだ」



 そう言って斑さんが高級そうな小箱から金色のブレスレットを二つ取り出し、乱雑に俺とりんの腕に嵌める。


「……これは何ですか?」

「あの神村ジルドってェ野郎の『視覚置換』による波動を遮断するブレスレットだ。どうやらアレはリヴァイアサンの放出する波動と似た性質のようでな、解析に大分骨を折ったンだが、さっきようやく完成したンだ」

「凄いです斑さん! これで神村先輩を完全に無力化できます!」


 りんが目をキラキラと輝かせながら風紀委員の腕章の下にシルバーのブレスレットに少し重ねてゴールデンのブレスレットを嵌め込んだ。俺もそれに倣って二つのブレスレットを重ねて嵌め込む。


「……確かに凄いですけどこれ以上必要な腕輪が増えたらガシャガシャして戦い辛くなりそうですね」

「ハッハァ! 時間が空いた時に利世に軽量化を提案してイヤリングにでも改造してやるから我慢しな!


 ……おいお前ら、どうやらこいつァかなりのナイスタイミングだったようだぜ」



 斑さんがそう言った瞬間、緊急ブザーがアジト中に鳴り響いた。



『――地下アジト付近で神村ジルドと神影マリアの両名が確認された。現在このアジトへ向かっている。命令だ、凛と天野は早急に迎撃に向かえ』



 初めて文章ではなく音声で飛んできた利世の命令に俺と凛は素早く荷物を片付けていく。自分の意志で行う初めての戦闘に抱く俺の緊張を知ってか知らずか、斑さんは俺と凛に向かって豪快に檄を飛ばす。



「……ずっと似たような訓練ばかりで退屈していたんだろォ、お二人さん。能力を完全に無力化された神村ジルドと動物を操ることしかできない本体の神影マリアなんて雑魚同然だ。容赦なく蹴散らしてしまいなァ!」


 俺たちは斑さんの言葉に無言で頷き、急いで更衣室へ向かって走り始めた。





 斑さんお手製の特殊スーツに着替えた俺とりんは下水道に潜り、ジルドとマリアの位置を確認しながら下水道内の移動を行っていた。


「一番恐いのはりんがジルドに視覚を完全に操られてしまうことだったがその心配はもう無くなったな。……どうした、りん。顔色が悪いぞ」


 浮かない表情をしていたりんに気付いた俺は何かまずい事態が生じたのかと心配になり声をかける。


「……少し気になることがあるのです。どうにも上手く行きすぎている気がして。それなのにあの人は忙しなく動き続けていることにどうしても違和感が。――来ました。K82地点で移動を停止しています。『視覚置換』を行っているのでしょう。油断してこちらへ向かってきた時が好機です」


 りんの言葉に俺も引っかかる部分はあったが、即座にK82地点付近の監視カメラを確認する。すると壁に片手を当てて目を瞑っているジルドとマリア、そして一頭の虎の姿が見えた。


「予想通り虎は一頭だけだ。それにジルドがこのゴールデンのブレスレットの存在に気付いている様子もない」


 ゆっくりとこちらへ近付いてくるジルドたちを見てりんに無言のまま合図を出す。俺は電導銃の引き金へと指を伸ばし、りんと少し離れた位置で床に突っ伏した。





 決着は一瞬でつくものと思っていた。

 俺とりんの計画ではジルドの『視覚置換』によって俺たちが意識を失ったと思わせたところに奇襲をかける予定で、それは実際に途中までほぼ完璧に運んでいたのである。

 しかし、俺たちは彼らの能力の本質を理解してはいなかったのだ。

 それも、ジルドとマリアの二人供を。


「これは……、シャリアとリヴァイアサンか?」


 目の前で茫然と立ち尽くすジルドが、焦点の合わない表情のままそう呟いた。


「――一体、どうなっているんだ」


 そんなこと、俺が聞きたい。

 ジルドが突然その場へ倒れ込むと、突然俺の頭へ向かって手を伸ばした。


 眉間には、ジルドの腕。

 いや、違う。これは銃。

 だけど腕。

 銃。

 腕。

 銃。

 ウで。

 じゅウ。

 ウ。ウウうウううウ。

 銃デ? じゅウで。



 ジルドの腕と銃が、完全に、同化していた。



 何かがおかしい。

 これはジルドの『視覚置換』によって魅せられている幻覚だ。

 そうに違いない。

 そもそもジルドの拳銃を俺は下水へと投げ飛ばしたはずだ。

 だったら今ジルドが持っているこの拳銃は何なんだ?

 ジルドが拳銃を発砲し、その音と供に俺は衝撃と痛みを受ける。

 ジルドの拳銃の先からは硝煙の匂い。

 その銃口は明らかに俺の頭部を向いていて。

 俺の頭部は明らかな痛みを訴えていた。

 それでも、死んでいない。



「――俺はずっと、騙されていたんだな。だったら、俺の人生は何なんだ?」



 俺の眉間に風穴を開けたジルドはそう呟くと、俺を異形なものを見る目で覗き込む。



「――お前、一体何に憑り付かれているんだ?」



 そして、ジルドはそんな訳の分からない言葉を呟いた。

 そして気付く。これはジルドの本来の能力なのだと。


「――そうか、そういう事だったのか」


「……何だって?」


 ジルドはゆっくりと俺の瞳を見据えて、真っすぐ俺に言葉を投げかける。


「やるべき事ができた。今日のところは見逃しておいてやる。……だが、次に俺の邪魔をするならば容赦はしない」


 そしてジルドは、消え去る瞬間に俺に向かって背中越しにこう呟いた。

 お前は、悪魔に魅入られていると。

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