2.
恐怖は時間により磨耗し、希釈される。
これまた喉元を過ぎればなんとやらで、あれからひと月が過ぎ、オレはあの夜の事は、は酔った頭が見せた幻だと自分を騙せるようにもなった。無論「もう一度独りで夜、あの便所に行け」と言われたなら、なんと嘲られようとも断ったけれども。
とまれそんな欺瞞で、ようやく公園を忌避せず、最短ルートでの行き帰りができるようになった頃。
あの公衆トイレに工事の手が入った。
老朽化がひどいので、新しく建て直すのだそうだ。工事に伴い何か噂話が耳に届くかとも思ったが、幸いにと言うべきか、残念ながらと言うべきか、その類の話はまるで聞こえてこなかった。
そして、これはつい先日の事だ。
昼の光の下、オレは落成したばかりのトイレを眺めに行った。
我ながら馬鹿げた真似をしていると感じなくもなかったが、あの記憶を、あの恐怖を完全に払拭するのに、真新しいそこを見物するのは有効だろうと思ったのだ。
外見は当然ながら一新されて、実に綺麗なものだった。薄汚れくたびれ果てた、以前の面影は欠片もない。
不気味さもまた薄らいでいて、その感覚に力づけられ俺は中を覗く。
真新しい照明。真新しい床。真新しい壁。真新しい鏡。何もかもが清潔で綺麗になっていた。暗闇は全て拭われたようだった。作り自体は以前と同じであるのだが、それだけに清潔な印象が一層強い。
勇を鼓して奥へ踏み込んだ。
個室は和式から洋式に切り替えられていた。
そして。
やはり真新しく清潔感のある壁面に、それは貼り付けられていた。
大きめの、純白の和紙に。
墨痕淋漓と。
『上を見るな』
あれはまだ、ここにいるのだ。