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番外編 SS 「夜の話」

 夜の帳がおり、城内はしん……と静まり返る。夜回りの任にある者を除いて、城の者たちはみな各々の部屋で休んでいる時刻だ。


 城の周辺に生息する魔獣の遠吠えだけが、不気味に聞こえてくる。そんな中、かつかつと足音を響かせる者がいた。


 漆黒の長衣に身を包み、口元には自信に満ちた尊大な笑み――この城の主にして、魔物達の王である魔王だ。


 紅玉(ルビー)色の双眸が妖しく煌めき、魔王の美しさは、闇の中でいっそう増していた。


 だが、長い廊下を力強く歩いていた魔王は、ふと魔王らしからぬ緩んだ笑みを浮かべる。


「我が妃は、またどうせ夜更かししているのであろうな……」


先日、この時間にそっと部屋を訪ねたところ、ユズリハは本を読んでいた。


 昼間の勝気な雰囲気は何処へやら……物思いにふけったような顔で頁を捲っていく様が、まるで月の女神のような、静謐な空気を纏っていた。


 思わず、美しい……と呟いてしまい、ユズリハにこっそり見ていることがバレてしまった。


 その時の変わり身の速さは凄まじかった。


「ちょっと……!? なにこそこそ見てるのよ!?」


 月の女神の皮をかなぐり捨て、まるで戦の女神のような猛々しさで、魔王に迫ってきた。


 繰り出してきた平手をさっとかわすと、ユズリハは余計に怒ってきた。怒る姿が、また愛らしいのだが。


 魔王は喉を鳴らすように、くっくと笑った。


 さて、今宵は何をしているであろうか。


 読書か、はたまた、剣の素振りか……


 ユズリハの部屋の前で立ち止まり、あれこれ想像する。そして、音をさせないよう静かに扉を開けた。


 おや、と、思う。


  主要な明かりは消えていた。


 テーブルの上に置かれた燭台がひとつ、灯されているだけである。


 もしや、と、思い……紗のおりた天蓋付きベッドを見やると、静かな寝息が聞こえていた。



 おおお……!


 

 魔王は感情を高ぶらせる。


 大股でベッドに近づき、手で紗をはらった。



 そこには……



 魔王の贈った薔薇柄の枕を抱くようにして眠る、ユズリハの姿があった。


 いい夢を見ているのだろうか。あどけない笑みが浮かんでいる。時折、むにゃむにゃと動く唇は、愛らしいの域を超え、妖精のような可憐さだ。


 その唇に触れたい衝動に駆られ、魔王は手を伸ばした。


 だが欲望はそれ以上を求めていたようだ。気づけば、ユズリハの唇に軽く口付けていた。柔らかい――マシュマロのようだな、と思ったのも束の間。


 魔王の顔が、ばちーん、と音をたてて何かに挟まれる。少し遅れて、両頬にひりひりとした痛みが走った。


 ぱっと目を開くと、月色の瞳と目が合った。その瞳は、怒りに燃えていた。


「ああ、すまぬ。起こしてしまったな」


 にこやかに告げると、


「ああ、すまぬ。じゃないわよ!! なにしてくれてるのよ!?」


「口付けだが」


「く、く、く……」


「なんだ、笑っているのか?」


「怒ってるのよ!!」


 ユズリハは顔を真っ赤にさせている。


 だが、その顔は怒りよりも羞恥の方が勝っているように見える。


 もう夫婦になったというのに、この初々しさは全く変わらない。それがあまりにも可愛いすぎて、つい虐めてみたくなる。


 魔王はユズリハの隣に腰を下ろした。


「ちょっと、何してるのよ!?」


「もう夜も遅い。寝るだけだが」


 ユズリハは、唇をわななかせた。


「自分の部屋に戻りなさいよ!?」


「ここは私の城だ、ということは、ここは私の部屋でもある」


「私のプライバシーは!?」


「ない」


「つくれ!!」


 頬を膨らませて怒るユズリハを見て、魔王はくっくと笑った。


「恥ずかしいなら、反対側を向いててやる。安心しろ」


「~っ」


 どうあっても帰らない気だと悟り、ユズリハは諦める。ベッドにごろんと転がり、毛布を限界まで引き上げた――



 * * *



 翌日。


 小鳥のさえずりが朝の訪れを告げる。


 窓から心地よい光が差し込み、ベッドの下に落とされた魔王の姿を浮かび上がらせた……。

 


 ~おしまい~

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