↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/6

「灰の夢」

第5話 灰の夢


炎が、天井を這っていた。


木が爆ぜる音。


煙に包まれた廊下。


遠くから聞こえる、兵たちの叫び声。


「上様!」


誰かが叫んだ。


信長は振り返った。


だが、そこには誰もいない。


ただ、赤い炎だけが広がっている。


「上様! お逃げください!」


再び、声がした。


聞き覚えのある声だった。


だが、誰の声だったのか思い出せない。


信長は、炎の中を歩いた。


足元には、折れた槍。


血に染まった畳。


そして、崩れ落ちた梁。


「……光秀」


思わず、名を呼んだ。


明智光秀。


自分を裏切った男。


その顔を思い浮かべようとした瞬間。


炎の向こうに、人影が現れた。


黒い影だった。


顔は見えない。


ただ、こちらを見つめている。


「……誰じゃ」


信長が問いかける。


影は答えなかった。


代わりに、ゆっくりと手を伸ばした。


その指先に、黒い光が灯る。


光。


いや。


それは、光ではなかった。


周囲の炎が、吸い込まれるように消えていく。


そして。


耳元で、声がした。


『……見つけた』


「……っ!」


アルヴィスは、飛び起きた。


額には汗が浮かんでいた。


窓の外は、まだ暗い。


夜明け前だった。


「……夢か」


小さく呟く。


六歳になったアルヴィスは、最近、再び炎の夢を見るようになっていた。


本能寺。


前世の最期。


あの炎の記憶は、今も鮮明だった。


だが、最近の夢には、奇妙な違和感がある。


炎の向こうに立つ、黒い影。


そして、聞き慣れない声。


あれは、誰なのか。


「……見つけた、か」


アルヴィスは、窓の外を見つめた。


夢の中の言葉が、妙に耳に残っていた。


*


その日の午後。


アルヴィスは、セドリックとともに正式な魔力適性検査を受けていた。


六歳になったため、ようやく王国で一般的に行われる検査を受けられるようになったのだ。


机の上には、以前より大きな水晶が置かれている。


「準備はよろしいですかな?」


「うん」


アルヴィスは水晶に手を置いた。


目を閉じる。


胸の奥にある魔力を感じる。


この二年間で、魔力の流れはかなり理解できるようになっていた。


小さな炎なら、安定して一分以上維持できる。


だが、まだ大きな魔法は使えない。


魔力量も、特別多いわけではない。


セドリックによれば、同年代の子供と比べて、やや優れている程度だという。


「では、始めます」


セドリックが術式を起動した。


水晶が、淡く輝く。


最初は赤。


火属性の反応だった。


続いて、わずかに白い光が混じった。


「……光属性?」


セドリックが呟く。


だが、すぐに白い光は消えた。


代わりに。


水晶の中心に、黒い点が現れた。


四歳のときと同じだった。


いや。


今回は、違う。


黒い点が、ゆっくりと広がっていく。


「……何だ、これは」


セドリックの表情が変わった。


水晶の内部で、赤い光が渦を巻く。


その中心にある黒い点は、まるで底の見えない穴のようだった。


「アルヴィス様、手を離してください!」


セドリックが叫んだ。


だが。


アルヴィスには、その声が遠く聞こえた。


視界が、赤く染まっていく。


そして。


耳元で、声がした。


『……見つけた』


アルヴィスは息を呑んだ。


夢の中で聞いた声。


間違いない。


あの声だった。


誰だ。


そう問いかけようとした瞬間。


水晶が、激しく輝いた。


「アルヴィス様!」


セドリックが彼の肩を掴み、強引に水晶から引き離した。


次の瞬間。


ぱきん。


乾いた音が響いた。


水晶の表面に、一本の亀裂が走った。


部屋が静まり返る。


セドリックは、水晶を見つめたまま動かなかった。


「……先生?」


アルヴィスが声をかける。


セドリックは、ゆっくりと振り返った。


その顔には、明らかな動揺が浮かんでいた。


「アルヴィス様」


「何?」


「今、何か聞こえませんでしたか?」


アルヴィスは、少し迷った。


『見つけた』


確かに、そう聞こえた。


だが、それを話してよいものか。


「……声がした」


セドリックの顔色が変わった。


「何と?」


「見つけた、って」


その瞬間。


セドリックは、何かを思い出したように目を見開いた。


「……まさか」


「先生?」


「いえ……」


セドリックは首を振った。


「今日は、ここまでにしましょう」


その声は、わずかに震えていた。


*


夜。


セドリックは、グレゴールの書斎を訪れていた。


「アルヴィスのことで、話があると?」


グレゴールが尋ねる。


「はい」


セドリックは、机の上に割れた水晶を置いた。


「今日の検査で、このようなことが起きました」


グレゴールは眉をひそめた。


「魔力の暴走か?」


「そうであれば、まだ説明がつきます」


「では、何だ?」


セドリックは、しばらく沈黙した。


そして、静かに口を開いた。


「私にも、分かりません」


「……分からない?」


「はい。ですが、一つだけ気になることがあります」


セドリックは、懐から古い紙片を取り出した。


黄ばんだ紙には、複雑な紋様が描かれていた。


「これは、王都の魔術学院に伝わる古い記録の写しです」


「何の記録だ?」


「詳細は不明です。ただ、かつて異常な魔力反応を示した者について、記されていると言われています」


セドリックは、紙片を見つめた。


「二年前、アルヴィス様の簡易検査で奇妙な反応が現れたとき、この記録を思い出しました。ですが、あのときは反応が一瞬だったため、確証が持てなかったのです」


「それが、今回は違ったと?」


「はい。黒い点が明確に現れ、水晶に亀裂まで入りました」


グレゴールは、紙片を覗き込んだ。


そこには、水晶の中心に黒い点が浮かぶ図が描かれていた。


「……今日のものと同じか」


「似ています」


「その者は、どうなった?」


セドリックは答えなかった。


代わりに、紙片の下に記された古い文字を指差した。


「この部分だけは、解読されています」


グレゴールが目を細める。


「何と書いてある?」


セドリックは、低い声で読み上げた。


「『記憶を携えし者、再び門を開く』」


沈黙が落ちた。


窓の外では、風が木々を揺らしていた。


「……どういう意味だ」


グレゴールが尋ねる。


「分かりません」


セドリックは、割れた水晶を見つめた。


「ですが、アルヴィス様には、しばらく魔力検査を受けさせない方がよいでしょう」


「危険なのか?」


「危険かどうかも、まだ分かりません」


セドリックは、静かに続けた。


「ただ、この反応が王都に知られれば、何が起こるか予測できません」


グレゴールは、しばらく黙っていた。


やがて、重々しく頷いた。


「分かった。このことは、他言無用だ」


「承知しました」


*


同じ頃。


アルヴィスは、自室の窓辺に立っていた。


夜空には、二つの月が浮かんでいる。


一つは白く。


もう一つは、淡い青色だった。


六年も暮らせば、この景色にも慣れた。


だが、今夜は違った。


胸の奥に、奇妙な感覚が残っている。


『見つけた』


あの声。


誰のものだったのか。


なぜ、自分に聞こえたのか。


そして、あの黒い点は何だったのか。


「……面白くなってきたではないか」


アルヴィスは、小さく笑った。


だが、その笑みはすぐに消えた。


前世の自分は、天下を求めた。


その果てに、裏切られ、炎の中で死んだ。


今世では、違う生き方を選ぶつもりだった。


少なくとも、今は。


だが。


もし、この世界が再び自分に戦いを求めるのなら。


もし、大切な者たちが危険にさらされるのなら。


そのときは。


「……容赦はせぬぞ」


少年の瞳に、一瞬だけ、かつての天下人の光が宿った。


その夜。


遠く離れた古塔で、赤い水晶が再び輝いた。


『第一の魂、覚醒兆候を確認』


無機質な声が響く。


『記憶保持、安定』


『固有因子、未解放』


しばらくの沈黙。


そして。


『第二の魂との共鳴を検知』


水晶の中に、別の光が灯った。


赤ではない。


深い緑色の光だった。


『位置を特定』


『エルディア大陸、北東部』


『対象は現在、軍事行動を開始しています』


暗闇の中で、誰かが笑った。


『……早いな』


『今回の周期は、想定より進行が速いようです』


『構わん』


その声は、静かに告げた。


『英雄たちは、いずれ出会う』


そして、水晶の光が消えた。


誰もいない塔に、最後の言葉だけが残った。


『今度は、何人が最後まで生き残るだろうな』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。