第九話 光と影、それぞれ思惑
第九話 投稿しました。
宮殿入り口での一騒動はあったものの、その後は何事もなく目的の部屋の前までたどり着いた。
扉の前では、イウローネ付きの侍女マリーが緊張した面持ちで待っていた。
「皆様、お疲れ様です。イウローネ様がお待ちです」
マリーは二人に向かって頭を下げると、部屋に向かって少し声を張り上げた。
「イウローネ様、皆様がお着きになりました。」
固さの残る手つきで重厚な扉が開かれ、一行は中へと足を踏み入れる。
「お久しぶりでございます、お嬢様。お身体の具合も落ち着かれたようで何よりでございます。」
執事長と侍女長の二人が、息の合った所作で同時に深々と一礼した。
「爺や、婆や、ご苦労さまです。体の方はだいぶ良くなってきているわ。二人とも、来てくれて本当にありがとう」
ベッドの上のイウローネが、柔らかい微笑みを浮かべて答える。
「お嬢様のお願いごととあらば、たとえ誰に止められようと振り切って参りますわ」
「もう、婆やったら。危ないことはしないでね」
茶目っ気たっぷりに胸を張る侍女長に、イウローネは咎める風もなくコロコロと笑った。
その様子を優しく見守っていた枢機卿が、静かに一歩前に出る。
「イウローネ様、ご無事なお姿を拝見できて安心しました。こちらの方が、以前お話しさせていただいた賢者様です。」
枢機卿に促され、その背後から歩み出た人物が、淡々とした口調で口を開いた。
「貴女の娘、シャルロッテ王女の監視役となった。よろしく。名前はない。好きに呼ぶといい。」
「ありがとうございます、賢者様。よろしくお願いいたします」
頭を下げながらも、イウローネは密かに賢者の顔を凝視した。
(この方……どこかで……? )
胸の奥を突かれたような既視感に首をかしげつつ、イウローネは傍らに控えていた娘に優しく声をかけた。
「シャルロッテ、皆様にご挨拶を」
「皆様、正妃イウローネの娘、第1王女シャルロッテです。よろしくお願いいたします」 緊張しながらも凛と挨拶をする幼い王女の姿に、侍女長の顔が一気に綻んだ。
「まあ、シャル様! お久しぶりでございます。大きくなられましたね!」 たまらず歩み寄った侍女長にぎゅっと抱きしめられ、シャルロッテは照れくさそうに顔をほころばせる。
「婆や、苦しい……でも、嬉しい」
ひとしきりスキンシップを交わすと、シャルロッテは改めて同席していた人物たちに向き直った。
「枢機卿様、賢者様、よろしくお願いいたします」
「じゃ、顔見せも終わったので私は失礼しますよ。イウローネ様、シャルロッテ様」
満足そうにうなずいた枢機卿が、羽織を翻して立ち上がる。
「枢機卿、ありがとうございます」
「いえいえ、すべてあなたがたのためですから」
柔らかな笑みを残し、枢機卿は軽やかな足取りで部屋を後にした。
「マリー、爺やたちを部屋に案内してあげて」
イウローネが傍らの侍女に声をかける。しかし、侍女が返事をするより早く、可愛らしい高い声が部屋いっぱいに響き渡った。
「私が案内する!」
少し頬を赤く染めながら主張するシャルロッテを、イウローネは微笑ましく見つめた。
「そうね。わかったわ。シャル、お願いね」
案内役に任命されたシャルロッテは、誇らしげに爺やたちの手を引っ張るようにして部屋を出ていく。 その小さな後ろ姿を、賢者は深遠な瞳でじっと見つめていた。
賢者の様子を不思議そうに見つめ、イウローネが声をかける。
「賢者様……?」
「……貴女と彼女はよく似ている。楽しみ。――私の部屋を案内して」
賢者は短くそれだけ言い残すと、促されるまま侍女に連れられて部屋を辞した。 静まり返った室内で、イウローネはぽつりと呟く。
「みんな、来てくれた。本当に嬉しい……シャル、ヴィル……」
胸に手を当て、深く息を吐く。
「もうすぐヴィルのお披露目だわ。弱気になってる場合じゃない。できることをやらないと」
愛しい我が子たちのために。聖女として、そして母として——イウローネの瞳に力強い決意の光が宿っていた。
一方、そのころ――。 宮殿の一角、重々しいカーテンで陽の光が遮られた薄暗い一室では、まったく異なる空気が立ち込めていた。 反王家派閥の黒幕であるグランベルム侯爵は、苦々しい表情で深々とソファに腰掛けた。
「やはり、あの程度では止められなかったか。枢機卿達が一緒に来るのは予想外だったな」
「あのじいさんとばあさんはなんですの!? どうしてあんなに偉そうにしていらっしゃいますの!?」
「仕方あるまい。あの二人は公爵家の執事と侍女の長だ。しかも、国王とイウローネの恩師だよ。国王からすれば頭が上がらんのだろう。……だが、それにしても国王の御璽印章を使うとはな。しかも枢機卿のほうにも同じものを出すとは、やりすぎだ」
「ホントになんですの! 王家は公爵家に操られているだけではありませんか! それに教育なら、うちのマクシミリアンにも行っていただきませんと!」
「それなら侯爵家で最高の講師を用意しよう。それにノックス家も協力するそうだ」
「当たり前ですわ。あの子には最高の教育をして、王になってもらうのですから。何があっても、絶対に王にしてみせます」
マティルデが執念を燃やす中、部屋の奥で静かに影を潜めていた第2側室エルヴィラの父(ノックス家当主)が、不敵な笑みを漏らした。
「まさか、エルフの奴らまで連れてくるとはなあ。しかし、何も気づいた様子はないようだな。所詮、賢者と言われてもその程度のようだな」
「油断はいけませんわ、お父様。エルフはずる賢い生き物です。何を考えているかは分かりません……徹底的に陰湿に、決して見つからぬように。ノックス家の家訓通りにやりましょう」
四人の口元に、何とも言えぬ冷ややかな笑みが浮かんだ。 その笑みは薄暗い部屋の闇へと溶け込み、冷たい空気だけが重く静かに広がっていった。
次こそ、主人公を!!




