第四話 シャルロッテ宣託の儀②
お読みいただきありがとうございます。
第二話 後編です。
話数の変更しました
昨日からの豪雨は一向に止む気配を見せず、時折、響くような雷鳴が王宮を震わせていた。
薄暗い天候とは裏腹に、王城の最奥にある儀式の間には、息が詰まるほどの緊迫感と熱気が満ちていた。
祭壇の前に立つのは、国王ヴェルナードと、豪奢な儀礼服に身を包んだ10歳の長女・シャルロッテ。そして、この日のために赴いた教会の枢機卿である。
彼らを背後から見つめるのは、王国を牽引する三大勢力の長たち。
正妃イウローネの実家であり、国内最高峰の権力を誇るレオンガルド公爵家当主。
王国騎士団を率い、圧倒的な武力を有するグランベルム侯爵家当主。
そして、魔導の頂点に君臨するノックス家当主。
本来であれば、この場には母である正妃イウローネも立ち会うべきであった。しかし、彼女は体調が優れず、代わりとしてイウローネ付きの筆頭侍女が、不安げなシャルロッテのすぐ斜め後ろで付き添うように控えていた。
「——これより、宣託の儀を行う」
枢機卿の厳かな声が、雨音を切り裂いて広間に響き渡った。
静寂の中、祈りの言葉が紡がれ、神聖な魔力が祭壇を包み込んでいく。やがて、枢機卿が神からの声を代弁した。
「神託が下された。……シャルロッテ殿下は、『聖女』となる」
その言葉が響いた瞬間だった。
シャルロッテの小さな身体から、眩い光が溢れ出した。彼女自身の内に秘められていた膨大な魔力が限界を超えて解放され、全身を白銀のオーラとなって包み込む。薄暗かった儀式の間が、まるで白昼のように照らし出された。
「なんと、神々しい姿だ……」
その人智を超えた美しさと清らかな魔力に、枢機卿は思わず感嘆の声を漏らした。
しかし、その輝きは長くは続かなかった。
数秒の間、世界を照らすように光り輝いた後——パリンッ、と目に見えない何かが弾け飛ぶような音を立てて、光は唐突に霧散した。
糸が切れた操り人形のように、シャルロッテの身体がぐらりと傾く。
「シャルロッテ様っ!」
背後に控えていたイウローネ付きの侍女が悲鳴のような声を上げ、すぐさま駆け寄ってその小さな身体を抱きとめた。シャルロッテは完全に気を失っており、その顔は雪のように青白かった。
騒然とする広間の中で、国王ヴェルナードはピクリとも表情を変えず、ただ冷たい瞳で崩れ落ちた娘を見下ろしていた。
(……やはり、駄目だったか)
誰の耳にも届かないほどの微かな声で、国王はそう呟いた。
その声に滲んでいたのは、落胆か、それとも予見していた絶望か。
「……これにて、宣託の儀を終わりといたします」
枢機卿が静まり返るよう促すように宣言した。
しかし、三大勢力の当主たちが平然としているはずもない。グランベルム侯爵とノックス家当主は視線を交わし、レオンガルド公爵は顔を険しくしている。
ざわめきと無数の思惑が渦巻く中、儀式の間からそれぞれの陣営が足早に立ち去っていく。
残されたヴェルナードは、侍女の腕から気を失ったシャルロッテを静かに抱き上げた。
小さなぬくもりを胸に抱きながら、国王は重い足取りで、妻イウローネの待つ寝室へと向かって歩き出した。外では激しい雷鳴が、これから始まる王宮の波乱を暗示するように轟いていた。
*
ヴェルナードは胸にシャルロッテを抱きながら、枢機卿と共に、イウローネの元へ赴いた。
人目を避けた回廊を歩きながら、枢機卿が密かに話しかける。
「やはり、予想通りとなったな。しかし、あれほど光り輝くとは思ってなかった。凄まじい力だ。生まれ持った才能だけではなく、ずっと努力をしてこられていた、その結果だな。……で、これからどうするんだ? あの二人の口は閉じれんぞ」
「ああ、わかっておる。あの二人は見たままだけではなく、最後の部分を捻じ曲げて吹聴するであろう事もな。しかし、神託自体は本物だ。イウローネから受け継いだ『聖女』は」
ヴェルナードは前を見据えたまま、腕の中の娘を少しだけ強く抱き直した。
「だから、しばらく教会で預かれるか? お前の元なら安心して預けられる」
「修行という名目で預かる分には問題ないが……ヴィル様はどうするんだ? あの子はまだ何も出来んぞ」
「そこは勿論、公爵家が預かってくれるよな?」
ヴェルナードは立ち止まり、背後の暗がりへ向かって声をかけた。
すると、そこにはいつの間にか、レオンガルド公爵家当主が腕を組んで立っていた。音もなく気配を消していたその姿は、一国の重鎮というよりは歴戦の戦士のそれである。
「おいおい。言いたい事はわかるが、その場合はイウローネも一緒に連れて帰るぞ」
呆れたように溜め息をつくレオンガルド公爵。
実はこの国王、枢機卿、公爵の三人は、旧知の仲であり、かつて共に戦場を駆け抜けた戦友。もっと言えば、王立学院時代からのどうしようもない腐れ縁であった。
「それは流石にまずいだろう。あの両家が何を言い出すかわからんぞ」
公爵の容赦ない言葉に、思わず枢機卿が慌てたように口を出した。
「そうなると、まずはイウローネの意見を聞かんわけにはいかんな。その手の腹の探り合いは、どうにも儂には向かん。イウローネと宰相に任せた方がいい。あの二人にお前たちなら、出し抜かれる事もあるまい」
ヴェルナードが潔くそう言い放つと、枢機卿が呆れたように肩をすくめた。
「そういう不器用なところは、昔から変わらんな」
「まったく、腹の探り合いが苦手で、よくそれで国王をしていられるものだ。いっそ、俺と代わろうか?」
公爵は鼻を鳴らしながら、他人が聞けば即座に不敬罪で処刑されかねない軽口を叩いた。




