第三十三話 賢者からの贈り物
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第33話投稿しました。
緊張の糸が張り詰めていた王宮の子供部屋に、廊下からパタパタと慌ただしい足音が近づいてきた。勢いよく扉が開くと、息を弾ませた侍女のマリーが飛び込んでくる。
「みなさん! ベゼラ様とヴィル様は、ちゃんと帰ってきましたよ〜!」
その弾んだ声が落ちた瞬間、部屋を支配していた重苦しい空気が一気に和らいだ。
「よかったね〜、ソフィーちゃん」
「うん……うん……よがっ……たよ……ヘレナちゃん……」
ソフィーは、緊張の糸が切れたようにぽろぽろと大粒の涙をこぼした。そして、目の前にいたヘレナの体にぎゅっとしがみつく。マリーは胸をなでおろし、身を寄せ合う幼い二人の頭を「よしよし」と優しく撫でた。
「ほんとに無事で帰ってきたんだね」
「ええ、マクシミリアン様。婆やの言った通りでしょ」
様子を見守っていたマクシミリアンが安堵の息を漏らすと、傍らに立つ婆やが優しく微笑みかける。
「うん。良かった。ねえ、シャル姉さん」
「そうね。ほんとに良かった。婆や、ありがとう」
シャルロッテも胸の前で手を組み、深く胸を撫でおろした。安堵の笑みを浮かべる子供たちを、婆やは慈愛に満ちた目で見つめる。
「いえいえ、婆やは、みなさま全員大好きでございます。そしてみなさまを守るのも婆やの務めでございます」
にこやかに目を細めていた婆やだったが、ふと気配を察して部屋の入り口へと視線を向けた。そこに佇む人物の姿を認めると、すぐに向き直り、深々と頭を下げた。
「あ! 賢者様、今回は誠にありがとうございます」
「いいよ、みんなを大好きなんだろう。なら、それで十分だよ」
賢者は、穏やかな笑みを湛えて小さく首を振った。
「感謝の言葉を尽くせません。これからもよろしくお願いいたします」
「わかってる。大丈夫だよ。……あ! そうだね、ちょうど良いね。子供たちに渡すものがあるよ」
賢者が懐からそっと取り出したのは、繊細な装飾が施された小さな小箱だった。婆やは即座にその意図を察し、子供たちに手招きをする。
「みなさま、こちらへお越しください。賢者様より、プレゼントだそうですよ。ヴィル様の誕生祝いに、皆様にとのことです」
「え?? なにくれるんだろうね」
「なんだろう、可愛いのがいいなあ〜」
目を輝かせながら駆け寄ってくる子供たちに向かって、賢者は屈み込み、優しく、けれど言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「じゃあ、皆に配ってあげて。必ず身につけるようにね。寝る時も外しちゃダメだよ。皆が元気でいられるようにお祈りしたお守りだからね」
「皆様に合わせて、それぞれ宝石と紐がございます。では、順番におつけいたしますね」
婆やが手際よく、子供たち一人ひとりの首にお守りをかけていく。宝石がキラキラと輝くのを見て、子供たちは口々にはしゃぎながら、覗き込んだり指でつついたりしている。……だが次の瞬間、ソフィーのお守りが、ふっと空気中に溶け込むように姿を消した。
「あれ?? ソフィーちゃんの消えちゃった!! え?? 私のも消えちゃった!!」
驚いて慌てて自分の胸元に手をやる子供たちに、賢者が優しく微笑みかけながら言った。
「大丈夫だよ。そのお守りは恥ずかしがり屋さんだから、つけたら見えなくなっちゃうんだよ。お守りさんって呼んでごらん。見えるようになるよ」
半信半疑ながら言われた通りに試してみると、ふわりと温かい光とともに、再び色とりどりの宝石が姿を現した。子供たちの目が感嘆に丸くなる。
「じゃあ、みんな元気でいい子にね。同じものをヴィル君にもつけてくるよ」
手を振りながら部屋を出ていく賢者の背中を見送りつつ、子供たちは胸元を撫でながら不思議そうに首をかしげた。
「消えるんなら、外さないし無くならないから良いなあ。でも、見えない間に紐が切れたりしないのかな?」
「大丈夫ですよ。先ほどの紐は、賢者様が魔力を込めて作ってくださってますから、婆やと爺やが引っ張っても切れませんよ」
「婆やと爺やが引っ張っても切れないって……それってどうやったら切れるの??」
「それは婆やにもわかりませんよ♪」
婆やが茶目っ気たっぷりに微笑むと、子供たちは顔を見合わせて素直に頷いた。
「そうなんだ、じゃあ、ちぎれないね」
「はい。千切れませんよ」
◇ ◇ ◇
柔らかな静寂に包まれた別室では、ヴィルヘルムがすやすやと眠っていた。
忍び足で近づいた賢者は、幼子の首元にそっと同じお守りを添える。
「さあ、ヴィル君少しじっとしててね。……これで大丈夫。いい子に育つんだよ」
幼子の胸元でお守りが静かに姿を消すのを見届けると、賢者は満足そうに微笑み、音もなく部屋を後にした。
(これでとりあえずの防御策は出来た。私は政争に直接加われないが……でも、援護射撃くらいはできるんだよ。ほんとうなら、もう少し里でノックス家を調べたかったけど、この様子だと、こっちにいて子供たちのそばにいたほうが良さそうだ。まあ、向こうの出方の確認も早く出来るし、良しとしようか)
静かな廊下を歩みながら、賢者はふっと慈愛を込めた目を細める。
(さて……姫の様子を見に行こうか……)
◇ ◇ ◇
賢者はそっと扉を開け、ベッドに横たわるベゼラへ穏やかに声をかけた。
「姫、起きてるかい?」
「! 賢者様!」
不意の訪れに、慌てて身を起こそうとするベゼラを制するように、賢者は優しく手をかざす。
「起きなくていいよ。そのままで。体調はどう?」
「ありがとうございます。体調は大丈夫ですが、魔力と体力がまだ戻りません」
ベゼラは申し訳なさそうに眉を下げ、力なく微笑んだ。そんな彼女の疲れ切った様子に、賢者は深く頷き、心からの労いを込めて言葉を重ねる。
「それは仕方ないよ。あの状況、状態で、赤子抱えて耐えたんだ。凄い事だよ。私でも出来るとは言い難い事なんだよ」
「そんな、私はただヴィル様の為になんとかしただけで、連絡も出来ましたし、魔法も何とかなりましたので。そこまで切羽詰まってはいませんでしたよ」
謙遜するように微笑むベゼラに対し、賢者は真剣な眼差しを向けた。
「それが姫の凄いところなんだよ。魔力は制限、食糧や水もない、連絡も出来ない、どう考えても、それは詰んでるんだよ。それが詰まない。それこそが姫の強さだよ」
そう語る賢者の瞳には、深い慈愛が宿っていた。
「姫は私のようになりたいって言っていたけど、今の姫は私と同格と言っていいほどなんだよ。私が保証するよ」
「……賢者様……ありがとうございます……」
偉大な師であり憧れでもある賢者からの言葉に、ベゼラの瞳にじわりと涙が滲む。賢者は懐からそっと小さな小瓶を取り出すと、彼女の華奢な手に握らせた。
「さあ、これを、飲んでおやすみ」
「これは……エリク……」
秘薬の存在に気づき、思わず目を見張るベゼラに、賢者は悪戯っぽく唇に指を立てた。
「黙って飲む。またね。おやすみ」
「はい。ありがとうございます」
万感の思いを込めたベゼラの声に見送られながら、賢者は満足そうに微笑み、静かに部屋を後にした。
いったいどんなお守りなんでしょうか?
姫は強かったんですよね




