第二十四話 消えた二人と、仮面の忠義
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慌ただしい足音が廊下に響き、血相を変えた騎士が部屋に駆け込んできた。
「報告いたします! ベゼラ様とヴィルヘルム様が、王宮内で行方不明になられました!!」
「どういうことだ!?」
国王であるヴェルは、バンッと机を強く叩いて立ち上がり、報告者に詰め寄った。
「ヴェル様、そのように怒鳴っては報告が出来ません。落ち着いてください」
正妃イウローネが静かに、しかし凛とした声で夫をたしなめる。
「そうはいうがイウローネよ。そなたは心配ではないのか? 私達の子供だぞ!」
「心配に決まっています。当たり前です。ですが、報告に来ている者を怒鳴っても見つかりません。現状を見極めてくださいませ」
イウローネの膝の上で組まれた白魚のような手が、微かに震えている。彼女もまた、必死に母としての動揺を抑え込んでいるのだ。
妻の隠しきれない震えに気づいたヴェルは、大きく深呼吸をして己を取り戻した。
「……そなたのいう通りだな。慌てすぎていたようだ。報告を続けよ」
「今日は確か、ベゼラ様がヴィルヘルム様に豊穣祭の体験をさせる日でしたね」
イウローネが状況の確認を促すと、騎士は姿勢を正し詳細を語り始めた。
「はい。女神様への礼拝後、庭に設置しました屋台を皆様で楽しんでおられました」
「それがなぜ、行方不明になったのです?」
「お祭りをお楽しみになられ、皆様がお部屋に戻って来られる際に……急に、ベゼラ様とヴィルヘルム様が『消えられた』とのことです」
「消えたところを見た者は?」
イウローネが緊迫した面持ちで問いかけると、騎士は重々しく頷いた。
「はい。それは、ソフィー様だけでございます。現在、皆様は安全のためお部屋にいらっしゃいます」
「わかった。すぐに捜索隊を作り、捜索せよ! その庭に何かないかを徹底的に探すんだ。必ず何か手がかりがあるはずだ!」
ヴェルの力強い号令が飛ぶ。
「かしこまりました!」
騎士が踵を返し、足早に退出していく。
「皆様、どうかご無事で……お願いいたします」
イウローネは胸元で両手を固く組み、無意識のうちに祈りの言葉を口にしていた。
騎士団の詰め所に、切羽詰まった声が響き渡った。バンッと乱暴に扉が開き、息を切らした騎士が飛び込んでくる。
「団長!! 緊急事態です」
「どうした? 何があった!?」
執務机に向かっていた騎士団長は、部下のただならぬ様子に眉をひそめた。
「宮中の庭園内で、ベゼラ様とヴィルヘルム様が行方不明になられたとの事です!」
「何だと!! 宮中で行方不明だと!? 近衛騎士は何をしていた!? 貴様らも何を見ていた!?」
団長の怒号が部屋を震わせた。厳重な警備が敷かれているはずの王宮内、それも白昼の庭園での失態に、団長は怒りで顔を朱に染める。しかし、瞬時に怒りを抑え込み次の手を打った。
「すぐに王都内を探せ!! それと、魔導家を呼べ! 急に消えたのなら、魔法以外に考えられん。それなら奴らの領分だ!! 奴らには庭園を調べてもらえ」
「はっ! すぐに捜索に向かいます」
命令を受けた騎士が踵を返し、弾かれたように駆け出そうとした、その時だった。
「待て!!」
団長の鋭い声が、部下の背中を引き止める。
「王都を混乱させるわけにはいかん。出来る限り静かに探せ」
王族の行方不明という事実が市井に知れ渡れば、取り返しのつかないパニックを引き起こしかねないため、部下に対し、冷静にかつ慎重に行うようにと釘を刺した。
バタン、と重厚な扉が閉まり、部下の慌ただしい足音が廊下の奥へと遠ざかっていく。
部屋に一人残されたグランベルム侯爵は、先ほどまでの厳格な表情を崩した。
「まさか、ベゼラ妃だけだと思っていたのが、ヴィルヘルム王子もついてきたとは……これは僥倖だ」
窓の外、事件が起きた庭園の方角を見下ろしながら、侯爵は愉快そうに一人ごちる。
「しかし、ヴィルヘルム王子もついてきたとなると、奴らは何をするかわからんなぁ……。まあ、儂には関係ないがな」
侯爵は口元を歪め、喉の奥でくつくつと笑った。王子の身を案じる欠片ほどの情もなかった。彼にとって第5王子の命など、己の野望を叶えるための盤上の駒に過ぎない。この事態は都合の良い混乱を招くだけであった。侯爵にとってはだが。
「さてと。必死で探すふりをして、ヴェルナードの慌てぶりを見に行くとしようか」
侯爵は衣服の皺を払い、身だしなみを整えると、ゆっくりと扉へ向かって歩き出す。
ドアノブに手をかけた瞬間、その顔からは先ほどの邪悪な笑みは完全に消え失せていた。
ガチャリと扉を開け、廊下へ踏み出した侯爵の表情は――国の危機を深く憂い、幼い王子の行方不明に胸を痛める、忠義に厚い臣下のそれである。
深く眉間に皺を寄せ、ひどく神妙に思い悩む完璧な偽りの仮面を被り、グランベルム侯爵は国王ヴェルナードの待つ執務室へと足を向けた。
部屋の前で同じく呼び出しを受けていた魔導家の筆頭・ノックス家当主と合流する。二人はほんの一瞬だけ意味深な視線を交わすと、すぐさま完璧な「忠義の臣下」の顔を作り、揃って執務室の扉を叩いた。
「お呼びでしょうか」
重厚な扉が開き、グランベルムとノックスが部屋へと足を踏み入れる。
「おお! よく来てくれた。話は聞いているか?」
憔悴しきった国王ヴェルナードが、藁にもすがるような面持ちで身を乗り出した。
「はい。ですのでまずは、騎士団に王都内で異変が起きていないかを確認させております」
グランベルムが一歩前に出て、騎士団長としてすでに手を打っていることを報告する。
「私は、これからその庭園に向かい調べましょう」
続けてノックスが恭しく一礼し、いかにも頼もしい専門家としての顔を作る。
「念のため、グランベルム侯爵にもご同行願いたいのですが、よろしいでしょうか。不測の事態が起きないとも限りませんので――」
「無論だ。では二人とも頼んだぞ!」
王命を受け、深く頭を下げるノックスとグランベルム。
視線が床に向けられたほんの一瞬――二人の悪党の口元には、誰にも気づかれない邪悪な冷笑が浮かんでいた。




