第二十一話 女神さまとじゃしんさま
いつもお読みいただきありがとうございます。
第21話です。
「皆さん、こんにちは」
ベゼラは子供たちの顔を一人ひとり見渡し、微笑んだ。
「今日は、前にお話した通り、お祭りの体験をしていただきますね。……でもその前に。少しだけ、お話を聞いてくれますか?」
「はーい!」
元気な返事に、ベゼラはくすりと笑った。
「ふふ、いいお返事ですね。……あのね、私はエルフです。エルフは、とてもとても長生きするんです。だから今日は、エルフに昔から伝わっているお話を、皆さんにお聞かせしますね」
「今、城下町では『収穫祭』というお祭りをしています。……皆さんは知っていますか? 収穫したお野菜や果物を、女神様にお供えするんですよ。『今年もありがとうございました』って、感謝を伝えるために」
子供たちがこくりと頷くのを見届け、ベゼラは続けた。
「女神様はね、私たちが生きていくために必要なものを、ずっとずっと見守ってくださっているんです。……大地が実って、植物が育って、私たちが今日もこうしてご飯を食べられること。それって、当たり前のことだと思いますか?」
「……ちがうの……?」
「そうなんです。当たり前じゃないんですよ。だから私たちは、収穫できたものを女神様にお供えして、感謝を伝えるんです」
「……皆さんは、『邪神様』というのを知っていますか?」
「じゃしんさま……?」
「ええ。女神様は命を育てる、とても優しい神様です。……でも、それとは反対に、悪いことをして、命を壊したり奪おうとしたりする神様もいるんですよ。それが『邪神様』」
「昔々、この世界には、一本の大きな樹があったそうです。『世界樹』と呼ばれる、とてもとても大きな樹。たくさんの命を育んで、私たちエルフはその樹を大切にして暮らしていました。女神様も、その樹をずっと見守っていたと言われています」
「……でもね」
「昔、邪神様を信じる人たちが現れて。世界樹を奪おうとして……燃やしてしまったんです」
「燃やしちゃったの……?」
「はい。世界樹を失った森には、黒い霧のようなものが広がっていって……それが、今の『魔の森』だと言われているんですよ。昔は、とってもとっても美しい森だったそうです」
ベゼラはぱっと明るい笑顔を浮かべた。
「……さあ! 皆さんで町までは行けませんけれど、今日はこのお庭で、一緒にお祭りを楽しみましょうね!」
「わあーっ!」
「では、お庭へ行く前に……まずは女神様へご挨拶とお供えを持っていきましょう。みんなが収穫してくれたお野菜を持っていきますよ」
「はーい!」
元気な返事とともに、子供たちは大切そうにお野菜のカゴを抱え、ベゼラと侍女長の後について廊下を練り歩いた。
宮中の一角にある、重厚な意匠が施された扉の前へと到着した。この奥に、古くから祀られている女神像が鎮座しているのだ。
侍女長が静かに手をかけ、大きな扉を開けた——その時だった。先頭を歩いていたヘレナが、ピタリと足を止めた。
「……なんか、気持ち悪い」
顔色を少し曇らせて胸元を押さえるヘレナの顔を、ベゼラは心配そうに覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「うん……でも、ここには入りたくない」
ヘレナはそう言って、女神像のある部屋の奥を怯えたような目で見つめ、それ以上足を進めようとしなかった。
すると、その隣でマクシミリアンがうっすらと眉をひそめ、こめかみに手を当てた。
「俺は……ちょっと頭がクラクラする」
「無理しないほうがいいですよ」
「いや、大丈夫だよ。これくらいなら。俺もみんなと行くよ」
マクシミリアンは少し強がりながらも、しっかりと自分の足で立ち、みんなと一緒に進む意思を見せた。
一方で、後ろに続くソフィーやシャルロッテは平気な顔をしており、ベゼラの腕に抱かれている赤ん坊のヴィルヘルムも、不機嫌になることもなく『ばぶぅ』と小さな声を漏らしながらぽかんと指をくわえているだけだった。
様子を見守っていた侍女長は静かに頷くと、優しくヘレナの肩に手を置いた。
「では、ヘレナ様は無理をせずここで私と待っていましょうね。……マクシミリアン様、決して無理はなさらないでくださいよ」
「ああ、分かってる」
こうしてヘレナと侍女長を入り口に残し、ベゼラは少し顔色を気にしながらも、マクシミリアンたちと共に女神像の置かれた部屋へと足を踏み入れた。
「では、女神様の前にお野菜を置いてくださいね」
子供たちが順番に野菜を並べ終えるのを見届けてから、ベゼラはそっと両手を重ね合わせた。
「女神様に『ありがとうございます』と感謝を伝えてから、女神様とひとつ『お約束』をしてくださいね。来年の収穫祭の時に、それがちゃんと守れたかを女神様に報告するんです。……みんな、できましたか?」
幼い手と手を合わせ、思い思いに祈りを捧げる子供たち。やがて満足そうに顔を上げた子供たちを見て、ベゼラは嬉しそうに頷いた。
「では、お庭に行きましょう〜!」
ベゼラが声をかけると、子供たちが一斉に動き出す。その中で、ソフィーが首をかしげながらベゼラの服の裾をちょんちょんと引っ張った。
「どうして女神さまに、ありがとうっていうの? 女神さまとのお約束やぶったら、どうなるの?」
周りの子供たちも足を止めてベゼラを見上げる。ベゼラは優しく語りかけた。
「女神さまに『ありがとう』を言うのはね、今年もこうやってみんながちゃんとご飯を食べられるように、たくさん収穫できたからよ」
「……じゃあ、約束やぶったら?」
「女神さまとの約束をやぶったら、怒られるんじゃないのかな〜。『悪い子だ』って」
シャルロッテが心配そうに口を挟むと、マクシミリアンが名案を思いついたように胸を張った。
「じゃあ、最初から約束しなきゃいいんだよ!」
「ダメよ、約束しない子も悪い子になっちゃうわ」
シャルロッテが少し困ったように苦笑すると、周りの子供たちが顔を見合わせた。
「ええっ! 悪い子になって怒られたら、ご飯食べられなくなっちゃうの!?」
「大変だ、ちゃんと約束守らなきゃ!」
口々に焦り始める子供たちの可愛らしい反応に、ベゼラも思わずクスクスと笑みをこぼしてしまうのだった。




