第十九話 消えた伏兵と、お茶会
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第19話です。
「団長、ただいま戻りました!」
荒々しく執務室のドアが開き、息を切らした騎士が駆け込んでくる。だが、その顔には任務を終えた達成感も焦燥もなく、どこか魂が抜け落ちたような呆然とした色が浮かんでいた。
グランベルム侯爵は重厚な机をバンッと叩き、身を乗り出す。
「ご苦労。……で、ベゼラ妃はどこだ? 連れて来なかったのか?」
「それが……誰も侵入した形跡もなく。ベゼラ妃と、教会から来た賢者、……あの公爵家の執事長と侍女長が……」
ひどく歯切れ悪く言葉を濁す部下に、侯爵は眉をピクリと動かす。
「そこで何をしていたんだ、何があった!?」
怒鳴りつける侯爵に対し、騎士は自分でも信じられないものを見たという顔で答えた。
「……四人で、お茶を飲んでいました……」
「茶を飲んでいた……だと……どういう事だ!? 先に入った奴らは、どうした!?」
「それが、何もなかったんです……本当に、何も……」
「地下室はどうした!? 地下室は覗いたのか!?」
「はい……見に行きました。……何もありませんでした。チリ一つないほどに……血の跡も戦闘した跡も、全くありませんでした……」
「何だと!?!? 何もなかっただと……!」
仕掛けたはずの罠も、送り込んだ伏兵たちも、まるで最初からこの世に存在しなかったかのような異常な報告。
「もう一度聞く……。本当に、何もなかったんだな!?」
「……はい。足跡一つ、残されておりませんでした」
力なくうなだれる部下を前に、侯爵はギリッと奥歯を噛み鳴らした。背中にねっとりと不快な冷や汗が伝わり落ちていく。
——ベゼラ妃さえ確保できれば、『賊からの保護』を名目に騎士団預かりとできたものを……!
「わかった。もういい、下がれ! ……待て! 誰が居たと言った!?」
一度は追い払おうとした侯爵だったが、ハッと呼び止めた。
「ベゼラ妃に、賢者、公爵家の執事長と侍女長の四人です」
「……四人だけか?」
「はい。四人だけでした」
「そうか。もういい、下がれ」
深々と頭を下げて退出していく部下の背中を睨みつけ、侯爵は腕を組んだ。
(四人か……公爵家のあの二人なら対処はできるが……もし、賢者の仕業なら……儂ではわからんな。ノックス家当主の奴の領分だ。儂の方は、もう一度公爵邸の方だな。奴のところへ行くとするか)
侯爵は重い腰を上げると、深夜にもかかわらずノックス家当主の屋敷へと向かった。
◇
「これはこれは侯爵様、このような時間にいかがされました?」
ノックス家当主は、深々としたソファに腰掛け、薄笑いを浮かべながら侯爵を出迎えた。
侯爵は苦々しい顔で、部下から受けた報告を一通り説明する。
「なるほど、十人もの人間が消えたと?」
話を聞き終えたノックス家当主は、痛快そうに肩をすくめた。
「それはそれは、お気の毒でしたなあ。しかし、侯爵様の読みは当たっているでしょう。そのような事ができるのは、私か賢者しかおりますまい。侯爵様でしたら全員をほぼ血も出さずに即死させる事は可能でしょうな。しかし、死体は残る。そこが私たちとの違いですな。我々なら死体すら消す事ができる。まあ、賢者がいたなら仕方ありますまい」
ノックス家当主は全く動じた様子もなく、細い目をさらに細めた。
「では、次の一手ですな。まあ既に打っております。半壊した公爵邸には宝が眠っている――そのような噂を町へ流しておきました。それで、その対処を名目に騎士団を向かわせてください。そこにはもう誰もおりますまい。ですが、半壊しても公爵邸は公爵邸、騎士団としては保護しないわけにいきますまい。完全に封鎖してしまえば、入ってこられません。後はこちらがどのように処理しようとも誰にもわかりません」
「……わかった。儂としても公爵邸に騎士団を向かわせるつもりだったのでな。ちょうど良かった」
重い沈黙の中、侯爵は目の前で余裕を崩さない男の顔を鋭く見つめ返した。
(それにしても、ノックス家当主の実力は噂には聞いていたが……十人を跡形もなく消滅させるとはな。それと同等の力を賢者とやらが持っているとなると、まともにはぶつかれんな)
侯爵の微かな迷いを見透かしたように、ノックス家当主はクックッと低く笑った。
「そこは問題ないでしょう。教会は、国の揉め事には介入しません。それは奴らが自ら決めたルールですからな」
ノックス家当主はグラスのワインをゆっくりと揺らしながら、言葉を続ける。
「教会は聖女と賢者を預かる組織であり、国に属するのでなく女神に属する。それこそがルールですので、組織として介入することはあり得ないのですよ。私はあの連中が大嫌いですが……その『信仰を守る』という一点のみは認めています。ですから、個人的な気まぐれで国の争いに介入するなど……まあ、あり得ませんな」
「……しかし、なら、なぜうちの兵が消されているんだ?」
「簡単な話です。自衛のためですよ。ただただ降りかかった火の粉を払った……それだけのことです」
ノックス家当主の言葉に、侯爵は納得したように頷いた。
「となると、賢者と奴らを引き離すしかないな。あと公爵家のジジババもか」
「ええ、そうですよ。こちらとしては各個撃破といきましょうか。……まずは、ベゼラ妃からといきましょう」
ノックス家当主の口元が、僅かに吊り上がった。




