第十七話 真夜中のお茶会
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「は〜っ……やっと帰ってこれました。もう生きた心地がしませんでしたよ」
ベゼラは胸に手を当てて、ホッと大きなため息をついた。
その様子に賢者は、呆れたように小さく肩をすくめる。
「何を言っているの。その気になれば瞬殺できるくせに」
「賢者様と一緒にしないでくださいね」
「……で、この部屋は大丈夫なんだね?」
「大丈夫です。遮音と、魔力遮断を張ってます」
「それは地下にもかい?」
「地下??……あっ」
「この部屋の下には、同じような空間があるよ。避難用の隠し部屋みたいなものだと思うよ」
ベゼラがハッとして床を見つめると、賢者は地下へ続く隠し扉の気配を察知していた。
「本当です……! 下に行く入り口が、こんなところに。下まで張るほうがいいですね」
「なら、いっそ下の部屋で話しようか。そのほうが何かと楽だ」
「楽??……」
「そう、楽。とりあえずもう1枚防護壁を張っておこうか。後は……さあ、いくよ」
賢者が短く呪文を唱えると、二人の姿がすっと気配ごと空気中に溶け込んだ。
二人は姿を消したまま、部屋の隅で静かに息を潜める。
――すると直後、ドカドカと勢いよく侵入者たちが部屋へと踏み込んできた。
彼らは目につく家具をなぎ倒し、手当たり次第に物を壊しながら荒々しく室内を探しまわる。やがて奥にある隠し扉を見つけると、雪崩を打つように地下へと雪崩れ込んでいった。
その瞬間、賢者は手元で静かに結界を発動させ、地下に入った侵入者たちをまるごと閉じ込めた。
「何だか凄いことになってますよ……」
メチャクチャに荒らされた部屋と、地下へ消えていった刺客たちの凄まじい暴れっぷりを目の当たりにして、透明になったベゼラが引きつった声で呟く。
「やっぱり来たんだね。部屋に誰もいないと思ったら、やっぱり地下に向かったね。あの部屋は隠し部屋にはならないようだね。後、遮音も甘かったね」
「……反省してます」
「とりあえず、あいつらは出てこれない様にしてあるし、外には響いてない。外に誰もいない? 誰か見てるものがいないか確認して」
ベゼラは即座に索敵の魔術を走らせた。
「……大丈夫です。誰もいません」
「なら、何をしても見つからないね。遮断壁お願い。それと、私が戻って来るまでに部屋を元通りにしてお茶の用意をしててね、また別のお客様がくるよ」
「はい! え?……わかりました」
ベゼラが念入りに部屋全体の遮断壁を補強したのを確認すると、賢者は地下へ向かう。
ベゼラは魔力を使い、せっせと部屋を元通りにして、机の上にお茶とお菓子を準備をしていると、ほどなく賢者は戻ってきた。
「相変わらず見事なものだね」
「それくらいしか私には出来ません」
「そんな事はないよ。凄いものだよ」
賢者は感心したようにうなずきながら、ベゼラの淹れたお茶の香りを静かに楽しむ。
「それにしても。私の所まできます?」
「まあ。うまく行けば、私も一緒にって算段だよ」
「それは無理ですよ」
「それは向こうは知らないんだよ。賢者を見たこと無いんだから。何にしても地下室があったおかげで助かった。綺麗に片付いたしね」
「これが、さっきの楽!ですか?」
「そう。こんなに早く来るとは思ってなかったよ。それより早くお茶とお菓子を」
「はいはい。すぐ用意しますよ。もう、夜中なんで。少しだけにしましょうね」
「如何ですかな? 賢者様、姫様」
ベゼラがちょうどお茶と甘味をテーブルに並べ終えたところへ、静かな足音と共に影からぬっと姿を現したのは、公爵家の執事長と侍女長であった。
「あ! 執事長と侍女長。ちょうど、お茶するところですよ」
「なら、私達もご相伴にあずかるといたしましょう」
「ええ、美味しそうなお菓子ですこと」
二人は何事もなかったかのように優雅に一礼し、席に着こうとする。だがその時、賢者がふっとカップを置き、入り口の扉へと視線を向けた。
「……ベゼラ、また来るよ」
「え、またですか??」
「大丈夫ですよ、姫様」
「ご無事ですか?? ベゼラ妃様――ッ!!」
**バァンッ!!**と扉が豪快に蹴破られ、武器を握りしめた王国騎士団の男たちが勢いよく部屋へ雪崩れ込んできた。
先行した者たちからの連絡が途絶え、不審に思った騎士たちは状況確認のため踏み込んできたのだった。
――しかし、隊長の威勢の良い叫びは、次の瞬間、絶句へと変わった。
「……!? ……!? 何もない……??」
騎士たちは開いた口が塞がらないまま、目を限界まで見開いて室内を見回す。
先ほどまで配下の刺客たちが暴れ回り、荒れ果てていたはずの室内は、傷一つなく美しく整えられている。荒らした痕跡も、先に送り込んだはずの者たちの姿も影も形もない。
ただ静まり返った部屋の中で、重鎮たちが優雅にお茶会を楽しんでいるだけだった。
呆然と立ち尽くす騎士団に対し、執事長が一杯のお茶を嗜みながら、心の底から不思議そうに声をかけた。
「……こんな夜分に、如何されましたかな?」
「不審者が王宮に入り込み、こちらに向かったとの報告を受けた。誰か他に見ていなかったか? それとも、貴様らか! 一体こんな時間にベゼラ妃様の部屋で何をしているんだ!!」
必死に怒鳴るのを抑え、焦りを隠しながら問う騎士隊長に、執事長と侍女長は示し合わせたように優雅に一礼してみせる。
「私どもは、鈴蘭宮でのお世話を仰せつかっております。公爵家執事長と、侍女長でございます」
「こちらは、聖女様の教育係の賢者様であられます」
「ベゼラ妃様とは、旧知の仲でございますゆえ、お茶をいただいております」
侍女長がにっこりと完璧な淑女の微笑みを向けると、名指しされた騎士たちは青ざめた。
「……念のため、すべて確認させていただきます。地下室も確認させていただきます!」
引くに引けない隊長はそう吐き捨てると、部下を地下へと捜索に向かわせた。
だが、暗闇の地下空間を調べに戻ってきた部下は、青ざめた顔で力なく首を振る。
「……何か見つかったか?」
「いえ……何も、チリ一つ落ちておりません」
「っ……!? くっ、失礼した!!」
夜中に妃の私室へ乱入した挙句、何の証拠も出せなかった騎士たちは、蛇に睨まれた蛙のようにひっと息を呑み、ぐうの音も出ないまま尻尾を巻いて退散していった。
扉がパタンと閉まり、パタパタと走り去る足音が遠のいていく。
バタバタとした嵐が過ぎ去り、部屋に再び穏やかな静けさが戻ると、執事長がそっと腰を浮かして深く一礼した。
「お疲れ様でした。賢者様、姫様」
「私は何もしてないよ」
首を振るベゼラに、執事長は温かい眼差しを向けながら穏やかに微笑む。
「そんな事はございません。踏み荒らされたはずのこの部屋は、全くの元通りではありませんか。これは姫様にしか出来ませんよ」
「そうだね。私でもここまでは完璧には出来ない。紛れもなくこれは姫自身の力だよ。森に愛された一族、その中でも一部の者だけがもつものだよ」
賢者も頷き、自分のカップを傾けながら言葉を重ねる。
「そうでございますよ、姫様。実際、姫様にしか精霊樹は育てられません。私たちもいただいた株をダメにしております」
侍女長も優しく微笑みながらお菓子をベゼラの皿へ取り分けた。
「姫様のその再生する力、守る力をご自身で信じてくださいませ」
「……執事長、侍女長……賢者様まで……」
身近な重鎮たちから注がれる温かな肯定と信頼に、ベゼラは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。照れくさそうに伏せ目になりながらも、彼女はそっとカップを手に取り、嬉しそうに一口口に含むのだった。




