第十二話 シャルロッテ 新たなる一歩
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「ここは……どこ……?」
重く閉ざされていたまぶたをゆっくりと開けると、見慣れた、けれど少しぼやけた天蓋が視界に入った。
かすれた声で呟くシャルロッテに、ベッドの傍らに控えていた侍女のマリーが、弾かれたように顔を上げた。
「お目覚めでございますか?ここは鈴蘭宮のイウローネ様の寝室でございます。まだお身体は起こさないでくださいね。皆様を呼んでまいります」
そういってマリーは安堵の表情を浮かべ、急ぎ足で部屋を出た。
静寂が降りた部屋で、シャルロッテはぼんやりと天井を見つめながら、途切れた記憶をたどろうとする。
しばらくすると、足音が近づき、国王、イウローネ、医師、賢者の4人が部屋へとやってきた。
「目が覚めたか?気分はどうだ?」
ベッドを覗き込む国王ヴェルナードの顔には、深い安堵が滲んでいた。しかし、シャルロッテの心にあるのは自身の体調よりも、あの祝宴での惨劇のことだった。
「お父様、お母様、あれからいったいどうなったのですか?皆は無事なのですか?」
矢継ぎ早に尋ねるシャルロッテの言葉に不安も焦りがにじみ出ていた。
「落ちついて、シャル。皆無事よ。誰一人亡くなっていないし、怪我をした者も全員綺麗に治ってるわ」
「……よかった……」
心底ほっとしたように息を吐き出すシャルロッテに、イウローネは少しだけ困ったように微笑んだ。
「でもね、あなたは3日間寝ていたの」
「え??3日間も???」
驚いて目を丸くする娘の頭を撫でながら、イウローネは優しく娘の手を握り、静かに語り始めた。
「シャル、あの後ね。このままでは間に合わないと思って、私は会場全体へ治癒魔法をかけたの。一時的に傷を癒やして、皆が逃げられるようにね」
「でも、その時だったわ。私の魔力に反応して、あなたの魔力が暴走したの」
「貴女の魔力で全員が完全回復して、あの黒いモノも消し飛ばしてしまったのよ」
「その魔力は暴発してしまったけど、間一髪のところで防御壁をはってくれたおかげで、誰一人怪我はなかったわ」
「ただ、公爵邸は半壊してしまったけど」「そして、貴女は気を失ってここにいるの」
「そんな……。」
シャルロッテの瞳から涙が零れ落ちる。
「また……私……。」
「どうして……また皆に迷惑をかけてしまうの……。お父様、お母様…もうしわけありません……」
震える声で謝罪を口にするシャルロッテの手を、イウローネはさらに強く、温かく握りしめた。
「そんな事ないわ、シャル。貴女のおかげで全員が完全回復したのよ。それで全員逃げれたのよ。あの回復は私でも無理だったわ。ありがとうね」
「でも……私……」
なおも俯くシャルロッテに、腕を組んで静かに成り行きを見守っていた賢者が、淡々とした、しかし力強い声で告げた。
「失敗すればいい。そのため皆がいる。私もいる。あなたの失敗位、皆でいくらでも支えられる」
その飾らない言葉に、シャルロッテはハッと顔を上げた。賢者の瞳は、決して揺らぐことのない信頼を湛えていた。
「……ありがとうございます……賢者さま。…少し1人にしてください」
「わかった。何かあればすぐに呼ぶんだ。わかったな」
ヴェルナード王も深く頷き、医師や賢者と共に踵を返す。
「お嬢様、必ず声をかけてくださいね」
マリーが心配そうに付け加え、皆が部屋をでる。
再び静まり返った部屋で、シャルロッテは一人、溢れる涙を拭い続けていた。
しばらくすると、扉をノックする音が響いた。コンコン。
「マクシミリアンです。はいるよ」
扉の隙間からひょっこりと顔を出したのは、異母弟のマクシミリアンだった。
「シャル姉さん……起きて大丈夫?」
「ミリアン……来てくれたの? 心配かけてごめんね」
無理に笑顔を作ろうとするシャルロッテに、マクシミリアンは少し怒ったように眉を寄せた。
「何言ってるんだよ……。僕たち家族じゃないか。心配するのなんて、当たり前なんだよ」
「ありがとう、ミリアン」
「なんだよ、シャル姉さんらしくないなぁ。いつもみたいに笑ってよ」
屈託のない弟の言葉に、シャルロッテの胸を縛り付けていた自責の念が、ふっと軽くほどけていく。
「ふふっ……ほんと、ミリアンは。お姉ちゃん、頑張るね。ありがとう」
「うん! それでこそシャル姉さんだ!」
安心したように満面の笑みを浮かべると、マクシミリアンはパタパタと手を振った。
「じゃあ、僕、戻るね」
弟の優しい背中を見送った後、シャルロッテはふっと小さく息を吐き出した。
(私……下を向いてばかりじゃ、ダメなんだ……)
あの激しい暴走によって公爵邸は半壊してしまった。
でも生きて無事に王宮へ戻ってくることができた。
恐怖や不安が消えたわけではないけれど、守るべき家族が、信じてくれる人たちがいる。
シャルロッテはゆっくりと毛布を退けると、震える足をしっかりと床につけた。
もう逃げない。
母のように、強く、優しく――自分の足で歩き出すために。




