閑話 執務室にて <アルレリウスSide>
溜まっていた仕事をこなしながら、ふと手が止まると目が自然に一点に向かってしまう。
机の前に飾られたココちゃん人形。
タワシのような丸い塊に目がつけられた不思議な人形だが、これをかわいいと言うあなたのほうがかわいいと告げたら、彼女はどんな顔をするだろうか。
ねぇヘカーディア、あなたは表情はあまり動かないけれど、その水色の大きな瞳はとても感情豊かだということを知っているかい?
執務室には関係者以外入れないように徹底させているが、それ以外の場所では色々うるさくて仕方がない。
ミケラート伯爵令嬢以外にも、私の婚約者の座を目的に、少しでも近寄ろうとしてくる令嬢はいる。
ただし、大方はフェルディナント兄上が王位を継ぐのが有力と見て、そこまで私に取り入ろうとしてくる者はいない。
今私の周りに群がるのは、逆転を狙う野心家か、現状が見えない夢想家のどちらかということだ。
ミケラート家の現当主は野心家のようだった。
だが伯爵家一つで、継承争いの盤面をひっくり返せるほどの権力も財力もない。背後にどこかの有力貴族がついているとみるのが妥当だろう。
騒動の元凶であるカーサイス兄上は、真実の愛のお相手である男爵令嬢の家に婿入するため準備中だ。
結婚式も簡素に済ませる予定だが、まだ籍はいれていないため、諦めていない家もあるようだ。
王命より個人の愛を選び、公爵家をないがしろにして政局を混乱させた咎で廃嫡されたが、明確な犯罪を犯したわけでもない。
令嬢と別れさせれば、王太子への復帰も不可能ではないだろう。
当の兄上はそんな未練は全く無いようだが。
「ようやく我が愚弟が戻ったようだと聞いて顔を見に来たが、元気そうじゃないか」
フェルディナント兄上が、私の執務室を訪れた。
「兄上こそ、わざわざ足を運んでいただくほどのお暇があるようでしたら、もっと公務を詰め込まれてもよろしそうですね」
こんなやりとりをしているが、私たちの兄弟仲は普通によい。
兄上は部屋を見渡すと、私が持ち帰ったお土産に興味を持ったようだ。
「なにやら、変わったものが増えているな。それは何だ?」
「ココちゃん人形です。ポポイポラで売り出し中のキャラクターだそうです」
嘘はついていない。ヘカーディアが頑張っているからな。
「ポポイポラというと、おまえが滞在していた南の町か。そんなに目立った産業はなかった気がするが、楽しかったのか?」
「ココナッツがたくさんありましたよ。ココナッツは捨てるところがない良い素材でした。ココナッツの殻で作った食器など、南国風で目新しいかもしれません」
「おまえが熱弁をふるうとは珍しいな。何事も飄々とこなしていたやつが」
面白いものを見るように、私を眺めて兄上は笑った。
ココナッツのことになると力が入ってしまう。
これもヘカーディアの影響かもしれないな。
「それで、これは人形なのか?」
ココちゃん人形を手に取ろうとした兄上の手をさりげなく払う。
「ココちゃん人形です。これもココナッツの繊維で作られています」
「不思議な造形をしているな?」
「ええ、かわいいでしょう」
ヘカーディアの手作りですからね。
「かわいい…か?」
兄上は近くの机で補佐をしていたケネスを見た。
「タワシの妖怪も殿下にとっては大切な思い出の一つでございます」
「妖怪じゃない」
睨見つけるとケネスは目をそらした。
兄上は愉快そうに笑い声を上げた。
「なるほどなるほど。なかなか楽しい経験をしたようだ」
そして、私の耳元にで、意味ありげに囁いた。
「おまえまで真実の愛とか言い出さないでくれよ?」
「兄上!」
ははは、それではな、と兄上は去っていった。
恐らくヘカーディアの情報も、ある程度兄上のもとに行っているだろう。
いつまでも、気楽な第三王子の気分でいるわけにはいかないだと、改めて思い知らされる。
座りっぱなしも辛いので、少し歩こうと庭園に出たら、面倒なのに見つかってしまった。
「アルレリウス様〜」
全く懲りた様子もなく、ミケラート伯爵令嬢が近寄ってくる。
「アルレリウス様が城に戻られて嬉しいですわ。あのような何もない田舎町は退屈でしたでしょう?」
「退屈なのはあなただけだろう。私は有意義な時間を過ごせた」
ヘカーディアと顔立ちはよく似ているのに、よくぞここまで違う雰囲気になるものだなと感心する。
しかし私の視線をどう勘違いしたのか、ミケラート伯爵令嬢は頬を赤らめた。
「ヘカーディアもアルレリウス様のお手を煩わせることももうないでしょう」
「どういうことだ」
引っかかりを感じて聞き返す。
「家に戻して嫁入りさせると父は申しておりますわ」
伯爵令嬢は不愉快な笑い声を立てた。
「学園も出ておりませんけど、それでもよいと言ってくださる方はいらっしゃるそうですわ」
そんな事を言いそうなのは、年の離れた後妻かジジイか、碌でもない相手しかいないだろう。
実の姉なのに楽しそうに告げるこの令嬢に、心底ゾッとする。
「戻れと命令して果たして彼女は戻ってくるかな?」
「そんなもの、いくらでも手はあるとお父様が…あっ」
慌てて口を閉じたが、聞き逃がせることではない。
私は彼女に詰め寄った。
「どういうことか答えてもらえるかな?ミケラート伯爵令嬢」
「よ、よくは知りませんわ!ただお父様が無理やりにでも連れ戻せると」
それ以上詳しいことは彼女も知らないようだったので、もう用はないとさっさと振り切って執務室に戻る。
念のため、何かあったらすぐに連絡させるように、ポポイポラに部下を残しているが、何かあってからでは遅いのでは?
「馬を用意しろ」
「殿下?!」
ケネスはすぐに察して、止めにかかる。
「まだ仕事は山積みです。それに、そのために人も残してきております」
「顔を見て何もなければそれでいい。馬を飛ばせば1日で行って帰ってこれる」
気まぐれに慣れたケネスですら焦るほど、いつもの私らしくないとは自分でも思う。
だがこの胸騒ぎを押し込めたまま、城にいるのは到底無理だった。
夜通し馬を飛ばして町にたどり着くと、朝の喧騒とは違うざわめきがあった。
さらに不安を募らせ、ヘカーディアの家へと急ぐと、遠目に見えてくるはずの家がない。
さらに馬を急がせてたどり着くと、瓦礫の前にポツンと小さな背中が見えた。
馬の足音を聞いてもまるで反応がないその背に、恐る恐る声をかけて名を呼んだ。
「ヘカーディア…?」
やがてゆっくりと振り向いたのは、確かにヘカーディアだった。




