第3話 ココちゃんは王子様とともに
前世、日本ではゆるキャラなるものが人気だった。
それにならい、この町の土産物になるようなキャラものを作ろうとしたことがある。
材料はもちろん、ココナッツだ。
こう、目玉をつけて愛嬌のある顔にして。
「で、このようなものが生まれたと」
手にした殿下の肩は震えていた。
「これは…呪いの人形が何かかと、あ、いえ、なんでもありません」
ケネスさん、全部言ってます。
ココナッツの繊維を束ね、かわいいフォルムである丸い形にし、キョロンとした目玉をつけた。
ココナッツから生まれたココちゃん。
かわいいと思うんだけどなぁ。
この世界にはまだ早すぎたか。
「タワシの妖怪…」
ケネスさん、目をそらしても聞こえてましたよ。
さて、なぜ今ココちゃんをお披露目したのかと言うと、殿下がついに王都にお戻りになられるからである。
この南の地の思い出に、お土産を持ち帰っていただこうとしているのだ。
「こちらが殿下を直撃したココナッツです。食用にするには少し日がたってしまいましたが、飾っておくには大丈夫かと」
「まだ保管していたのかそれ」
素早くツッコミを入れつつも、ココナッツを手に取り感慨深げに眺めている。
「だがこいつのおかげで、私はあなたと出会えたのだな」
え、なに急に甘酸っぱい空気出しちゃってるんですか。ココナッツをそんな青春の重要アイテムぽくしちゃうとかさすが王族は違いますね。そんなキラキラしい微笑みで見つめてこないでください。なんかそこだけ世界が変わってませんか、さすが美形は違うよね。ていうか、この人ほんとにとんでもなくイケメンだな、ココナッツですら輝いてきた気がするし動揺なんかしてないし!
あまり仕事をしない私の表情筋ありがとう。
心の中で百面相する私には気づかないようで、殿下はさらにココちゃんを手に取った。
「もちろんこれも持っていくよ。あなたが作り出した人形だからね」
殿下の微笑みと並んで、ココちゃんが何か神々しい妖精に見えてきた。
「呪物アイテムがまるで聖獣のようになった」
ケネスさん、心の声が完全に出てます。
「でもこれでもう、殿下とお会いすることもなくなりますね。正直…少しさびしいです」
ちょっとくらい本音を出してもバチは当たらないだろう。
そもそも王子様と平民が、直接言葉を交わすのだって異常なことなのだ。
「ん?これきりにするつもりは全くないけど」
私の感傷を、殿下は正面からぶった切ってきた。
「でも寂しいと思ってもらえて嬉しいな」
子犬のような人懐っこい笑みでそれはもう嬉しそうにニコニコした。
「久しぶりに見た必殺王子スマイル」
そうなんですねケネスさん、確かにこれは眩しすぎます。
「私はこの土地を気に入ったし、またどうにかして訪れたいと思っているよ。その前に片付けなければいけないことも少々あるけれど」
殿下がこの地の領主様になってくれたら、きっと暮らしやすいだろうなぁなんて、そんな夢を見た。
殿下たちがいなくなった日常は、今までと同じはずなのにとても静かだ。
静かすぎて忘れてしまいそうだが、私には実家の問題があった。
殿下が調べてくれたところによると、私は除籍されておらず、病弱で領地から出られないということになっているらしい。外聞を気にするあの家らしいとも言えるが、そうなるとやはり強制的に連れ戻される可能性があるということだ。
他人の領地であるここで、おおっぴらに連行などはしないかもしれないが、不安なことにはかわりない。
ココナッツを割る手も止まりがちだ。
一度、ミケラート家からの使いだという人間が訪れた。
家に戻るように、という父からの命令をその場で拒み、手紙はすぐ燃やした。
でももう場所を知られてしまった以上、こんなことが繰り返されるだけだろう。
手紙などという穏便な形で済んでいるうちはいいが、どんな強硬手段に出てくるか分からない。
不安はそのうちに形となって現れた。
夜に堂々と、ならず者たちは我が家に押しかけてきたのだ。
「俺達と来てもらおうか。とある高貴な方がお前を連れてこいとご希望でな。おとなしくしていれば俺達も手荒なことはしないさ」
髭面の、いかにも荒くれ者といった男たちが私を見下ろす。
「おっと、逃げようとしても無駄だぜ。あんたが来なければ、俺たちの船が町を攻撃する」
「そんなことをすれば、騎士団が黙ってないでしょう?」
「別に戦争をおっぱじめるわけでもねぇ。撃って逃げれば終わりさ」
男はずい、と一歩踏み込んだ。
「あんたが来なければ町の誰かが死ぬ。それだけの話だ」
「依頼主は誰なの」
「あんたがよく知ってるんじゃないのかい?家出した娘を連れ戻すのに、俺達みたいなのを使うたァお貴族様もやることが怖いねぇ」
どっと男たちが笑う。
「おしゃべりは終わりだ。とっとと来てもらおうか」
男の声に苛立ちが混じり始めた。
「魔法が使えるのは聞いている。これをつけさせてもらうぜ」
男が手にしているのは魔封じの首輪。
あれをつけられたら力では敵わなくなる。
これ以上時間稼ぎをしても無駄だと判断して、私は次の行動に移った。
ダン!と地面を打ち抜くように、足裏を打ちつけた。
衝撃でふわりと周りのものが浮き上がる。
「うわっ」
男たちの身体も一瞬浮いてバランスを崩す。
そこを狙い、体勢を整える前に素早く拳を腹に打ち込んでいった。
倒れ込んだ男たちはその馬に放置して、急いで浜辺に出る。
月明かりに、少し沖に見慣れない船が停泊しているのが見えた。
私はマイココナッツを振りかぶり、狙いを定めた。
「そぉいッ!」
私の手から放たれたココナッツは、砲弾のように空気を切り裂いて飛んでいった。
ゴォンと爆発に似た音がして、ゆっくりマストが倒れていくのが見えた。
これで船の操縦は難しくなったはず。
「やった!」
「小娘ェ!何しやがった!」
私の声と同時に、復活した男が背後から怒鳴りつけてきた。
私はもう一個ココナッツを手にすると、地面に叩きつけた。
すぐ足元で爆発が起きたようなものだ。
男たちは吹っ飛び、地面や木にしたたかに体を打ちつけて気を失った。
家の近くでやったせいで、私の家も、倉庫代わりにしていた物置も崩れ落ちていた。
瓦礫の山からロープを引っ張り出し、男たちを縛り上げると、砂浜を引きずって町へ向かった。
町から浜へ出てきていた自警団の人たちと出会い、男たちを引き渡して事情を説明する。
また改めて事情を話すことになって、今夜はとりあえず私は解放された。
とは言え、家は崩れて寝る場所もない。
家があった場所まで戻ると、瓦礫の山の前に座り込んだ。
瓦礫と、辺りに散らばったココナッツが、なんだかとてもシュールで笑いが漏れた。
「はは…」
自分の声じゃないみたいだ。
頑張って生きてきたのにな。
静かに平穏に暮らしたいだけなのにな。
とても疲れを感じて、朝までそこに座り込んだままだった。




