第2話 ココナッツの繊維はこんなことにも使えたよ
「面倒な客が王都から来ていてね」
ココナッツの繊維を無心にむしっている私に、殿下はすっかり慣れた様子で話しかけてきた。
「へえ、殿下が面倒がるなんて、どんな方なんです?」
「そうだね、例えば今まで気にもかけなかったのに、王位がちらついた途端すり寄ってくるような者とかね」
いつもの殿下とは違う、唇の端を薄く上げた笑みとともに答えが返ってきた。
「それは面倒ですね。でもある意味わかりやすいかも」
とは言え、『できそこない』として外に出ることもなく、社交界デビュー前に出奔した私には、貴族社会のあれこれはあまりピンと来ない。
記憶にある身近な貴族である家族も、前世の記憶持ちの自分からすると、選民思想を拗らせたプライドの高い人たちでついぞ馴染めなかった。
そんなことを思い出しながらココナッツの繊維を束ねていると、普段感じない振動が伝わってきた。
やがて、こんなヤシの木だらけのジャングルみたいなところには似つかわしくない、豪奢な馬車が向かってくるのが見えた。
嫌な予感しかしないので、私は積まれた樽の陰に隠れるように移動した。
「アルレリウス様ぁ〜こちらにいらしたのね!」
馬車から飛び出してきたのは、およそ場違いなドレスの令嬢。
「アルレリウス様がこの町の平民と交流されてるとお聞きして、参りましたの」
それにしても、と令嬢は扇を広げて眉をしかめる。
「平民の視察をなさるのは大事ですけれど、さすがにこのようなところはいずれ王になられる方には相応しくないんじゃありませんこと?」
殿下のまとう雰囲気が変わったことが伝わってきた。
「君にそのようなことを言われる筋合いはないよ、ミケラート伯爵令嬢」
「そんなことおっしゃらないで。王に相応しいのはアルレリウス様。そしてその隣に相応しいのは、光の乙女たるわたくしですわ」
あああああ、やっぱり嫌な予感は当たった。
5年ぶりだが、妹のマルグレーテだ。
生まれてこの方チヤホヤされて育ってきた妹は、自己評価がとてつもなく高かったが、それもまったく変わっていないようだ。
「すべてが見当違いだよ。私の隣に誰が相応しいか決めるのは私であり父である陛下だ。あなたにそんな権限はない」
ピシャリと言い捨てられても、マルグレーテはまったく臆する様子もなく、あたりを見渡して声をかけてきた。
「そこの平民、お前はここで何をしているの」
見つかってしまってから逃げるわけにもいかず、うつむきながら私は振り返った。
「みすぼらしい平民のくせに…え?その顔…」
自慢じゃないが私たち姉妹は顔はよく似ている。
だからなおさら、似た顔で『できそこない』なのが許せないと何度罵られたか。
「まさか、ヘカーディア?」
貴族なのにそんな表情を人前でするもんじゃないわよ。
しかも殿下の前で。
「どうして『できそこない』がこんなところに!」
掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ろうとしたが、殿下たちがそばにいるのを思い出したか、マルグレーテは扇を握りしめてとどまった。
「アルレリウス様!こんなできそこないが、あなたのお側にいるなんてありえませんわ!」
「黙れ」
初めて聞く殿下の声だった。
「あなたは先ほど、私の隣がどうのと言っていたが、少なくとも面と向かって人にできそこないと言うような人間が、王族の一員に相応しいとは私は思わない」
いつもはやわらかな光をたたえたティールグリーンの瞳が、氷のような冷たさを持ってマルグレーテを睨みつけた。
「これ以上騒ぎ立てるなら、正式に伯爵家に抗議する」
「……ッ!」
わなわなと口を震えさせながら、しかし声を出すことができずに、マルグレーテはキッと私を睨みつけてから馬車に乗り込んで帰って行った。
「…もしかして、アレが、面倒な客ですか?」
「そうだよ。君にも不快な思いをさせてしまったね」
「いいえ、久しぶりではありましたけど、昔からああでしたから慣れています」
できそこないと呼ばれるのも見下されるのも、慣れた思い出だ。今さら傷つくほどの情もない。
だがどうしてだか、殿下のほうが傷ついたような顔をしていた。
「やけに自信満々でしたが、もしかしてアレとご婚約を?」
「それはない!」
殿下はかぶせ気味に否定してきた。
「私に婚約者がいたことはないんだ。自由に決めればいい、とのんびりしていたこともあってね。そのせいで今になって、纏わりつく者たちが増えてうんざりしている」
「それはまあ、ご愁傷さまです」
このお顔と身分だもの、そりゃああわよくばと思う令嬢は多いだろう。
そうか婚約者か。
殿下は王族だから、いずれふさわしい方を娶るだろう。
ココナッツの繊維をむしりながら考えていたら、どうやらぼんやりしていたらしく、ココナッツをいくつか粉々に割ってしまっていた。
最近は力加減を失敗することはなかったのに。
砕けたココナッツの破片を見て、ケネスさんが何とも言えない顔をしていた。
殿下たちが来ていないタイミングを見計らったのか、マルグレーテの襲撃を受けた。
今日も今日とて南国風景にそぐわないゴテゴテとしたドレスを着て、砂の上に立っている。
そもそも暑くないのかな?
キャンキャン喚き立てるマルグレーテを前に、私の思考は別世界に飛び立とうとしていた。
「なんで『できそこない』がアルレリウス様のお側にいるのよ!あんたのせいで、あんな怖いお顔をされてしまったじゃないの!」
それは自業自得じゃないですかね。と思ったが黙っていた。
「許せない!あんたを連れて帰って、お父様にどこかのジジイにでも嫁に出してもらうわ!」
それは困る。というか、除籍されてないのかな?
マルグレーテの指示を受けて、使用人たちが私を捕まえようと近寄ってきた。
こんな小娘一人、わけないと思っているのだろう。
私はココナッツの繊維の束を掴み取ると、高速でちぎった。
突然予想外の動きをされ、使用人たちは動きをとめる。
「悪いけど、私は帰るつもりはないのよ」
キッパリ宣言をして、「そぉい!!」掛け声とともに繊維を地面に叩きつけた。
ボフン!
土煙と細かく千切られた繊維が混じり合って辺りに舞い上がる。
名付けてココナッツ煙幕!
「ゲホッ!なにこれ!」
マルグレーテの悲鳴を背に、私は走って逃げた。
たぶん細かく千切られた繊維が、服や髪に入り込んで、そりゃあもうチクチクするんじゃないかなー。
これに懲りてくれたらいいんだけどなー。
あれからマルグレーテは王都に戻ったらしかった。
しかし居場所を知られてしまった以上、何らかの接触はしてくるだろう。
「だから引っ越ししなきゃだめかなーて思うんですよね」
ガゴンガゴン
今日はココナッツの繊維を、棒で叩いて柔らかくする作業をしている。
ココナッツは中の実から外皮まで、余すことなく使える優秀な素材なのだ。
「ここから離れて別の土地へ行くつもりなのか?」
ガゴンガゴン
同じように棒で叩きながら、私の悩みを聞いていた殿下が尋ねる。
こんな、村人と同じ作業してくれる王族ってそうそういないよね。
「でもこの土地好きなんですよね。私ココナッツ好きですし。ここの料理も口に合うし。だからとても惜しいんですけど」
ガゴンガゴン
そう、私はココナッツが大好きだ。
そこら中に生えてて、年中収穫できて、私の身体強化魔法が余すことなく役に立つ。
「そうか、この土地か…」
殿下は何やらブツブツと考え始めた。
王族は色々考えることあって大変そうだよね。
のんびりこのまま、この南の地でココナッツ採って割って食べて暮らしていけたらいいのに。
ガゴンガゴン
いつも通りの音に、いつもとは違う事を考えながら、私はココナッツの繊維を叩き続けた。




