第1話 ココナッツが頭を直撃した王子様を砂浜で拾ったら
異世界恋愛は初めての投稿です。
完結まで執筆済み。
1日1話ずつ投稿していきます。
よろしくお願いします。
生前、私はココナッツが好きだった。
いや、生前って言うと今死んでるみたいだな。
ああ、そうだそうだ、前世、前世で私はココナッツが好きだった。
前世とかサラッと出てくるあたり、ご想像のとおり私は元日本人だった記憶を持って、異世界に転生した。
異世界なのは間違いないと思う。魔法があるし。
なんで今こんなことを考えているかと言うと、軽く現実逃避中だからだ。
砂浜に立つ私の足元には、それはそれはきらびやかな王子様が倒れていた。
実際の身分は分からないが、こんなにキラキラした男の人、王子様かそれくらい身分の高い人しかありえないと思う。
周りを見ても、お供らしき人はおろか人っ子ひとり誰もいない。
私はそっと王子様(仮)にふれてみた。
息はあるようだ。よかった。
近くにココナッツが転がっていたので、たぶんこれが当たって気を失ってるんだと思う。
さて、面倒事には関わりたくはないが、王子様(仮)を砂浜に放置しておくわけにもいかない。
仕方なく、私は王子様(仮)の身体の下に腕を差し入れ抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
うら若き乙女が、ヤシの茂る砂浜で王子様(仮)をお姫様抱っこしているという、シュールな絵面だが仕方ない。
おそらく高貴な身分であろうこの人を、引きずって行くわけにはいかないし。
普通の女子なら引きずるのも骨が折れるだろうが、私には身体強化魔法が使えた。
男性一人抱き上げるなど、ココナッツを抱き上げるのと変わらない気軽さだ。
そのまま、私が一人暮らしをしている小さな家へ運んだ。
彼が目を覚ましたのは、それからまもなくだった。
戸惑いと警戒の色を隠さない彼に、私は簡単に説明した。
「…というわけで、あなたをここに運んだんです。あ、ちなみにこのココナッツがたぶんあなたの頭を直撃したやつですが、記念にお持ちになります?」
「なんの記念だ」
ツッコミが早い。意識はしっかりしているようだ。
「あ、いや、ええと…助けてくれたことは感謝する。私はアルレリウス、この国の第三王子だ」
本当に王子様だった。
明るいティールグリーンの瞳は王族に連なるものの証。
その色をまっすぐ私に向けて、彼はそう名乗った。
「お召し物からも高貴な方だろうとは思っていましたが、やはりそうでしたか。ではすぐにでも連絡して、迎えを呼ばなければいけませんね」
行き倒れの王子様なんて、厄介ごとの匂いしかしない。早々に立ち去ってもらいたいところだ。
「いや、待ってほしい。あなたには申し訳ないのだが、少し時間をもらえないだろうか?」
「あの、でもここには何もありませんし、殿下の行方を捜してらっしゃる方もたくさんいるのでは?」
「それなのだが…」
殿下が語ったところによると、この南の地には視察として訪れたのだが、船に乗って港の周辺を見て回る予定だったのが、不審な船が寄ってきて賊に襲われ、殿下は海に落とされたのだという。
溺れそうになりながらもなんとかこの浜にたどり着いたところで、衝撃を受け気を失ったと。
つまり、溺れかけた王子様にとどめを刺そうとしたのか、ここのヤシの木が。
さらに言うと、賊は偶然ではなく、政敵の差し金である可能性も高いという。
「え、ならなおさら早くお戻りになられたほうが安全なんじゃ」
「ここの領主がそもそも私の敵か味方か分からない状況なのだ。もし敵であれば、知らせを握りつぶして私を行方不明のまま処理する可能性もある」
「でも自分の領地で第三王子が行方不明なんてことになったら、領主の責任も出てくるんじゃないですか?それこそ敵につけ入る隙を与えるようなものじゃないかと思うんですけど」
「あなたははっきり物を言うな」
ティールグリーンの瞳が、再びまっすぐ私を見つめていた。
「申し訳ありません。ご無礼をお許しください」
慌てて私は頭を下げる。相手は王族だ。
「ああ、違う。責めたのではない。先ほどからのあなたの話し方や態度を見るに、ただの平民とも思えないのだが、名を聞いてもよいだろうか?」
「名乗るのが遅れて申し訳ありません。わたくしは、ヘカーディアと申します。確かに貴族籍にいたこともありますが、今はただの平民でございます」
「ヘカーディア…確かミケラート家にそのような名の娘がいたような気がするが」
ミケラート伯爵家。古くからの名門、輝かしき血の家門とも呼ばれる。
その由来は、代々魔力の高いものが多いこと、特に光魔法に長けた聖女とも呼ばれる存在を数多く輩出してきたことからその名で呼ばれている。
私はその名門にあるまじき、『できそこない』だった。
使えるのは身体強化だけ。
2つ上の姉と、1つ下の妹はともに強い光魔法の適性を示し、余計に私はできそこないとして、家の中でも無い者のように扱われてきた。
幼い頃に前世の記憶を思い出してからはなおさら、彼らからの扱いの冷たさがよくわかり、早い段階で家を出ることを決意していた。
そうしてコツコツ貯めたお金を手に出奔し、この南の地までたどり着いて暮らしている。
予想通り、彼らは『できそこない』を探しだそうとはしなかったようで、今の今まで平穏に暮らしていた。
身体強化魔法は、平民として生きていくにはなかなか便利な魔法だった。
ヤシの木に登って実を取り、軽々と割って中身を取り出せる。
そうやって、私は主にココナッツ売りで生計を立てていた。
なので今さら貴族に関わりたくないのです、ということを遠回しに含めつつ身の上を説明してみたのだが、殿下はにっこりと微笑んで聞き流した。
「ヘカーディア嬢、あなたはとても逞しいのだな。迷惑をかけるのは百も承知だが、しばらく私をここに置いてくれないだろうか?」
王族にお願いされて断ることができるだろうか?
無理である。
そもそもなぜ第三王子が襲われたのか。
第一王子が王太子として決まっており、能力も人柄も特に問題もなく、政情は安定していたはずだった。
ところが風向きが変わったのが、王太子カーサイス様は何をトチ狂ったのか「真実の愛」とやらに目覚め、公爵令嬢との婚約破棄を宣言してしまったのだという。
何やらかしてんだ王太子。
そのあれやこれやでカーサイス様は廃嫡となり、第二王子フェルディナント様と第三王子であるアルレリウス様と、どちらが王太子になるかで荒れているのだという。
「とはいえ、私自身はフェルディナント兄上が王位を継ぎ、私はその補佐でよいと思っているのだ。もともとフェルディナント兄上は、カーサイス兄上の補佐となるべく教育を受けていたからな。私は臣籍降下する予定だったのだ」
だがそうはいかなかったのが、アルレリウス様の母君の側妃とその実家である侯爵家の意向だった。
「大変野望…いえ、上昇志向のお強い方々なのですね」
「ははは、気楽に話してくれてかまわない。無理を言っているのは私の方だからな」
見た目はザ・王子!な、まばゆい金髪に明るいグリーンの瞳で、神様の奇跡かな?というくらい整ったお顔立ちのアルレリウス様ではあるが、中身はまあまあ気さくな方だった。
「久しぶりの敬語で舌がつりそうだったんで、そう言ってもらえるとありがたいんですけど」
シュパーンと手刀でココナッツの上部を切り、ココナッツウォーターを取り出してから中身を削り取っていく。
私たちは今、作業しながら話している。
「そなたの魔法、見事なものだな」
「ありがとうございます。でも貴族の令嬢としてはできそこないですから」
「見た目の華やかさが優先されがちではあるからな」
アルレリウスは、目の前で慣れた手つきでココナッツを割っていく、この不思議な娘を眺めた。
肩ほどで切り添えられた茶色の髪、淡い水色の瞳。
日に焼けた肌や働くことを知っている手は、どこから見ても平民の娘にしか見えない。
だがどことなく仕草には品の良さが見え隠れしている。
冷遇されていたとは言え、貴族の娘が家を出て生活できているのも驚きだ。
身体強化魔法をできそこないだと本人は言うが、常時展開している魔力量はおそらく桁違いだ。
その育ちのせいで、自己評価が低いのだろう。もったいない。
王都に彼女を連れていけば、騎士団、魔道士たちも、きっと興味を持つだろう。
だが、なんとなく、それは面白くない気がした。
捜索隊がここまでたどり着いたのは、3日後のことだった。
都合良かったのは、捜索隊のリーダーが殿下の腹心の部下だったことだ。
これで王子様はお城に帰り、私にはせいぜい後日いくらかの謝礼が届くくらいだろう、とホッとしたのだが。
「戻らないとはどういうことですか殿下」
「私は怪我をしてしばらく動けない、と噂を流してほしい。今回の件が偶然なのか誰かの差し金なのか、もう少し情報が欲しい」
「殿下自らが囮になるのは危険すぎます!しかも、ここに滞在する必要は…」
そう言って、腹心の部下だという騎士はちらりとこちらを見た。
そうですよね、平民の娘の、しかもこんな小屋に王子様を置いておくなんてできませんよね!
しかし私の期待も虚しく、王子様はもうしばらくこのあばら家に滞在なされることに決まった。
おかしくない?
殿下を狙うものは、よほど短気なのか焦っているのか、翌日の夜にはもう襲撃してきた。
「殿下、馬が数頭向かってきています」
私が告げると、殿下の腹心の部下であるケネスさんが怪訝な顔をした。
「なぜそんなことが分かる?」
「遠くの地面の振動も分かりますから」
女の一人暮らし、何も対策なしでは危ないからね!
家から出て、不審者たちの方へ身を潜めながら近づく。
「この先で合っているんだろうな?」
「さっさと始末して痕跡を消せ」
物騒なやりとりが聞こえる。
これは不審者で間違いなし。
私は手に持っていたマイココナッツを振りかぶると、不審者たちの方へ向けて叩きつけた。
ドオーンッ!
爆風と悲鳴と馬のいななきであたりはめちゃくちゃに混乱していた。
「今です!」
私の声にさすがは殿下の側近、ケネスさんは冷静になり、部下たちに号令を飛ばした。
馬から振り落とされた男たちは、あっという間に捕らえられた。
ぐるぐる巻にされた男たちの足元から少し先には、すり鉢状の大きな穴。
私がココナッツを投げつけた爆心地だ。
思ったより大きかったけど死人が出てないから大丈夫だよね。
振動と爆風で大量に落ちてきたココナッツに当たった人はいたし、驚いて馬たちは逃げたけど、一応怪我はさせないように配慮したつもり。
「これは一体なんだ?土魔法か?」
爆心地を見ながらケネスさんが首をひねる。
「いいえ、ココナッツです」
「ヘカーディア嬢の身体強化魔法の結果だよ。面白い使い方をする」
殿下は愉快そうに笑った。
「この者たちだけで黒幕の正体は暴けないだろうが、証拠の1つにはなるだろう」
捕らえた者たちは部下に引き渡し、王都に送られることになった。
「それで、殿下はなぜまだこちらに?」
「ほら、私は怪我でしばらく動けないし?」
私のジト目など軽くいなして、殿下は笑ってみせた。
ケネスさんも諦め顔だ。
しかし、さすがに殿下の所在が公になった以上、騎士たちが私の家で寝泊まりするわけにはいかず、領主の館に滞在することとなった。
これで殿下ともお別れ、王族を間近で見ることももうないだろう。
と思ったのに、なぜかきらびやかな王子様はまだ私の視界にいらっしゃる。
「王子様がわたくしのような平民のもとに通っててよろしいんですか」
「君のそのはっきり言うところも私には楽なんだ。もともと気楽な3番目だったからね」
「やんごとなきお方のお考えになることなど、わたくしのような下賤の者には及びもつきませぬ」
嫌味を込めて丁重に申し上げると、殿下は声を上げて笑った。




