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退屈した魔王は勇者になる様です。  作者: ナミ73
5章:遠征編
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55話:休息

 〜人間界〜


 長いこと魔導駆動車に揺られ、俺達は再び王城へと帰還した。

 いつもの如くハイネと廊下で別れた後、俺とフィリアは自室へと向かって歩いてゆく。


 到着と同時に肩を揺さぶられて起こされた俺は、未だに眠気を訴える目を擦りながら欠伸を噛み殺す。


「もう……そんなに眠たいってことは、やっぱり疲れてるんじゃないの?」


「そうかもな。今回は激戦だったし、何より長いこと泳ぎ過ぎた」


 気だるいといったことは無いが、フィリアの言う通り無自覚に身体は疲労しているのかもしれない。

 いつも早めに寝てはいるが、今日は特に休養が必要だろう。


「……にしても、やっぱりアンタはここ短期間で成長しすぎじゃない? 他の同期が知ったら卒倒するわよ」


 よほど急激な俺のレベル上昇に納得いかないのか、フィリアは半目で訴える。


「誰が何に卒倒するってんだ?」


「きゃあ!?」


 俺達の背後から唐突に現れたグリルが話に割って入ってきた。

 たしか入団式の前にも、このような光景を見たような気がするな。


「なんだ、グリルか。ちょうど話があったんだ」


「おう? お前から話なんて珍しいな」


 先程のフィリアとの話を誤魔化すように、上手く話題を逸らす。

 いや、グリルに言いたいことがあるのは事実だが。


「実は、今日の遠征で戦った相手が強敵でな……最終的に勝負を決めた技がお前から借りた"反逆斬(カウンタースラッシュ)"だったんだ。お前のスキルのお陰で勝てたのだから礼が言いたくてな」


 それを告げると、グリルよりもフィリアの方が少し動揺していた。

 あの海中でそのような戦いが起こっていたということに対して驚きを感じているのだろう。


「なんだ……そんなことか。もともと"反逆斬(カウンタースラッシュ)"は一発逆転を狙うスキルだしな。礼なんて別にいらねぇよ」


「いや、今回は決死の戦いだった。このスキルが無ければ死んでいただろう」


 謙遜した様子でグリルは返すが、それでも俺は命を救われたのだ。

 感謝の気持ちを込めて礼を告げ、俺は頭を下げる。


「……ったく、律儀な奴だな」


 そんな様子を見て、グリルは後頭部を掻きながら恥ずかしそうに呟いた。


「そんじゃ、俺は訓練所に戻るわ。さっきまで上官に稽古つけて貰ってたからな」


 少し絡んで満足したのかグリルはそう告げて手を振り、踵を返して去ってゆく。

 現在の時刻はまだ昼を少し回ったぐらいなので、俺達以外の殆どの兵士はまだ仕事の最中だ。


「……さて、じゃあ私達も行きましょうか」


「ああ、そうだな」


 少しの間グリルの背中を見送った後、俺とフィリアは自室へと向かうのであった。




 部屋に戻ると、昨日と同じく既に室内の明かりが点いていた。

 出ていく時はしっかり照明を消しておいたので、この時間に点いている筈はないのだが。


「あっ! お二人共、おかえりなさいませ!」


 一瞬だけ疑問を感じていた俺とフィリアの前に、部屋の奥からリミアが姿を現した。

 どうやら彼女が原因だったようだが……本来の予定では、今はまだ勤務時間のはず。


「リミア、もう仕事は終わったのか?」


「はい! 今日の分の仕事は午前中に終わらせました!」


 驚くべきことを、いとも容易く口にするリミア。

 流石は俺の側近と言いたいところだが、二日目でその有能ぶりを発揮するのは甚だ目立ち過ぎだと思う。


「昨日申し上げた魔道具も試作品が完成して、試用の段階まで進んでますよ!」


「この二人は何故、当たり前のように私達の常識を超えちゃうのかしら……?」


 フィリアの反応を見るに、すでに彼女の中では俺とリミアは常識外れの存在だと位置づけされているようだ。


「お二人は今日の依頼、どうでしたか?」


 自身の仕事の経過を軽く報告し終えたリミアが、逆に同じ質問をこちらに問い掛ける。


「そうね。今回は物凄く巨大な鮫が相手で苦戦を強いられたわ。私とハイネさんが追い込まれてから、クロトが……あっ……」


 自然な流れで質問に答えるフィリアだが、戦闘中に俺の身に起こった事を思い出した途端に言葉を詰まらせた。


「あれ? どうされました?」


「う……えっと……」


 何も知らず、ただ不思議そうに首を傾げるリミア。

 悪気の無い仕草と言葉だが、それ故にフィリアの胸に痛みを感じさせてしまう。


 これ以上フィリアの口から言わせるのも酷なので、代わりに俺が言葉を続ける。

 元よりこれは俺に一番関わりの深い話なのだから、俺自身が伝えなければならない内容なのだ。


「追い込まれた、と言うよりは戦闘に不利な状態になったから二人を離脱させたんだ。それからは俺だけ残って戦闘を行い勝利を収めたんだが、その途中で――」


 そこまで言いかけたところで、不意に口が止まってしまう。

 告げるべきだと分かっていても、やはり彼女にこれを伝える事に、どうしても躊躇いが生じるのだ。


 そんな俺の心境を表情で悟ったのか、リミアの表情が緊張したものへと変化する。

 凶報を覚悟したのであろう彼女を見て、俺もまた覚悟を決めて再び言葉を紡ぐ。


「――戦いで身体を酷使したことによって、海中で溺れて死にかけたんだ」


「……っ!」


 言い切った瞬間、リミアの顔から血の気が引いてゆくのが見て取れた。


「嘘……クロト様の身に、そんな事が……」


 リミアの言葉からは、俺の言葉が信じられないというよりも、信じたくないという意思が感じられた。


 それは当然のことだろう。

 魔王の頃から側近として俺の戦う姿を誰よりも長く見続けてきたリミアにとって、俺がたった一体の魔物を相手に追い込まれるという事実など、受け入れ難い筈だ。


 そんなリミアを宥めるため、俺は補足として言葉を付け加える。


「けれど、フィリアとハイネさんがすぐに動いてくれたお陰で、今もこうして生きているんだ」


 だから不安がることはない……と伝えるつもりだったが、俺の意に反して、リミアの目尻からは涙が零れた。

 それは嬉しくて泣いているわけでも、悲しくて泣いているわけでもなく――その涙の理由は、リミアの口から告げられる。


「そんな……クロト様がそんな状況だというのに、私は何も知らず城で平和に過ごしていたなんて……すみません……」


 言葉を発するたびに、その涙は大量に溢れてゆく。

 もともとリミアは感情的な性格だが、これほど弱気になることは滅多に無い。

 よほど自分が何も出来なかったことに責任を感じているのだろう。


「いや……謝るのは俺の方だ。『負けるつもりはない』などと言って、こんな結果になってしまったのだから」


 反省の念を口にして、リミアの身体を抱きしめる。

 謝るつもりは勿論あるのだが、何よりリミアが弱気になっている時はこれが一番効くのだ。


「……すまない。無責任な俺を許してくれるか?」


「クロト様……」


 俺の腕の中でリミアは顔を上げ、幾分と落ち着いた様子で呟く。

 その頬は僅かに紅潮しており、血の気が引いた時の顔とは歴然の差だ。


 その口唇が小さく開かれ、俺の問いに対して返答を告げる。


「じゃあ……今夜こそは夜伽に致しましょう! そしたら許します!」


「……え?」


 先程までの弱気はどこへやら、いつも通りの調子と明るい笑顔でリミアが言う。

 あまりの切り替えの早さに、俺の方が戸惑い硬直してしまった。

 いや、まさか先程の涙もこの流れに繋げるための作戦か?


「それは絶対ダメだからね!?」


 俺が答える前に、フィリアが声を荒らげて猛反対する。

 まぁ、彼女ならそう言うだろうと思ってはいたのだが。


「あ! そうだ! フィリアちゃん、クロト様を助けて頂いてありがとうございます!」


 そう言うリミアはとても嬉しそうな笑顔をしているが、深々としたお辞儀からは最大限の感謝が伝わった。

 しかし自身の不甲斐なさでリミアにお礼を告げさせることに、俺は少しだけ申し訳なさを覚えてしまう。


「え……ええ、そうね。大変だったんだから! 海の中でクロトを見つけて、そしたら呼吸も心臓も止まってたからハイネさんが胸骨圧迫をして、私が人工呼吸を……あっ」


「えっ……!?」


 俺を海中から救助したときの状況を説明するフィリアだが、またも話の途中で言葉に詰まってしまう。

 その台詞だけでもリミアは何かを察したようだが、俺には分からなかった。


「じっ、人工呼吸って、まさかクロト様と……!?」


 いったい何が不味かったのか、リミアは緊迫した表情でフィリアに迫る。

 その焦燥には、何故か若干の怒りも含まれているようであった。


「まっ……待って! あれはノーカンだから! 私だって初経験(ファースト)が人命救助なんて嫌だから!」


 リミアの気迫に気圧され、必死に弁明するフィリアの言葉を聞いて、ようやく俺は二人が何を問題にしているのかを察する。


(しかし……これは下手に口にしない方が良いだろうな)


 俺が口を出すと、火に油を注ぐ結果になるかもしれない。

 ここは空気を読んで沈黙を決め込むとしよう。


「むう……フィリアちゃんが本当にノーカンだと考えるのなら仕方ないです。しかし……」


 言葉とは裏腹に、リミアは更に顔を近づけてフィリアに圧をかける。


 そして、一言。


「どうでしたか!? 感触はっ!?」


 なぜ聞く必要があるのかは分からないが、割と真剣に問い掛けているようなので無粋な突っ込みはやめておこう。


 この質問には流石にフィリアも戸惑いを隠せない様子だったが、やがて誤魔化せないと観念したのか、顔を真っ赤に染めながら小さく呟く。


「すごく……柔らかかった……」


「ああああっ! なんて羨ましいっ!」


 恥ずかしそうに言いながら指で自分の唇に軽く触れるフィリアを見て、リミアが頭を抱えて絶叫する。

 もはや、傍から見ているこちらが恥ずかしくなってくる程のやり取りだ。


「っていうか、アンタも今日の事は忘れなさいよ! 良いわね!?」


 顔を真っ赤にしながら、俺を指差して怒鳴るようにフィリアが告げる。


「自分の命を助けてくれた出来事を忘れる事なんて、できるわけ無いだろ?」


「あぁもう! なんで変なところで融通が効かないのよ!」


 正直な心境を述べただけだが、尚更フィリアは頭を抱えてしまう。

 というか、別に無理に忘れなくても良いのではないか?


「それはともかく、今はシャワーを浴びたい。長く海水に浸かっていたからな」


「マイペースね。アンタは……」


 俺の台詞を聞いて、呆れ顔でフィリアが呟く。

 素直に自分の考えを述べているだけだが、確かに周りから見ればマイペースに見えるかもしれないな。


「だったら、私がお手伝い致します!」


「要らん」


「むぅ……」


 俺の即答に、リミアはわかりやすく頬を膨らませて拗ねる。

 そもそも身体に付着した塩などを洗い流すだけなので、手伝いなど必要あるまい。

 納得のいかない表情のリミアを尻目に、俺はさっさと風呂場に向かう。


 その後は普段よりも一段と早く食事等を済ませ、即座にベッドに潜り込んで眠りに着くのであった。



 ......................................................



 翌朝目を覚ますと、リミアとフィリアがいつの間にか昨日と同じく俺のベッドに潜り込んでいた。


 同じ掛け布団で寝ているだけのフィリアはともかく、リミアに至っては遠慮なく俺の身体に腕や足を絡めて抱き枕のように扱っている。

 もはや寝ている状態でも、その欲求不満ぶりが窺えるものだ。


「ハァハァ……いい匂いですぅ……」


 いや、どうやら寝ていない様子だった。

 明らかに興奮状態だと分かる荒い息遣いで鼻を鳴らし、俺の髪や服の匂いを嗅いでいるのだ。

 なるべく俺やフィリアを起こさないように、小声で感想を呟きながら。


「……リミア?」


「ひゃい!?」


 俺が名前を読んだだけで、びくりと身体を反応させて素っ頓狂な声を上げるリミア。

 やはり先程までの行為は、悪戯心で行っていたようだ。


「取り敢えず、今の状態について幾つか聞きたいことがあるんだが良いか?」


「は……はい……」


 別に叱っている訳ではないのだが、リミアはベッドの上で瞬時に正座しながら弱々しく返答した。

 既に怒られていると思い込んでいるらしい。


「まず一つ、なぜ二人とも俺のベッドで寝ているんだ?」


「昨日はクロト様が疲弊なさっているという話でしたので、二人で寄り添って睡眠をとる方が癒しになるのではと……」


 それを言うなら、普段から添い寝したがるのは何のためだろうか。

 恐らくリミアの返答は、適当に理由をつけるための口実だろう。


「まぁそれはいい。もう一つ、なぜ俺の匂いを嗅いでいた?」


「添い寝をしていたら、いい匂いが漂ってきたからです!」


「……」


 言い訳をするでもなく、寧ろ開き直ったようにリミアは言い切る。


「んぅ……? あら、二人とも起きてるの?」


 ようやく目が覚めたのか、フィリアはゆっくりと身体を起こしつつ、眠たげな目を擦りながら呟いた。


「あっ! フィリアちゃんもクロト様はいい匂いだと思いますよね!?」


 ちょうど良いタイミングだとばかりに、リミアが唐突に質問を投げかける。

 寝起き一番に、こんな下らない質問をされるフィリアが少し不憫だな。


「ええ、そうね……って、なにを言わせるのよ!?」


 胡乱な意識で適当に返答するフィリアだが、質問を脳内で反芻する内にようやく意味を理解したようだ。


「おやおや? やっぱりフィリアちゃんもクロト様の匂いが気になるんですかぁ?」


 フィリアの失言をここぞとばかりに取り上げ、リミアはニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべる。


「ち、違っ……いや、確かに髪を洗った時とかベッドに潜った時とか、いい匂いするけれども! ……って、だから何を言わせるのよ!?」


 本音を吐露したところで、手遅れながらフィリアが顔を真っ赤にして突っ込む。


「ほら! フィリアちゃんも言ってますよ!」


「はぁ……分かったから、興奮気味に顔を近づけるのをやめてくれ」


 今現在、リミアと俺の顔の距離は五センチぐらいなので、荒い息が全て直撃するのだ。

 どうにも気になって仕方ない。




 そんな下らないやり取りをしていた時、不意に玄関の扉からノックの音がする。

 現在の時間から考えて、扉の向こうに誰が居るかは明白だ。


「はーい、今開けます! ……あうっ!?」


 素早く反応して玄関に向かうリミアだが、無遠慮に開かれた扉に頭をぶつけてしまう。


「あら、リミアちゃん? ごめんなさいね。大丈夫かしら?」


 扉を開いたのは案の定ハイネだが、額を押さえてうずくまるリミアを見て少し困惑している。

 ふむ、今度からは鍵をかけておいた方が安全かもしれないな。


「だ……大丈夫ですぅ。それはともかく、どのようなご要件でしょうか?」


「ええ、そうね。用があるのはクロト君よ」


 リミアに質問され、ハイネは返答しながら俺の方に視線を移す。

 俺だけに用があるという事は、今日の仕事は依頼ではないのか?


 そう推測していると、ハイネの口からは予想外の言葉が告げられる。


「これから訓練所に向かうわ。……騎士団長がお呼びよ」

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