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退屈した魔王は勇者になる様です。  作者: ナミ73
5章:遠征編
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53話:苦戦

なんとか今週中に書き終えました。

今回で溟渤鮫との戦いは終わりです。

急いで書いて本文の見直しはしていないので、誤字脱字があるかもしれません!

 〜人間界〜


 互いを睥睨し合う暫くの膠着状態が続いた後、敵の周囲に顕現された無数の氷礫が、微塵の容赦も感じさせない速度で俺に飛来する。


 自由に身動きの取れない水中で、あれを全て躱すのは無理だろう。

 だが、それでも問題は無い。


(《反射(リフレクション)!》)


 一瞬で発動させた魔法により、俺の身体の数センチ手前まで接近していた全ての氷礫が、同じ速度で正確に相手の元へと反ってゆく。


 自分で発射した攻撃を全て自分の身に受けた溟渤鮫(トリトンシャーク)だが、その硬い皮膚はびくともしない様子であった。


(やはり無傷か。だが、それは予想済み!)


 本命はダメージを負わせることではなく、追撃を防いで奴に近づく為の布石だからだ。


 溟渤鮫(トリトンシャーク)が怯んだ隙に距離を詰め、"一刀両断"によってその腹を裂く。

 大量の血が流れ出るが、致命傷には至らない。


 ハイネを吹き飛ばした時と同じように大暴れをされる可能性を考慮し、これ以上の追撃は危険と判断した俺は、溟渤鮫(トリトンシャーク)の身体を蹴って再び距離を取る。


 その最中にも大量の暗黒物質(ダークマター)を発生させ、完全に相手の視界から姿を眩ませた。

 粒子状物質であるため、水中で武器の形を作るのは難しいが、広範囲に分散させるのは容易い。

 しかも"虚心坦懐"のお陰で、幾らでも発生可能である。

 上級魔法の連続使用で魔力を大幅に消費してしまっている今の俺にとっては有り難い効果だ。


(奴を倒すまで、あと二、三撃。いや、頭部狙いなら一撃といったところか)


 奴は先程の斬撃により傷が増え、暗闇に覆われたことによって俺の姿を認識できない。

 それに対して俺は無傷のままで、"暗視"を使った視界確保の他、"索敵標識(エネミーマーカー)"による位置の特定も可能という圧倒的優位性。

 更に相手の視界から外れた事により、"隠密"も発動して気配を消している。


(しかし、油断は禁物だ。この状況下で奴が取りうる行動は――)


 暗闇の中で思考を巡らすと、次の瞬間、溟渤鮫(トリトンシャーク)は船をも呑み込むような規模の大渦を発生。

 姿の見えない俺を、確実に巻き込むための広範囲攻撃だろう。


 だが、その行動は既に読んでおり、渦が拡大する前に、俺は溟渤鮫(トリトンシャーク)の身体に再び接近していた。


 確かに海中に居る以上、あの大渦から逃れるのは困難だ。

 だが、あの渦は船をも巻き込む威力であり、近くに居れば溟渤鮫(トリトンシャーク)本体も無事では済むまい。


 恐らくは、"水流操作"で大渦を発生させると共に、自分だけは巻き込まないように水流を逸らしているのだろう。


 その予想通り、溟渤鮫(トリトンシャーク)の周囲は渦の影響がなく、完全な安全地帯となっていた。


(強敵だったが……これで終わりだ!)


 俺を巻き込んだと確信して油断し切った鮫の死角から近づき、頭上から"一刀両断"の効果を乗せた刃を振るう――が、代わりに切り裂いたのは、唐突に顕現した厚い氷の板。


(なっ、気づかれた!?)


 まるで俺の存在と攻撃を予め分かっていたかのように、"氷形成"によって攻撃を防がれたのだ。


 計算外の出来事に、冷静を保っていた俺の感情に動揺が走る。

 その一瞬の『隙』を見逃さず、溟渤鮫(トリトンシャーク)が器用な動きで身体の向きを変え、俺の腕に噛みつく。


()――!)


 この世界に来てから初めて体験するような出血を伴う激痛に、思わず顔を歪めてしまう。


(莫迦な! "隠密"を使っているというのに、なぜ俺の存在を!?)


 いや、思いつく原因はある。

 それは俺の剣や腕に付着した、溟渤鮫(トリトンシャーク)自身の血。

 その匂いを"超嗅覚(ハイパーセンス)"で感知したのだろうが……奴の血もまた、暗黒物質(ダークマター)と同じように広範囲に分散しており、その中で俺の身体だけに付着したものだけを嗅ぎ分けるのは困難だと侮っていた。


 幾ら"隠密"スキルでも、流石に使用者の匂いを消す効果は無い。

 云わば、その落とし穴をまんまと逆利用されてしまったという訳だ。


 そんな一瞬の思考は、再び俺の腕を襲う痛みによって遮られる。


(くっ……不味いな。腕の痛みが増してきた……)


 このまま腕にくい込んでいる牙に力を込められれば、腕が折れてしまうだろう。

 そんな可能性を危惧した俺は"身体強化"と"筋力強化"を併用し、もう片方の腕で鮫の弱点たる鼻を打擲する。


 すると溟渤鮫(トリトンシャーク)も激痛を感じたのか、大暴れして俺の身体を吹き飛ばす。

 幸い、殴られた衝撃によって"水流操作"に割く集中力を欠いたのか、先程までの大渦は沈静化していたため、奔流に巻き込まれる事には至らなかった。


 だが――それで安心していた俺の背後に、暗闇から突如出現した謎の物体が激突。


「かは……っ!?」


 思わぬ衝撃に、口から大量の酸素を吐きだしてしまう。

 背後に目を向けて物体の正体を確かめると、それは溟渤鮫(トリトンシャーク)が"氷形成"によって作ったのであろう拳大の氷礫。


 推測するに、奴は"水流操作"で大渦を発生させると同時、"氷形成"によって無数の氷礫を作り出して潮の流れに乗せたのだ。

 今は渦の勢いが弱まっているので、その相乗効果も低下していたのだが……もし本来の威力で喰らっていれば、俺は間違いなく致命的なダメージを負っていた。


 奴から離れていれば氷礫の混じった大渦に巻き込まれ、近づけば血の匂いでこちらの気配に勘づかれてしまう。

 溟渤鮫(トリトンシャーク)は、俺に対してそんな二者択一を迫る攻撃を仕掛けたのである。


(迂闊だった……まさか相手がこれほど狡猾な手段を取るとは)


 大量の酸素の消費と出血を伴う甚大なダメージを考慮すると、この攻撃を読めなかった事による損失は大きい。

 恐らく俺の戦闘可能時間も、せいぜい残り一分といったところだろう。

 それを過ぎれば、高確率で溺死してしまうという意味だ。


 そして先程の優位性は完全に崩れ、今度は俺自身の血によって距離に関係なく位置が把握されてしまうであろう上に、傷の状態や魔力の残量も思わしくない。


 つまり、この状態で一分以内に奴を倒し、尚且つ水面に浮上するまでの算段を整えなければならないのである。


(まさに絶対絶命だが……俺はこんな所で死ぬわけにはいかない!)


 これほどの危機的状況にも関わらず、俺は微塵の恐怖も感じていない。

 それが"堅忍不抜"の効果のお陰か、それとも感覚が狂っているのかはわからないが……少なくとも『敗北』する未来は見えなかった。


 そんな思考をしている内に溟渤鮫(トリトンシャーク)は怯んだ状態から回復し、その双眸の焦点を俺に合わせる。

 やはり暗闇の中でも、俺の血を嗅ぎ分けて正確な位置を特定できる様だ。


 そして再び"氷形成"により、氷礫が造形されてゆく。

 今度は数こそは十数と減っているが、その全てが鋭利な刃のついた剣として形作られていた。

 それらの氷礫はハイネやフィリア、そして俺の剣と瓜二つの外見をしている。

 この敵は驚くことに、自らを傷つけた武器の脅威とその形を記憶し、再現しているのだ。


(恐るべき学習能力だな。道理で厄介な相手というわけか)


 溟渤鮫(トリトンシャーク)の眼光が鋭くなると同時、全ての氷礫が俺に向けて飛来。

 更に"水流操作"の精度も増しており、ただ速いだけではなく、一つ一つが直線ではなく幾つも彎曲した複雑な波形状に動いている。


 しかし俺の眼は、その目標物の全てを正確に捉えていた。

 この土壇場で発動した"窮鼠嚙猫"が全てのステータスを一時的に強化した結果、動体視力までもが飛躍的に上昇されたのだ。


 より明確になった視界を以て、俺は使えなくなった右腕とは逆の左腕で剣を振るい、氷礫の悉くを切り捨ててゆく。


 普段からあらゆる剣戟に慣れている俺にとって、氷礫が剣の形となったのは僥倖とも言える。

 何しろ、一人で大勢の剣士を相手にしているという想像(イメージ)で捌きやすいのだ。

 海の中で動きは制限されているとはいえ、剣の心得が皆無の鮫が振るう武器など、正攻法では俺には通用しない。


(息がもつのは、あと四十秒ほど……その前に片を付ける!)


 弊害を払い去った俺は剣を構え直し、その先に居る敵に向かい急接近する。


 忌々しげにこちらを睨む溟渤鮫(トリトンシャーク)は、次なる攻撃を繰り出そうと大口を開く。

 その口から覗いているのは、口腔に渦巻く水の奔流。

 あの『大渦』は、"水流操作"によって鮫の喉で溜めたエネルギーを一気に解き放つことで発生させられているようだ。

 すぐに放たないのは、やはりそれ程のエネルギーを溜めるまでには時間が掛かるのだろう。


(ならば、速攻で距離を詰めるまで!)


 右腕に痛みが走ることさえ無視し、水を掻き分ける力を更に強めて加速を行う。

 こちらが追い付くのが先か、敵の攻撃が先か――空前絶後の賭博を前にして、ようやく身体に焦燥感が走った。


 その時、背後から迫る殺気を帯びた気配を察知し、俺は身体に捻りを加えて横回転しながら『それ』を両断する。

 その正体は、先程の"氷形成"によって作られた武器の内、一つだけ暗闇に紛れて発射された氷礫。

 奴は大渦を発生させる上での弱点を理解して、この不意打ちを予め仕込んでいたのだ。


(どこまでも狡猾な生物だ。だが、二度も同じ手は通用しないぞ)


 余った回転力で体制を立て直し、なるべく減速の損失(ロス)を無くしながら再び敵に迫りゆく。

 彼我の距離、およそ五メートルまで接近。


 あと半瞬で俺の攻撃可能範囲に突入するまで追い詰めたその時、それまで溟渤鮫(トリトンシャーク)の口内で溜められていた水の奔流が唐突に収まる。

 恐らく、『大渦』を発生させるためのエネルギーが蓄えられたのだろう。


 万事休すと言うべき状況だが、それでも俺は怯まずに突き進む。

 剣を握るその腕には最早、一片の迷いさえ消えていた。


(――《反射(リフレクション)》!)


 微かに残った魔力の全てに"窮鼠嚙猫"の効果を乗せ、最後の魔法を発動。

 それだけで終わらず、同時に更なる攻撃も仕掛ける。


(グリル、お前の技を使わせて貰うぞ!)


 確固たる決意の下、"反逆斬(カウンタースラッシュ)"を発動。

 刹那、赫灼たる真紅の輝きを放つ無数の光芒が、両手に握った俺の剣を包み込む。

 燦然と煌めく刃が荒れ狂う力を解放し、その一閃は暗黒を祓い、溟渤鮫(トリトンシャーク)の巨体を切り裂いた。

 等分されたその身を"反射(リフレクション)"によって跳ね返された大渦が攪拌し、原型を留めない肉片へと変貌させる。


 その肉片も血も、全てが細かい魔力の残滓と変わり、果てしなき広大な海に溶けるように消えた。


 後に残ったのは、死闘の末に生存したという安堵と達成感。


(厳しい戦いだったが……何とか勝利できたか……)


 疲弊によって、つい目を閉じて揺蕩う海の流れに身を任せたくなってしまう衝動に駆られるが、今はそれどころではない。

 早く浮上しなければ、もう息が限界なのだ。


『二人とも聞こえますか? たった今、溟渤鮫(トリトンシャーク)の討伐を完了しました』


 海面に向かって上昇しながら、船に戻った二人に報告を行う。

 今の怪我で、この地点から数百メートル離れた船に戻るのは些か厳しいため、船の方から迎えに来てもらうためだ。


『ほんとに討伐したの!? さすがクロト君ね……』


『あんな化け物を一人(ソロ)で討伐って……アンタはそれ以上の化け物ね』


 若干呆れの混じった二人の返答に安心しながら報告を続ける。

 海面までは、残りあと十数メートルといったところだ。


『しかし、右腕に怪我を負ってしまいました』


『えっ! 大丈夫なの!?』


 明らかに動揺が感じられる声音で、ハイネが返答する。

 少し心配性なところが彼女らしいと、息苦しい状況にも関わらず思ってしまう。


『命に別状はありません。ですが体力の消耗も激しいため、船を寄せて頂きたいところです』


『分かったわ。じゃあクロト君が海面から顔を覗かせたらすぐに向かうわ』


『ええ、お願いします』


 最後に返答して、俺は通話を切った。

 海面までは残り数メートル。

 ゴールも近いので、なるべく早く楽になろうと泳ぐ速度を上げる。


 その時だった。


 それまで動いていた四肢の感覚が、急に途絶えたのは。


(なっ……嘘だろ!? まさか、身体を酷使した反動か……!)


 焦りで心臓の鼓動が早まるが、それに反して手足はぴくりとも動かない。

 まるで、身体が自分のものではなくなったかのように。


『ハイネさん……フィリア……っ』


 最後の手段として、縋るように二人の名を弱々しく呼ぶが、その最中にも俺の意識は薄くなり、次第に視野が狭窄になってゆく。


『クロト君、どうしたの!? 返事を――』

『クロト!? いったい何が――』


 二人が俺の名前を呼んで心配するが、やがてその声すら聞こえなくなる。

 ついに心臓の鼓動さえも弱まっていき、身体の感覚が無くなってゆく。


(くそっ……こんなところで、俺は……)


 唐突に訪れた絶望を前に、無力にも俺の思考が霞む。

 今もなお感じるのは、視界から遠ざかってゆく明かりと、海の底に沈む感覚のみ。


(これが……これこそが……『死』なのか)


 二度目の死は余りにも唐突で、余りにも――孤独。


 多くの無念を残しながら、俺は全身を襲う冷たい感覚に身を預け、意識を手放すのであった。

まさか溟渤鮫にここまで苦戦するとは思わなかった……。

使いようを考えたら、敵の固有能力が最初の予想以上に凶悪となりました。

突然の死を前にしたクロトがどうなってしまうのか、次回に乞うご期待!

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