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退屈した魔王は勇者になる様です。  作者: ナミ73
5章:遠征編
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52話:強敵来襲

お待たせしました。

今回は戦闘回ですが、初めての水中戦なので地上での戦いに比べて書きづらく感じました。

本音を言えば、今回の舞台を海にしたのは二人の水着姿を描写したかったというのが主な理由です(殴)

 〜人間界〜


 今回の依頼で海に行くことが決定した俺達は、まず水着が必要であるという問題に気づき、出発の準備を整えるべく、近くの商店街で服屋を探していた。


 一番最初に目についた洋服屋に入ると同時、目に映ったのは、綺麗に清掃された店内に数々の衣服が陳列されている光景。

 その奥に居るのは、雑誌を読みながら椅子に腰掛けている店員らしき若い緑髪の女性。

 ショートヘアに加えて、上腕二頭筋のあたりまで捲られた長袖がボーイッシュな印象を与える。

 洋服屋の店員なら、もっとお洒落な服装にすべきではないだろうか?


「おっと、お客さん? いらっしゃい!」


 その女性はこちらの存在に気づくと、営業スマイルを向けながら声を掛けた。


「歓迎どうも。私達、今から海に向かう予定なのだけれど、いい水着売ってないかしら?」


 こちらも笑顔で返しながら、お目当てのものを伝えるハイネ。

 店員の女性は迷う様子もなく、それに答える。


「勿論あるよ! でも、この時期に海水浴とは珍しいねぇ」


「あはは……ちょっと気が早すぎたかしらね?」


 これから危険生物を討伐しますから、なんて軽々しく言えないハイネは、うまく笑って誤魔化した。

 腰に携えた剣が、ぼろを出している様にも思えるのだが。


「……ん? 白髪のキミ、なかなか可愛い顔してるね! この水着なんか似合うんじゃないかな!」


 そう言って、店員の女性が棚に陳列された水着の中で選んだのは、露出の高いシンプルな柄のビキニだ。


「あっはっは! クロト君なら似合うんじゃないかしら!?」


「もう慣れたつもりだったけど、今回の間違え方はホントに酷いっ!」


 その様子を見て、ハイネとフィリアは口元を抑えながらも盛大に吹き出して笑い出す。

 失礼にも程があるだろう……。


「あれぇ? 何かおかしかったかなぁ」


 二人の様子を見て、自分のセンスが悪いのだろうか、と首を傾げて真剣に疑問を抱く店員。

 残念ながら、問題はもっと根本的なところだ。


「紛らわしい様ですが……俺は男です」


 これ以上この店員に失態をさせたり、二人に抱腹絶倒させたりするのは避けたい俺は、自分自身で疑問の答えを告げた。

 毎回こんな勘違いを解消させなければならないとは、俺の顔つきは面倒なものだな。


「えっ、男!? ごめんごめん! お詫びに代金は半額にするから!」


「……寧ろ悲しくなるので、謝らないで下さい」


 いくら値下げしたところで、ハイネの出費が減るだけだから俺に利益は無いしな。

 というか、本音を言えばこの女性よりも、大笑いしている二人に謝って欲しい。


「ねえクロト君! この水着、私に似合うかしら!?」


「うんうん、この水着なら無駄な装飾も無くて泳ぎやすそうね」


 そんな二人は俺の気持ちなどつゆ知らず、いつの間にやら自分の水着選びを楽しんでいる様子だった。


「……似合うと思いますよ」


 突っ込むのも面倒な上に、早く買い物を済ませたい俺は無駄な台詞は言わずに、ハイネの問い掛けに適当に答える。

 二人が決めている間に、俺もさっさと自分の分を決めて済ませることにするか。




 結局、俺達は三人とも機能性を重視した水着を選択し、勘定をするべく店員の元へ持ってゆく。

 因みにハイネとフィリアが選んだ水着はシンプルな色付きのビキニだ。


「うーん、三人ともレベル高いし、もっと華美なものを買えばいいのに。まあ良いや、お買い上げありがとう! 海水浴楽しんでね!」


 余計な言葉の多い店員のお節介を聞き流しながら、用を済ませた俺達は店を後にして、依頼を再開するのであった。



 ......................................................



 一度王城に戻り、魔導駆動車を移動手段として【フォカロル海】の海辺に到着した俺達は、依頼人である漁夫の居るという船蔵を訪れた。


 建物の中に居たその漁夫は温厚な雰囲気を出しているが、俺達の存在に気づくと訝しむような表情を向ける。


「おや……君たちは一体? 此処の海は危険だから海水浴はやめた方がいいよ。季節もまだ早いからね」


 どうやら、洋服屋の店員と同じ勘違いをしている様子だな。

 今回は海が戦闘の舞台ということで、ハイネがいつもの鎧姿ではなく、俺とフィリア同様ほぼ私服である事が原因だろうか。


「私達は、貴方の依頼を受理した騎士団の者だけれど?」


 ハイネはそう言いつつ、騎士団の徽章を手に持ち、依頼人に提示した。


「これは失礼! まさか三人で来るとは思わなかったから……」


 俺達が騎士団の人間と分かった瞬間、慌てて依頼人が頭を下げる。


「別にいいわよ。それよりも下に水着を着ておきたいのだけれど、更衣室は無いかしら?」


 依頼人を宥めつつ、ハイネが問い掛ける。

 確かに、この二人にとっては着替えの場所が重要だろう。

 此処で無遠慮に着替える訳にもいかないからな。


「あぁ、なら向こうの部屋を使ってくれれば良いよ」


 依頼人が指差した部屋は更衣室ではないが、着替えをするには問題ない小部屋だった。

 その部屋でハイネとフィリアが着替えた後、交代で俺も着替えを済ませ、さっそく依頼人の船に乗船して航海する。



 ......................................................



 青く澄んだ大海の波に揺られながら、俺達は依頼の怪物が出現したという地点に向かっていた。

 漁業に使われるだけあって、乗船しているのは非常に大きな帆船だ。


 そして海岸から遠く離れた地点で、ほぼ一直線に進んでいた船の進行方向が曲がった。

 そして、今まで操舵輪を握っていた依頼人がこちらに近づいて話しかける。


「私が怪物を見たのは、ここから少し先の辺りだよ。前みたいに船を巻き込まれる訳にいかないから、悪いけれどこれ以上は進めないよ」


「ええ、充分よ。討伐が終わるまでは、この辺りで待機していて頂戴」


 ハイネの言葉に頷き、依頼人は再び操縦へと戻ってゆく。

 船を同じ位置に停止させ続けるのは大変なので、依頼人はこの辺りを旋回しているつもりらしい。

 戦いが終わった後は勿論のこと、怪我や休憩の場合は何時でも船に戻れるようにするためだ。


「あっ、当然だけど水中じゃあ会話ができないわね。手信号(ハンドシグナル)で意思疎通しようかしら? でも今から覚えるのは面倒よね……」


 ふと思い出したように、ハイネが新たな問題を指摘する。

 そういえば依頼の内容ばかりに注目しすぎて、そんな当たり前の事も忘れてしまっていたな。

 まあ都合の良いことに、楽な解決法はあるのだが。


「それについて、少し試したいことがあります。宜しいですか?」


「え? 別にいいけど……」


 ハイネの了解を得て、固有能力(オンリースキル)の一つである"思念伝達(テレパシー)"を発動し、脳内で会話を試みる。


『……ハイネさん、聞こえますか?』


「えっ!? クロト君の声が変な感じに聞こえる……!」


 変な感じというのは、直接脳内に声が届いているからだろう。

 初めてこのスキルを使ってみたが、上手くいったようだ。


「どうやら、成功したようですね」


「えっ……一体何をしたの?」


 隣でフィリアが困惑した表情で訪ねてきた。

 まあ、傍から見れば何をしたのか理解できないのも当然だ。

 口でいうよりも実際にやってみせた方が早いので、今度はフィリアに念話を試みる。


『フィリア、聞こえるか?』


「あっ……! ホントに変な感じにクロトの声が聞こえるわ!」


 驚きと同時に、納得した様子も見せるフィリア。

 どうやら、こちらも成功したようである。


「これは"思念伝達(テレパシー)"という、直接脳内に声を届ける固有能力(オンリースキル)です。俺が発動させている間は二人の声もこちらに届くので、水中でも問題なく会話ができます」


「また便利なスキルを……なら試しに、『聞こえるかしら?』」


 俺の脳内に、フィリアの声が(うるさ)くない程度に響いたので、その問い掛けに頷いて答える。

 やはり相手からの会話も問題なく聞こえるようだ。


『私にも聞こえたわ。問題も解決したし、早速行きましょう!』


 ハイネも試してみたくなったのか、念話で指示を出した。

 ステータス表の説明には載っていなかったが、複数人で同時通信もできるみたいだな。




 俺達は早速服を脱ぎ、下に着ていた水着姿となって船上から海へ飛び込んでゆく。


 綺麗な肌と身体を露わにした二人が泳ぐ姿は御伽噺に出てくる人魚のような美しさと優雅さを備えており、芸術家が喜んで絵に(のこ)すであろう光景であった。

 腰に携えた剣さえ無ければ、だが。


 海の水は少しばかり冷たいが、透明度が高く水中でも視界は良好である。

 数百メートルほど泳ぐと、予め発動していた"魔力感知"が強い反応を示した。

 近くに強力な魔物が居るという証だ。


『ハイネさん、俺の探知スキルに魔物の反応があります。恐らく……(くだん)の魔物でしょう。ここから更に深く潜ったところに居ます』


『案外早く見つかったわね。さっそく討伐を始めるけれど、二人とも息は苦しくないかしら?』


 ハイネが敵の存在を警戒しながら、俺とフィリアを気遣う。


 俺の方は、潜水可能時間の延長は勿論、浮力の調整や水圧耐性などの効果もある"潜水"スキルのお陰で平気である。

 フィリアも常人より肺活量が高いので、今のところ苦しそうな様子は見当たらない。


『俺は大丈夫です』

『私も、問題ありません』


 良好な状態であると確認したハイネは満足そうに頷き、次なる指示を出す。


『じゃあ進みましょう。ただ、無理は禁物よ』


 海底へと潜るハイネに続いて、俺達も魔物の元へと進んでゆく。



 ......................................................



 先程まで視界の良かった海中だが、深く潜るにつれて段々と周りが暗くなり、やがて"暗視"を使用しても互いの姿すら目視では認識が難しくなった。


 とはいえ、"生命感知"や"魔力感知"を駆使すれば存在は認識可能であり、密かに"索敵標識(エネミーマーカー)"も二人に使っているので精密な位置も把握できる。


『雰囲気出てきたわね……ホントに怪物でも出てきそうだわ』


 顔は見えないが、不安を含んだ声色でフィリアが呟く。

 実際、もう少し潜った先にその怪物は居るのだが。


『怖いのか?』


『そ……そんなんじゃないわよ! 私はただ警戒を怠ってはいけないと思ったから言ってみただけで……!』


 少しばかり焦燥感の伝わる言い方でフィリアは俺の問いを否定する。

 無理は禁物と言われているので、気を遣ったつもりなのだが。


 そんなやり取りをしていると、俺達の存在に気づいたのか、こちらに向かって急接近する怪物の動きを"生命感知"が捉えた。

 すぐさま俺は意識を切り替え、二人に注意を喚起する。


『……敵が正面から接近しています! 迎撃態勢を!』


 自由の効かない水中で、泳ぎに特化した魔物の攻撃を避けるのは至難の業だ。

 下手に回避して痛手を喰らうよりも、相手が突進する勢いを利用して逆に攻撃する方がましだろう。


 次の瞬間、各々の武器を構えて攻撃態勢をとる俺達に向かい、暗闇の中から巨大な影が出現。


 視界に飛び込んできたのは、体長二十メートルを優に超える、青い肌の巨大な――鮫。

 鋭利な牙を並べた大口を開いて、正面に居たフィリアと俺に襲いかかる。


『はあっ!』


 しかし、鮫の真横に居たハイネはその迫力に引けを取らず、果敢にも剣の刃を巨大な体に突き刺す。

 その気合いは、心の声が念話によって伝わるほどである。

 予想外の一撃が効いたのか、鮫は一瞬のみ硬直して動きを止めた。


『これで終わりじゃないわよ!』


 更に続いて、ハイネの腕から剣へと魔力が伝わり、鮫の体内を高熱の刃が灼いてゆく。

 普通は水中で高熱を出しても分散されて無意味になってしまうが、対象に直接触れたままであれば話は別だ。


 刺突と高熱による攻撃を受けた怪物は、あまりの激痛に興奮したのか、唐突に激しく暴れ始める。


『うっ……!?』


 それによってハイネの体が剣ごと勢いよく吹き飛ばされ、暗闇の中と消えていった。


『ハイネさん! 大丈夫ですか!?』


 その様を驚愕した表情で見ていたフィリアが、咄嗟に声を掛けて安否を確認する。


『だ……大丈夫よ。皮歯(ひし)のせいで少し腕を擦りむいちゃったけど……』


 暗闇の中から、ハイネの返答が聞こえた。

 軽傷で済んだのは幸いだが、それでも海中で怪我を負うのは不味い。


『わかりました。ですが出血しているのであれば、船に戻って治療を受けて下さい』


 つまりは戦闘離脱という訳だが、既にハイネは充分に仕事を果たしている。

 手負いの鮫であれば、俺とフィリアだけで討伐は遂行てきるだろう。


『いいえ、まだやれるわ。あと一押しだもの!』


『無理はいけません。只でさえ自由の効かない水中で負傷をしていたら、もはや戦闘は困難です。水中は陸上とは勝手が違いますから。それに……相手が鮫なら、出血しているハイネさんが一番狙われやすいです』


 まだ戦う意思のあるハイネだが、俺は少しばかり冷酷に否定する。

 下手に動けば、攻撃を受けて怪我を悪化させる恐れもあるので、それだけは避けたいのだ。


 『っ……わかったわ。でも相手は恐らく溟渤鮫(トリトンシャーク)と呼ばれるSランクの魔物よ! もう一度言うけれど、無理は禁物だからね!』


 俺の説得に渋々と了解したハイネは敵の情報を伝え、海面へと浮上してゆく。


 しかし、それを逃がすまいと考えたのか、或いはハイネの血の匂いを追っているのか、溟渤鮫(トリトンシャーク)は迷わずハイネへと急速接近。


(させるか!)


 そう強く念じながら、俺は"威圧"スキルを発動。

 一直線にハイネへと迫っていた鮫の動きが再び停止する。

 戦闘における彼我の実力が開いているほど効果が高まり、相手が弱ければ気絶や失神も有りうるのだが……今の俺では、せいぜいこの鮫を少し怯ませる程度のようだ。


 つまりは、溟渤鮫(トリトンシャーク)が相応の戦闘力を有しているという証拠。

 動きを止めている内に、俺は『龍精眼(ドラゴニア・アイズ)』によって相手の詳細を分析する。



【ステータス】

 名前:溟渤鮫(トリトンシャーク)

 種族:魔物

 属性:水

 ランク:S


固有能力(オンリースキル)

 超嗅覚(ハイパーセンス) 水流操作 氷形成 高速遊泳



 分析の結果、ハイネの情報が事実である事をが証明された。

 やはり、ただの大きい鮫では無いようだな。

 ランクSという太鼓判は、それだけで警戒に値するのだから。


『さっきの気迫みたいなのは一体……? でも敵の動きは止まったみたいね』


 先程の"威圧"の余波が、フィリアにまでも少しだけ影響を及ぼしていたようだ。

 範囲を敵一体だけに絞るのは難しいな。


『丁度いいわ。今のうちに畳み掛けましょう!』


 敵が硬直しているのを好機と見たのか、フィリアは二つの剣尖を相手に向けて突撃する。

 だが、それは余りにも早計な行動であった。


 数秒間の硬直から解放された溟渤鮫(トリトンシャーク)は、フィリアの存在を感知するや否や、自身の周囲に十数の氷礫を形成。

 人間の頭部ほどの氷岩や、槍のように先の尖った棒状の形まで、様々な武器が一瞬にして顕現した。


『なっ……動けない筈じゃあ……!?』


 予想外の出来事を目の当たりにし、一方的に攻撃できると確信していたフィリアの顔に驚愕の色が浮かぶ。


 次の瞬間、氷によって形成された十数の凶器が、一斉にフィリアに向けて放たれる。

 恐らく"水流操作"によって推進力を得ているのであろうが……想像以上の速さであり、水中で避けるのは困難。


『フィリア、悪いが飛ばすぞ!』


『えっ!?』


 呆然としているフィリアに、十数の氷礫を躱すのは困難であろう。

 何らかの手段で手助けしたいところだが、水中では使えない魔法やスキルが非常に多い。


 悩んでいる時間も無いので、俺は無詠唱で使える上級魔法の"潮渦奔流(ハイドロ・ヴォーテックス)"を発動させ、フィリアを水の流れに乗せて飛ばす。


『きゃああああ――!?』


 急激な水流によって、強制的に押し出されたフィリアが盛大な叫び声をあげる。

 細かい制御をしている余裕も無く、元々は得意でもない水魔法を無詠唱という不安定な方法で使用したので、幾分と出力が高くなってしまったらしい。


『すまない。加減している余裕が無かったからな。大丈夫か?』


『命に別状はないわ。でも、あの内の一つが脚に掠ったみたいで、私も出血してしまったわ……』


 致命傷は避けたが、少しばかり反応と判断が遅かったか。

 少しでも出血してしまった以上、フィリアに戦闘を続行させるべきではあるまい。


『なら、フィリアも船に上がってくれ。奴の相手は俺が引き受ける』


『なっ……アンタ一人じゃあ厳しいでしょ! 二人で船に戻って、体制を立て直してからもう一度挑めばいいじゃない!』


 一筋縄ではいかない相手だと理解しての言葉だと思うが、その考えは少々愚策だ。


 ハイネが負わせた激痛に加えて、二人分の血を嗅いで興奮状態となった溟渤鮫(トリトンシャーク)がそう簡単に獲物を逃してくれるとは考え難い。

 なにより、船というのが一番大きい的となる為、噂に聞く大渦を発生されると一網打尽となるであろう。


『残念ながら、海の上で奴から逃げるのは無理だ。あくまで正面突破で挑むしかない』


『なら、私もまだ戦えるわ! 二人で戦う方が可能性が――』


『駄目だ。さっきは少し遅れただけだが、次にフィリアが狙われたら庇いきれる確信は無い。それに、海中に居ては傷口が悪化する可能性もある』


 ハイネにも同様のことを言ったが、溟渤鮫(トリトンシャーク)が真っ先に狙うのは俺ではなく、出血しているフィリアだろう。

 彼女を護りながらの戦闘よりも、まだ一人の方がやりやすい。

 何しろ、相手も充分に手負いの状態なのだから。


『……仕方ないわね。アンタがこんな相手に負けるはずないと信じてるから!』


『ああ、任せろ』


 説得の結果、戦闘を断念したフィリアに対して、俺は自信満々に強く言い切った。


 そして海面へと浮上してゆくフィリアだが、やはり溟渤鮫(トリトンシャーク)がその後を高速で追跡する。


『フィリア、さっきの魔法で、今度は上に飛ばすぞ!』


『わ……わかったわ!』


 意思を疎通させた俺は、再び目標をフィリアに絞って"潮渦奔流(ハイドロ・ヴォーテックス)"を発動させ、フィリアの泳ぎを加速させた。


 しかし、溟渤鮫(トリトンシャーク)の動きも速い。

 このままでは、フィリアが海面に上がる前に追いつかれてしまう。


 そう考えて、再び"威圧"スキルで時間稼ぎをしようと考えたとき、不意に敵の動きが停止する。


(なぜ止まった? 俺は何もしていないが……)


 過去を遡ってみても、奴があれ以上の高さまで上昇した事は無い。

 それに、依頼人の目撃情報は、海面から影が見えた程度だという。

 蛇に見えたという誤った情報も、光の屈折などのせいで影が歪んで見えたのかもしれない。

 つまり、あの魔物は、何らかの理由で常にそれ程の深さで泳いでいるという可能性がある。


(水圧の関係か……? いや、紫外線を嫌っているのかもしれないな)


 確信は無いが、いずれにせよ、二人を追う気が無いのであれば好都合だ。


 そして溟渤鮫(トリトンシャーク)はそのままフィリアの姿を呆然と見つめた後、再びこちらへ潜ってきた。

 やはり、あれ以上の高さまで浮上する気はないらしい。


 逃げた獲物に対する興味がすっかり失せたのか、敵は目標を俺に切り換えると、その双眸を俺に向けて敵意を露わにする。


 二人を逃した事に苛立ちを覚えているのか、"生命感知"によると、最初に比べて相手の殺意が段違いだ。


(俺という獲物だけは絶対に逃がさないつもりだろうな)


 端から俺に逃げる気は無い。

 それに、あの二人に興味が無くなったのであれば、こちらの思う壺というもの。


 威嚇のつもりか、溟渤鮫(トリトンシャーク)がフィリアの時よりも多くの氷礫を形成し、その穂先を俺に向けるが、そんな脅しは通用しない。


(さあ――掛かって来い!)


 敵の威嚇に対抗するように俺も自らの剣を構え、一騎打ちに挑むのであった。

この話を書く途中、地上じゃないから高速移動が使えなかったり、空気が無いから空破斬がつかえなかったりと、水中では使えないスキルや魔法が多すぎて、地上戦とは状況がかなり変わる事に気づきました。

それを踏まえて、この三人の属性は水中戦に不向きじゃないかなあ……。

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