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退屈した魔王は勇者になる様です。  作者: ナミ73
5章:遠征編
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50話:捲土重来(ディザスターside)

先週は投稿できず申し訳ありません。

屍食植物(グール・プラント)との戦闘が終わったので、前々回の予告通り、今回はディザスター視点の話です!

記念すべき50話ということで、頂点に立つ者同士の派手な戦闘になっています!

 〜魔界〜


 漂う膨大な魔力に覆われた暗澹の僻地であり、広大無辺の森林に覆われた大地の中心に存在する大樹、【生命の樹】の界隈にて。


「ククク……ハハハハハハッ!」


 死神の群れを虐殺したことにより、勝利の愉悦と共に膨大な力を得た魔王は、喜びのままに哄笑し続けていた。

 周りには凄惨な姿となった死神が死屍累々と転がっており、夥しい量の血が地面を赤黒く染め上げている。


 常人であれば、見るだけで嫌悪感を催し嘔吐してしまうであろう光景であるにも関わらず、その魔王はただ愉快に嗤うのみ。


 まるで……壊れた人形のように。


「ハハハ……はは……っ」


 やがて魔王は、笑うのに飽きたのか、次第に声の音量を下げていき、その動きをぴたりと止めた。

 更にその表情は、多幸感溢れる笑顔から、まるで一切の生気を感じさせない無機質なものへと変化する。


 そして、一言。


「……足りない」


 血に染まった足元を感情の無い瞳で見つめ、ただ呟いた。


 あれ程の大量殺戮を行い、膨大な経験値を得てなお、魔王の欲望を満たすには至っていなかったのだ。


 寧ろ魔王の身体は、新たに覚えた感覚――未曾有の力を得る事を求めていた。


 更なる力を……次なる獲物を求めて、その身体が胎動する。




 その時だった。




 遥か遠方の空――つい先刻まで、魔王の意識下では矮小であった一つの存在が、いつの間にか(いわお)の如き存在感を漂わせている事に気づいたのは。


「この気配は……!?」


 その存在が放つ異様な雰囲気を知覚し、焦燥に駆られるまま、既に警戒対象となったそれを"暗視(ナイトビジョン)"によって凝視し、分析する。


 距離は大幅に離れているが、それでも魔王の危機感を煽るには充分すぎる存在感を纏っている事が感じ取れた。


(奴に接近されると厄介だな……ならば!)


 一瞬の思考によって決断し、矢継ぎ早に口を動かす。


「《収束せよ》」


 呪文を発すると同時に右手で指を鳴らし、自身の周囲に数十の魔力の塊を形成する。


「……《()れ》」


 その一言により、先程まで球体状であった無数の塊は高速で射出される。

 魔力の塊は小さく彎曲した放物線を虚空に描きながら延びてゆき、空を翔る生命体に着弾、そして炸裂。


 刹那、連鎖する爆発と巨大な業火が生誕し、大気を震わす轟音と膨大な量の煙幕と共に飛行生命体を猛襲。


 一発一発の爆発が死神さえも即死させる威力を持つ"連鎖爆発(チェイン・エクスプロージョン)"の脅威が幾重にも発動するその魔法は、正に必殺。


「どうやら、死神よりも遥か格上の存在だった様だが……流石に死んだか」


 冷酷な表情で自らが起こした爆発の様子を眺め、興味も失せたように踵を返して吐き捨てる――次の瞬間。




 後頭部に銃口を突き付けられたかのような錯覚を感じ取り、咄嗟に視点を背後へと変更する。


 視界に飛び込んできたのは、自らの肉体を引き裂かんと迫る五つの鋭利な刃。

 ……否。それは漆黒の(かいな)に振られし、恐るべき巨大な――鉤爪。


「くっ……!」


 腕に続いて生物の正体を視界に捉える間も無く、魔王は瞬時に後方へと跳躍、回避。

 地に足が着くよりも早く、半瞬前に立っていた地面が無惨に(えぐ)られ、粉韲(ふんせい)される。


 その陥穽から視線を上げると、魔王の目は漸く怪物の相貌を捉えた。


 妖しく光る紫色の鱗が鎧となって防護している小山のような巨軀は、まるで難攻不落の要塞。

 更にその存在を誇張するかのように生えた、巨大な漆黒の双翼。

 麒麟のように伸びた首の先にあるのは、蜥蜴や鰐に似た頭部。

 鮮血を彷彿とさせる真紅の双眸は、魔王を睥睨している様にも、藐視している様にも見える。


 その怪物は、魔界中を跋扈(ばっこ)する魑魅魍魎(ちみもうりょう)の頂点に君臨する暴力の化身にして、森羅万象の原初を識る者。


 かくして、その正体は――


「……邪竜、か」


 僥倖とも災難とも受け取れる邂逅を前に、魔王は微笑を浮かべながら呟く。


 それに応えるように、邪竜も重々しい動作で言葉を放つ。


『忌々しき(うぬ)めが……我が一撃を避けるとは』


 竜の声は重低音で、空気を介して伝わるものではなく、脳内に直接届いている感覚であった。


「……私の記憶が正しければ、遥か昔の戦いで貴様は瀕死状態となった筈では?」


 次の攻撃を警戒したまま、魔王は疑問をぶつける。


『憎き(うぬ)を我が手で葬るべく、黄泉(よみ)より復活を遂げたのだ』


 憎々しげに視線を魔王に向けながら、怒気を感じられる声音で邪竜は告げた。


「フン、わざわざ殺されに来るとは、竜が穎哲(えいてつ)だという説は虚偽であったか」


 魔王は邪竜の解答を一笑に付し、余裕綽々と揶揄する。

 その実は、相手に悟られぬよう、邪竜の一挙手一投足に集中して警戒しているのだが。


『悪魔風情めが……我を愚弄するか!』


 竜たる者の誇り(プライド)を嘲笑された事により、唐突に腹を立てて叱責する邪竜。

 殺気を爆発的に膨らませた所為(せい)か、その身が更に巨大化したようにさえ魔王に錯覚させる。


『死ぬが()い、矮小なる者よ!』


 そして怒りの咆哮と共に、邪竜はその巨大な口を開き――




 (ごう)っ!




 ――溢れんばかりの嚇怒を吐き出すように、口腔から灼熱の業火を放出。

 それを直視した魔王の視界一面は、ただ(あか)く、(あか)く、(あか)い。


 赫灼たる炎の奔流は、酸素を喰らい肥大化しつつ、恐るべき速度で空気を伝播し、魔王へと迫る。


「っ……なんという熱量……!」


 あまりの光景に目を見張りつつ、しかし魔王は冷静に、予め練っていた魔力を使って呪文を紡ぐ。


「《災禍より我が身を護れ》!」


 瞬間、魔王を中心とする紅色(こうしょく)六芒星魔法陣(ヘキサグラム・マジックサークル)が周囲の地面に展開され、漆黒の障壁が顕現する。

 それは初級魔法の"魔法盾(マジック・シールド)"とは比較にもならない強度を誇る、防御系統の中では最高峰の結界魔法。


 障壁と業火が衝突し、両者の力が拮抗する。

 その状態は長くは続かず、やがて炎と闇の魔力はお互いを打ち消し合い、完全に消滅した。


 難を逃れたことにより、魔王は安堵の息をつくが、消滅した障壁の先から飛び込んできたのは、大きく開かれた竜の口。


「チッ……!」


 息をつく暇もないのか、という不満を舌打ちで表現しながら、重力魔法によって上空へと跳躍。


 一瞬遅れて、竜の牙が虚空を()む。

 その咬合を見るだけで、強制的に死を連想させられる。


 上方へと移動した魔王の姿を、捻られた首に続いて竜の頭部が追従し、目で捕捉する。

 今度こそ灼き尽くしてやろうと再び開口し、灼熱を吐く――よりも早く。


 魔王の行動が、既に先手を打っていた。


「貴様への餌だ。有難(ありがた)く喰らうが良い」


 冷酷に言い捨て、"暗黒物質(ダークマター)"によって形成していた無数の剣を、指鳴らしを合図に竜の口腔へと放つ。

 まるで吸い込まれるような正確さで、全ての刃は竜の喉へと突き刺さる。


『……小癪(こしゃく)


 しかし、竜はそれだけ呟くと、苦しむ様子も無く、喉に刺さった剣を強制的に魔力を粒子状に分解し、無力化させた。


「ちっ……"暗黒物質(ダークマター)"を喰らって平然としているとは、想像以上だな」


 流石に即死するとは思っていなかったが、全くの無傷とは想定していなかった魔王。

 相手の厄介さに苛立ちながら、その戦闘力を脳内で上方修正する。

 元々は魔族生命体の頂点に存在していただけあって、魔王の力を以てしても一筋縄ではいかないようだ。


「《(いか)り、(たけ)り、(いなな)け――》」


 次の手を打つべく、魔王は新たに詠唱を開始。


『遅い』


 だが、既に大量の空気を吸引していた竜の攻撃に先制される。


 銀嶺の如き白栲(しらたえ)の息吹が吐き出され、絶対零度の颶風となって四方八方を猛襲。

 一瞬にして凍土と化した大地の上で、魔王の姿は徐々に氷像へと変わってゆく。


「《踊り狂え、(ほむら)よ》!」


 両腕、両足に続いて胴体が凍りつく前に、魔王は咄嗟の判断で詠唱。

 本来は広範囲殲滅魔法である"灼熱の牢獄(フレイム・プリズン)"を、防御結界として自らの周囲に展開。

 魔王を中心として広がる業火の渦が、寒帯気候を無理やり温帯気候へと変化させる。


 白銀に覆われた視界が晴れ、その先にあるのは、元通りの明瞭な光景。


 再び相手の姿を視認し、次なる攻撃を構える両者。

 機先を制したのは、魔王。


「《怒り、猛り、嘶け――狂える稲妻(いなずま)よ》!」


 詠唱により展開される黄金色(こがねいろ)九芒星魔法陣(ノナグラム・マジックサークル)の前方に、青白い球体状の燐光が小さく形成され、放電現象が発生。


 魔法名は"剛雷爆炸(トルデォン)"。

 迸る紫電と霹靂(へきれき)の交錯により、気体を構成する原子の電子と原子核が強烈に電離し、生成された高電離気体(プラズマ)が高速飛翔。


『ガアアアアアッ!』


 莫大なエネルギーの直撃を腹部に受けた竜が、悲痛の叫び声を上げる。


 触れるだけで、あらゆる物体を消滅させる高電離気体(プラズマ)を受けて(なお)、致命的な外傷が無い事に驚嘆を過ぎて絶句してしまうものだが、そのしぶとさが邪竜を頂点たらしめる所以(ゆえん)の一つなのだ。


 それでも、鋼の耐久力を誇る鱗が破られた箇所から溢れるは、大量の鮮血。

 致命傷では無いにしろ、無事では済まなかった証だ。


「大した生命力だな。しかし、ダメージは甚大……今すぐ楽にしてやろう」


 魔王は皮肉な笑みを浮かべ、止めを指すべく、両手に魔法を集中させる――が。


()ッ!』


 竜から放出された尋常ならざる気迫が、大気と大地を振動させ、魔王の集中を阻害。


「ちっ……まだ、それほどの余力を残していたか」


 重力魔法の強化と、風を()なす防護壁の形成に集中を割いた魔王は、止めを刺し損なった事に苛立つ。


 だが竜は、先程のダメージが原因か、吐息(ブレス)を放つ様子は無い。

 仕留めるのであれば、今が好機。


「――っ!?」


 その思考は、突如発生した衝撃により中断させられる。

 衝撃の正体は、急激に作用した重力。


 不可視にして不可避の拘束は、魔王の身を圧壊させる勢いで力を増してゆく。


「ぐっ……」


 次第に倍加してゆく重力の負荷に、浮遊していた魔王は問答無用で地に堕とされ、膝をつく。

 先程まで竜を俯瞰していた魔王の優位は、一瞬にして逆転。


 更に、重力によって行動を制限された魔王へと向けて、竜の尾が鉄槌のように振られる。


「次から次へと……厄介な!」


 愚痴を(こぼ)しながらも、無詠唱で発動できる重力魔法や魔法付与を自身に施し、重力の縛鎖を一時的に断ち切り、その場から移動。


 目標を外れた尾が地面を打擲(ちょうちゃく)し、無慈悲に破砕。

 その威力たるや、会心の一撃。


 打撃を躱した魔王だが、巻き上がった砂塵によって竜の姿を見失う。


 気づけば、重力は既に正常な状態へと戻っており、辺りは竜の支配から解放されていた。


「奴め、一体何処に……」


 全ての攻撃が必殺の威力である以上、竜の姿が見えない状況は非常に危険だ。


 魔王は"生命感知"を用いて、遥か上空に居る敵の存在を捕捉。

 風の魔法で粉塵を払うと、すぐさま視線を竜へと移す。




 そこに在るのは、終焉をも想像させる絶景。




「まさか……あれは!?」




 竜を中心に展開された八つの魔法陣が、闇の瘴気に包まれた漆黒の空を背景に、異なる色彩で発光。

 それぞれの魔法陣を結ぶ金色(こんじき)の光線が出現し、八芒星が浮かび上がる。


 竜の全身さえ覆い隠す巨大な魔法陣の完成と同時、その輝きが最高潮に到達。


『グルアアアアアアアアアッ!』


 魔界の端まで届くような雄叫びと共に、全ての魔法陣が、煌めく閃光を極太の放物線として放出。

 膨大な魔力が八色の破壊光線となり、魔王へと殺到する。


(不味い……防御結界を! いや、あの光線の前では無力――!)


 焦燥に身を焦がし、必死に打開策を脳内で詮索する魔王。

 しかし、確実な方法を発見する前に、その身が光に包まれる。


 瞬間、一点に収束した八つの光線は、それぞれ異なる互いの魔力に作用し、更なる猛威を生み出す。


 光と闇、炎と水、風と土、そして(いかずち)

 相反する属性同士の消滅が莫大なエネルギーを生じさせ、崩壊の波濤を拡大。


 破壊、破砕、破滅――その先にあるのは、絶大なる虚無。


 魔法名は"覇龍乖滅吼(カタストロフィ)"。

 邪竜を象徴する、究極の力。


 (ゼロ)へと塗り替えられていく世界は果てしなく広がり、やがて【深淵の大地】の全てを飲み込んだ。






 暴虐の限りを尽くした竜の視界にあるのは、渺渺(びょうびょう)と広がる荒廃した世界。

 そこに魔王の姿は、肉片ひとつ見当たらない。


『漸く死んだか……。これで我が悲願は成し遂げられた』


 表情の窺えない顔で、しかし確実に喜びを含んだ声音で、竜は呟く。


『だが……やはり忌々しき存在よ。奥の手を使わざるを得ぬと我に判断させるとは』


 己の状態を吟味し、思わしくない結果に辟易する。

 先の戦いで、竜は魔力の大半を消費し、もはや初級魔法ですら扱えない程に消耗し切っていたのだ。


『今はただ……眠るとしよう。再び力が満たされた時、我は再びこの世の頂点に立つであろう』


 荒廃した大地の遥か彼方……地平線の先に広がる世界を、感慨深く見つめる。


 そして竜は大いなる翼を広げ、暗澹の大空を飛翔する。

 峡谷の底で、再び悠久の眠りにつく為に。


 その瞳には――誇り高き竜たる、孤高の意思が籠っていた。



 ......................................................



 静寂が支配する時空の狭間に、魔王の姿があった。


「ハァ……ハァ……」


 その歩みは足を引き摺るように重々しく、傍から見れば虫の息という状態。

 それでも、なんとか一命を取り留めるには至った様である。


 破滅の光に包まれる瞬間、魔王は頭の端に思い浮かべていた、一か八かの打開策を試みていた。

 それは、空間を裂いて別世界への扉を開く、死神の模倣。


 下手をすれば無限に広がる虚無の世界を彷徨うことにもなる危険な賭博だったが、魔王は一縷の望みに縋り、今に至る。

 結果として、全てを消滅させる波濤には曝されずに済んだが、空間の裂け目に逃げ遅れた部位は無事では済まなかった。


 そして竜と同じく、魔王もまた、先の戦いで大半の魔力を失っている状態だ。

 回復に費やす魔力は残っておらず、今は意識が霞む程の激痛に苛まれ続けている。


 更に最悪なことに、二つの世界を行き来する死神の能力とは違って、魔王が咄嗟に作り出した空間は、どこにも繋がっていない不完全なもの。


 死神の作り出す、異世界への扉がいずれ自然に閉じられるのと同じように、この空間もあと僅かな時間で閉ざされるのだ。


 そして――この空間の唯一の出入口は、魔王が逃げ込んだ数秒後、既に閉ざされてしまった。


(一難去ってまた一難……か)


 当然ながら、もう一度空間を裂いて魔界に戻る為の魔力など、今の魔王には残っていない。

 竜の一撃を避けたところで、詰み(チェックメイト)であることに変わりなかった。


 万事休すか……と諦めていたその時、一筋の明光が差し込む。


『――良いのか? 此処で諦めて』


 それは久々に聞く、導きの声であった。

 唐突に差し伸べられた救いの手を前に、魔王の目が見開かれる。


(何だ? まだ手があるとでも言うのか?)


 半信半疑だが、この声に従って後悔したことなど、一度たりとも無い。

 僅かな希望を託すように、魔王が問い質す。


『――お前の現状が死神の能力を模倣した結果であれば、それを解決出来るのは死神だけだ』


 その回答を聞いて、魔王は苦い顔で嘆息する。

 死神が救いだと言うのなら、既に自身の手で全員を殺めてしまったのだから。

 第一、この空間から救いを求める手段など存在する筈もない。


『――居るだろう? お前と呪いで繋がった、例の死神が』


 反論を述べる前に予想していたのか、問うまでもなく答えが帰ってくる。

 魔王がその意味を理解するまでに、さほどの時間を要しなかった。


(……成程、そういうことか)


 導き手としての役目を終えたのか、脳内に響く声が途切れた。

 それに構わず、魔王は迷いなく最後の手段を講ずる。


「来い……死神!」


 手段の内容は、最後の死神――シックルに掛けた呪いの変更。


 三つの制約の内、『私に無断で異世界に転移する事を禁止』を、『私を危機から救済する』に変更させる。

 魔王にとって、あの死神の力を借りるのは癪だが、この現状では逡巡している暇など無いのだ。

 これで後は、自分の身に起こった変化に気づいた死神がこちらに現れる事を待つのみである。




 思いの外、死神は早々に(ゲート)を介して魔王の元へと姿を現した。


「どうやら、邪竜に酷くやられたみたいだね」


 怪我人のような魔王の動作を見て、無感情に死神が言い放つ。

 邪竜と戦ったことを知っているあたり、ずっと前から"世界視(ワールドビジョン)"によって魔王の動向を見ていたようだ。


「……五月蝿(うるさ)い。状況を把握したのなら、さっさと此処を出るぞ」


 そう言い、この空間からの脱出を催促する魔王だが、その意に反して死神は通ってきた(ゲート)を閉じてしまう。


「おい、何をやっている? 此処に居ればお前も死ぬのだぞ」


 睨みを効かせて、恫喝するように魔王が告げる。

 しかし死神は首を横に振り、拒絶を表す。


「駄目だ。何故なら君は……僕の仲間を、死神達を……全員殺したのだから」


 目には明らかな怒りの色が浮かんでおり、その声音は普段よりも遥かに低い。


「君が助かるぐらいなら……僕もこの場で死んでやる!」


 死神が叫び、確固たる決意の下に揺るぎない意思を示す。

 自らの死をも覚悟しているとは、魔王にとっても予想外であった。


 だが、徐々に狭まる空間と、致命的な外傷によって死が迫りつつある魔王は、必死に頭を回転させ、建前を並べてゆく。


「ほう……ならば、あの邪竜を放置しても良いと言うのか。私を葬ったつもりの奴は恐らく、かつての様に魔界の支配を目論んでいる筈であろう? 私を差し置いて、他に誰が奴の支配を阻止できるのだ?」


 魔王の主張は、確かに的を得ていると死神にも理解できた。

 事実、邪竜は魔界の頂点に君臨する為に力を蓄えていたのだから。


「私は邪竜を殺して新たなる力を得る。そして勇者は私を殺しに来る。それが、お前の望む魔界の平和を実現する最善策だと分かっているのだろう?」


 もっとも、自分が邪竜を殺せても、勇者(クロト)が自分を殺せるとは限らないが……という余計な思考を、魔王は語らない。


「そして今、私をこの空間から開放できるのはお前しかいない。つまり、魔界の今後は、お前の判断に委ねられているのだ」


 その言葉は、嘘偽りのない正論であり、死神の意思を揺るがすには充分な口実。

 それでも、同胞を殺された恨みは、死神の思考に葛藤を齎していた。


 その時、不意に空間の歪みが急激に戻ってゆき、突如発生した圧力によって二人の身体が軋む。


「うっ……!?」

「が……っ!」


 時空の歪みに挟まれた二人は、あまりに強大な力に苦渋の表情を浮かべる。


「チ……ッ! 空間が状態を維持しているのも限界か! 早く決断しろ、死神!」


 この力が増加することによって、死神が鎌すら振れなくなるのは何としてでも避けたい魔王は、再び脱出を催促する。


 そもそも空間移動に長けている死神もまた、事態の深刻さは把握していた。

 焦燥感が死神の判断を駆り立て、思考の時間を大幅に削る。


 そして――遂に、死神が決死の決断を下す。


「ごめん……死神族の皆。そして、元魔王(サタン)。非力な僕には、これしか選択肢が無いみたいだ」


 絶望的な表情を浮かべつつ、激しい抵抗感を抱きつつも大鎌を振り、魔王の思惑通りに(ゲート)を開く。

 空間の裂け目に見えるのは、魔王城の王室。


「ククク……それで良い。お前は勇者の力に頼るしか無い、非力な存在なのだから」


 死神の感情など眼中に無い様子で、皮肉を言う魔王。

 全身に圧力が加わっているにも関わらず、嬉々とした表情を浮かべる。


 そして――


「待っていろ……邪竜よ。次こそは、必ず貴様を殺す!」


 ――かつてない強敵に宣戦布告し、魔王は扉の先へと歩みを進めるのであった。

相変わらず、ディザスターの話は殺伐とした内容になりますね……。

次話からは再びクロト視点に戻ります。

前回は出番の無かったリミアも、可愛く描写できればと思います!

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