46話:友情
今回も遅くなりました。
遠征前に色々と沢山詰め込んだので、いつもより文章がかなり長いです。
短いですが、久々の同期メンバーも登場します。
〜人間界〜
「やはり、ですか……」
俺の一言にリミアは頷き、お互いの思考が一致していた事を示す。
以前、新たなる魔王と戦闘した後、奴は既にリミアが自身の存在に気づいて行動していると発言していた。
ならば、このまま話を進めても問題ないだろうと思い、俺は更に言葉を紡いでゆく。
「実は一ヶ月前、俺は奴と対峙し、初めてその存在を知った。関わったのは僅か数分の間だったが……それでも、奴の凶暴性を知るには充分過ぎる程だった。
奴を野放しにしておけば、必ず魔界や人間界にとっての脅威となるだろう。
だから俺は奴を討つべく、人間界の逸話に伝わる『勇者』と呼ばれる称号を得た」
話している最中、リミアの表情は真剣そのもので、俺の言葉を一言一句も聞き逃すまいと必死に耳を傾けていた。
「魔王の脅威については存じ上げております。しかし……既に『勇者』になっていたとは、流石は魔王様です」
それが純粋な賞賛の言葉だと理解するのは容易な事だったが、その台詞に対して俺は一つの疑問を抱かずにいられなかった。
「ん? 何故リミアが『勇者』について知っている?」
俺が『勇者』について知ったのは、ハイネから聞いた逸話によるもので、魔王城にはそんな逸話の文献など存在しなかった筈だ。
となれば、リミアは必然的に人間界で『勇者』について知る機会があったという事になる。
「えーっと……ひょんな事から、人間界に来て間もなく、実際の勇者と戦ったと語る古代竜という竜種との出会いがありまして……その方からお話を伺いました」
「な……! 逸話の『勇者』と関係する竜種に出会ったのか!?」
そう言ってリミアの両肩を掴んだところで、俺は彼女の言葉に驚愕し、つい声を荒らげて問い詰めるような口調になってしまっていた事を自覚し、すぐに冷静さを取り戻す。
「……すまない。それで、その竜種は本当に『勇者』と戦ったのか?」
「確証はありませんが……それでも、『勇者』の外見や戦闘スタイル、戦った時の様子まで事細かに語っていたので信憑性は高いかと」
問い詰めるような俺の気迫に圧されてか、竜の言葉が真実だという確証が得られない不安要素からか、リミアが若干萎縮した様子で答える。
だが俺は特に気にする素振りを見せず、彼女の言葉について更に疑問を口にする。
「そうか。それで、勇者についてはどう語っていた?」
「ええと……意外なのですが、何と『勇者』は細身で魅惑的な外見を持つ、若い女性だった様です」
「女性!?」
衝撃的な言葉に、俺は思わず叫んで聞き返してしまう。
しかしリミアは嘘をつく様子もなく、神妙な顔つきで頷き肯定した。
「はい。そして戦闘スタイルについては、疾風の如き身のこなしで敵の攻撃の悉くを避け、鋭い一太刀によって敵を両断する機敏性の高い動き、だそうです。これは……」
「……俺の戦い方に似ているな」
リミアの言葉を先取りして感想を述べた。
力任せに強引に敵をねじ伏せたり、鍛え抜いた己の肉体で攻防を担うという戦い方ではく、洗練された高等な技術を活かして相手に応じた動きをする戦い方は、俺と共通していると言える。
「しかし驚いたな。『勇者』が女性だったとは……」
ハイネから聞いた逸話によると、『勇者』は単身で永き戦いの旅に出て、その果てに暗黒竜を封印したというが、女性一人がそんな実力と胆力を持ち合わせているという事に現実味が湧かなかった。
「ええ。しかし、体格や戦い方はクロト様に近いじゃないですか」
「……それは、俺が女性のような体つきをしていると言いたいのか?」
「ふえっ!? いや、決してそんな皮肉を込めて言ったわけじゃなく……!」
驚愕した表情で慌てて弁明する様子を見るに、本当に揶揄的な意味は含まれていないのだろう。
「いや……怒ってはいない。少なくとも、男らしく逞しい体つきでない事は自覚しているからな」
俺は憤りを感じていないことを表すように肩を竦め、溜飲を下げた様子を見せる。
リミアは俺が怒っていない事が判って安堵するが、すぐに己の失言を後悔するように、反省の色を顔に示した。
「それで、だ。今の俺の目標は奴を討伐する事になる。仮に俺が『勇者』ではなくなってもな。しかし、人間となった今の俺では力不足だ」
「うぅ……事態は最悪ですね。一刻も早く解決しなければならない大事なのに……」
決して甘くはない現状に、リミアが悲観の感想を呟く。
「あぁ。だからこそ、リミアの協力が必須だ。戦闘力の高いお前が前線に出れないのは残念だがな」
「魔導師の仕事は、魔道具の開発や研究が主ですからね。何か遠征で役に立つ魔道具を創ることができれば良いのですが……」
リミアはそう言っているが、彼女の手に掛かれば、既成の概念に囚われない発想で様々な魔道具を容易に生み出せるだろう。
しかし、それ以前に問題になってくるのが素材の有無だ。
あらゆる魔道具を創る為に欠かせない素材として、魔力を大量に含んだ『魔晶石』という自然の鉱石が存在する。
しかしその鉱石は、大勢の魔物が巣食う洞窟や地下などで形成される上、存在自体が稀有なものであり、入手の難易度は決して低くない。
だからこそ、騎士が遠征によって魔晶石を入手し、魔導師がそれを利用して魔道具を創るという、ギブアンドテイクの関係が両者間で成り立っているのである。
「問題は素材だろうが、幸いにも俺達の班はある程度は自由意志で動ける。依頼さえしてくれれば必要な素材は集める事が可能だろう。魔物との戦いでレベリングを兼ねる事もできるからな」
「えぇ。私も全力でクロト様をサポートします! しかし、遠征に行くのに危険とか全く考えないのが流石です……」
意気込みの後に、リミアは苦笑して感想を述べた。
「いや、危険性は考慮しているつもりだ。特にフィリアに危害が及ばないか、懸念せずにはいられない」
「いや、そうじゃなくてご自身の心配は……」
「魔王との決戦を想定しているというのに、洞窟の魔族生命体に対して臆する訳ないだろうが」
当然だ、と言わんばかりに俺はほぼ真顔で言い切った。
人間となった俺の身体でも、並大抵の魔族生命体に引けを取らない事は魔狼族や竜人との戦闘で検証済みだ。
ただの傲慢や自惚れでもなく、他の種族が相手でも負ける事は想定していない。
「ふふっ、そうですね。やはり転生しても魔王様は頼もしい御方です」
そう言うリミアの笑みは、俺の返答に対する安堵が滲み出ていた。
「さて、じゃあフィリアも待っている事だから、そろそろ俺達も食堂へ移動しよう」
話に区切りがついたところで、俺は食堂への移動をリミアに促しつつ、玄関へと歩き出した。
しかし、リミアは俺の片腕を掴み、歩みを強制的に阻止する。
何事かと彼女の方に顔を向けるのと同時、質問する前にその答えが返ってきた。
「その前に……せっかく久々に二人きりになれたんです。ほんの数秒間だけでも、この一時を堪能させて下さい!」
「っ!?」
掴まれた腕をそのまま引っ張られ、俺はリミアに向かって倒れ込んでしまう。
だが、その前にリミアが俺の後頭部へ手を回し、自分の胸元へ引き寄せつつ、彼女がクッションになる形で二人同時にベッドに倒れ込んだ。
当然、互いに怪我は一切無かったが、倒れた後も俺の頭はリミアの胸元に引き寄せられたままで、その豊満で弾力性のある胸の谷間に埋められている。
「お……おい、リミア! 何を……!?」
「あぁ……やっぱり触れ合う事で感じる温もりは最高です……」
俺の言葉が全く聞こえていないとばかりにリミアは恍惚とした表情で顔を赤くし、更に腕に力を込める。
痛いという程ではないが、柔軟に変形する胸が俺の頭を包み込んでいるため、段々と呼吸が苦しくなってきた。
何より、もしこの状況を誰かに見られたら確実にあらぬ勘違いを招く可能性が高い。
俺は窒息する前に『筋力強化』を発動させつつ、リミアの両腕を掴んで強制的に開かせ、ベッドの上から素早く脱出した。
「む〜、まだ満足していないのに離れちゃダメですよ」
「唐突に抱擁するな。危うく窒息死するところだったぞ」
不満げに頬を膨れさせ文句を言うリミアに、軽く説教する。
もう少し自制心を持った感情表現をして欲しいものだ。
「すみません……つい二人きりの状況が嬉しくて……」
「確かにあの時、魔王城にお前を置き去りにしてしまったのは悪かったが……人の目が無いからって余り興奮するな」
「はい……」
あの時というのは、魔王城の自室で転生する為に俺が自殺した時の事だ。
リミアは俺の説教に……というよりは、つい感情に負けて動いてしまった自分を恥じてか、俯いて意気消沈してしまっている。
「……まぁ、とにかく食堂へ向かうぞ。フィリアも待っているからな」
「はい。……さっきの続きはまた、ベッドでお願いしますね?」
「するか!」
説教したばかりだというのに、どうやら懲りた様子のないリミアに短く叱責し、早足で食堂へと向かった。
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俺とリミアが食堂に着いたとき、そこは既に多くの男達でごった返しており、外見はかなり暑苦しい状態となっていた。
「うわあ……凄い人集りですね。この中からフィリアちゃんを探すのですか……」
リミアが顔を引き攣らせつつ、やはり引き気味な口調で感想を述べた。
確かにこの中でフィリアという一人の少女を目で探すのは難儀なものだが、俺は『生命探知』でフィリアの位置を即座に特定する。
こうなる事が事前に分かっていたならば、『索敵標識』で探す手もあったのだが。
「見つけたぞ。向こうだ」
「早っ! もう見つけたんですか!?」
顔に驚愕の色を浮かべるリミアを尻目に、俺は男達の間を縫ってフィリアへと近づいてゆく。
「あ、やっと来た。遅かったじゃないの」
俺達の存在に気づいて、フィリアが小さく手を振る。
しかしその席の周りには何故か、入団式の時のメンバーがフィリアを除いて九人勢揃いして、それぞれの席に着いていた。
この一ヶ月間、個人の顔はパーティー毎に見かける事は少なくなかったが、全員が一箇所に集まる事は無かった。
主に俺達の班が異常に早い時間から食堂に来るから、合流する事が無かったのだ。
「よう、そっちの可愛い嬢ちゃんが噂の娘か?」
誰よりも先に発言したのは、グリルだった。
そういえばハイネがリミアの事を教えたんだったな。
「お褒めに預かり光栄です。仰る通り、この度、宮廷魔導師として騎士団の皆さんの働きに貢献させて頂く事になったリミアと申します! 宜しくお願いします!」
太陽の如く眩しい笑顔で意気揚々と挨拶をしつつ、礼儀正しく頭を下げるリミア。
流石と言わざるを得ない、好印象の挨拶である。
「すげぇな。可愛いだけじゃなく、めちゃくちゃ誠実そうな嬢ちゃんじゃねえか。スタイルも良いしな! ……ったく、なんで美少女ばかりがコイツの周りに集まるんだが」
「えへへ……そこまで褒められると照れちゃいますね」
「殆ど変態のコメントでしょ。それ……」
赤面して恥ずかしがるリミアに、フィリアが冷めた目で突っ込みを呟いた。
後半は俺への妬みも含まれていたしな。
「それで……何故この面子が揃っているんだ?」
「私達も訓練が終わったのでな。食事を摂ろうと此処に足を運んだらフィリア嬢が居たのだ」
「その『嬢』っていうのはやめて欲しいんだけど……」
「む、すまんな」
俺の質問に、エドワードが腕を組みながら答えた。
つまりはフィリアが俺達を待っている間に、他のメンバーも訓練を終えて食堂に訪れたという事か。
……やはり待たせ過ぎたな。
「だが、それだけじゃねえぜ。ハイネ上官には『もしクロト君に会った時は、彼に力を貸して欲しいの』って言われてな。……だが、ありゃどういう意味だ?」
エドワードの台詞に、グリルが補足を加える。
しかし、ハイネから話を聞いた本人がその意味を理解していないのでは本末転倒ではないか?
「……まぁ、言葉の意味は俺が分かった。ただ、問題は本当に皆が協力してくれるか、だけどな」
「当然だろ? 同士なんだからよ!」
俺の言葉に、グリルが胸をドンと叩いて自信満々に答える。
周りの者とも既に話がついていたのか、グリルの回答に全員が頷いている。
という訳で、あっさり言質は取れた。
「なら、全員のスキルが欲しい。良いか?」
「……は? スキル? んなもん、どうやって渡すんだよ」
グリルの反応は至極当然なもので、フィリアを除いて皆一様に首を傾げた。
というかハイネは、『能力複製』については語っていないのか……。
「……『能力複製』という、他人の通常能力だけを私有化する事が出来る効果を持つ固有能力を俺は持っている。
条件として、複製するスキルの詳細を知っている事と、スキルを持つ本人に触れる必要があるけどな」
「はぁ!? なんだその不正スキルは!」
自分が持っている固有能力の内の一つを説明しただけで、この言われようである。
確かに効果だけ聞けば不正まがいの能力だが……そう驚く必要もあるまい。
「ええ!? クロト様、そんな便利スキル手に入れたんですか!?」
そう考えた瞬間、リミアまで驚愕を露わにする。
転生前の俺が、これ以上に高機能なスキルを持っているのは知っているであろうに。
「まぁ、驚く事もなかろう。既にルミナ殿が不正級のステータスを持っているのは周知の事実だからな」
そう発言したのは、入団試験にてエドワードに次ぐ実力を証明した、黒の短髪に顎鬚が特徴的な筋肉質の男、ウィーカーだ。
「……って、ルミナ殿はやめてくれ。三人称はクロトで頼む」
「ん? あぁ、分かった」
と言って、ウィーカーは悪びれる素振りもなく了承する。
というか、このやり取りに既視感を覚えるな……。
「んで、一つ聞くけどよ。スキルを私有化したら、俺達のステータスからスキルが除外される……って事はあるのか?」
確かにな、と言わんばかりに全員の視線がグリルに集中する。
何しろ、この世界の戦闘ではステータスは勿論、スキルの有無が重要になるのだから。
騎士の人間からすれば、自分のスキルが無くなるという事態を容易に受け入れるのは難儀な事だろう。
「それは大丈夫よ。私のスキルも複製されたけど、ステータスからは消えていないし、今でも普通に使えるわ」
俺に代わって、フィリアが先に答えた。
確かに複製された本人が言う方が説得力はある。
質問したグリルは勿論、他の全員も納得した様子で頷く。
「……というか、グリルの『筋力強化』は既に複製したぞ。だが何ともないだろう?」
「いつの間に!? ……まぁ、いいけどよ」
驚きはしたが、今更何を言っても無駄だと言わんばかりにグリルは突っ込みを断念した。
「とにかく、ただ複製するだけなら問題なかろう。私のスキルは気兼ねなく活用してくれて構わん」
エドワードは相変わらず毅然とした態度で腕組みをしながらも、快く受け入れてくれる様だ。
「ありがとう、助かるよ。他の皆も了解してくれるか?」
俺の問い掛けに、メンバー達は「あぁ」と快諾し、全員からスキルを複製させて貰える事となった。
入団試験の際に全員のスキルはこの目で見ている為、わざわざ詳細を聞いたりする必要も無い。
とはいえ、これほど人数が居れば、一人から幾つもスキルを複製する必要は無いだろう。
なので、一人につき一つのスキルを複製していき、合計で九つのスキルを獲得した。
「しかし、これだけでスキルが増えるとは、改めて考えても本当にずりぃスキルだな。……因みに、今幾つの通常能力を持ってんだ?」
訝しみつつも、好奇心が湧いたのか不意にグリルが質問してくる。
まぁ、協力して貰ったし、数を言うだけなら支障はあるまい。
「そうだな。合計で三十九になったところだ」
俺が回答した主観、やはりフィリアを除く全員から「はぁ!?」というオーバーリアクションを見せつけられた。
「おい、五月蝿いぞ新兵ども! 食事時ぐらい場を弁えろ!」
そして、周りに居た騎士の一員から叱責されて口を噤んだ。
「……はぁ、もうクロトの不正は明らかなんだし、驚くだけ無駄よ。それに、私達を置いて盛り上がっちゃって、何時になったら食べられるのかしら?」
意気消沈した男達に、フィリアの説教が止めを刺した。
気づけば確かに先程の話の途中、フィリアとリミアが蚊帳の外になっていた。
しかも俺を待っているのか、まだ料理に手を付けていない様子だった。
「……すまない。待たせてしまったな」
「全くよ。ずっとお腹空いてたのに」
不機嫌さを微塵も隠さず、フィリアは腕組みして頬を膨れさせながら不満を口にした。
これは言葉や態度以上に怒ってるな……。
「私もお腹空きましたぁ……」
リミアに関しては、空腹を堪えすぎたのか机に突っ伏しながら弱々しく呟いた。
「悪い悪い。お詫びに追加メニューの代金は俺が払うから、二人とも好きなだけ頼んでくれ」
どちらかと言えば、リミアはフィリアを待たせた側だが……まぁ、この会話には関係していないのでそこは気にしない事にする。
「あら、そう? じゃあ許すわ」
先程の態度とは一変し、フィリアは途端に明るい表情を浮かべて上機嫌になる。
その視線はカウンター横に立て掛けられているメニュー表に向けられ、更によく見ればデザートの項目に釘付けであった。
やはり彼女も、甘い物が好きだった様だ。
「良いんですか!? ではお言葉に甘えて……!」
リミアの方は、俺の「好きなだけ頼んでくれ」という言葉に興奮気味に反応し、目を光らせた。
「……悪いが、少しは遠慮してくれると助かるな」
見た目によらず、彼女は大食漢をも超える程の大食いなのだ。
更に空腹状態ともなれば、その胃袋はブラックホールと形容するに相応しい。
こうして釘を刺しておかなければ、食料が尽きる勢いで全てを喰らい尽くすであろう。
「待て。俺達にも非がある事だし、代金は全員で負担するぜ」
と、俺がリミアの様子に頭を悩ませた時、グリルから思わぬ助け舟を出された。
一方的に協力して貰った身として、本当はその申し出を断りたいところだったが、奢る相手がリミアともなれば話は別だ。
「ありがとう、二度も協力して貰う事になるな」
「勘違いすんなよ? これは二人に対するお詫びだからな。礼を言われる筋合いはねえよ」
そんな台詞と共に、男らしい笑顔を見せてグーサインを送るグリルを、俺は素直に良い奴だと思った。
しかし、折角なのでリミアの底無しの胃袋については黙っておく事にする。
「わぁい! 食べ放題ですね! じゃあまずは、あのメニュー表に書いてある料理全部注文してきますね!」
そのリミアの言葉に、全員が「……ん?」と呟くと共に静止し、表情を固まらせた。
驚く事なかれ、これは謂わば嵐の前の静けさに過ぎないのだ。
少なくとも俺はこの瞬間、食堂の食料庫が底を尽きるであろう事を予想した。
「えっと……私はデザートにいちごパフェが食べたいわね」
それと対照的に、控えめで可愛らしいフィリアの注文を聞いて、俺の心は少し和むのであった。
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「む〜! ほいひいれふ! (ん〜! 美味しいです!)」
多幸感溢れる表情で口一杯に料理を頬張りながら、目の前の机に並べられた大量の料理を有り得ない速度で胃袋に収めていくリミア。
これを形容するならば、ブラックホールか高性能人間型高速食料処理機で異論ないだろう。
「おいおい……マジかよ」
「嘘だろ? 俺の五倍は食ってるぞ……」
「しかも、全然食うペース落ちてねえ……」
その様子を見て、フィリアを含めたこの場の騎士全員が呆然とした表情を浮かべていた。
そう、グリル達新参メンバーだけでなく、俺を除いたこの場の全員が、だ。
それ程までに、この食堂内に於いて、広い青空の中で圧倒的存在感を放つ太陽の如く、彼女は目立っていたのである。
そして机上の料理が全て消え去り、最後の一口を嚥下したリミアは一段落置いて口を開く。
「美味しいですね! 特にこの味付けされた鶏肉! もう二皿大盛りで食べたいです!」
一片の遠慮も窺えない、料理の追加注文であった。
因みにリミアの言う鶏肉は、俺が最初に食堂を利用した時にハイネに散々食べさせられたものと同一の料理だ。
「そ、そうか……満足そうで何よりだ」
俺は冷静さを装って返答するが、明らかに口角が引き攣っているのが自覚できる。
本音は「まだ食うのかよ!」と突っ込みたいところだが、奢ると言った以上文句は言えない。
勿論俺だけでなく、他の皆の胸中も俺と一致している事は表情から察する事が出来た。
「……いちごパフェ美味しいわね」
フィリアに至っては、我関せずと言わんばかりに、ガラス容器に盛られたソフトクリームの周りに透明感のある赤いソースと半分に切られた苺がトッピングされたパフェを黙々と味わっている。
二人の温度差は、炎と氷の如く真逆の様相を呈していた。
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結局、俺とフィリアを含めた入団試験の新参メンバー全員が食事を終えるまでに、リミアは全メニューを二皿ずつと、それに追加で味付けされた鶏肉を十皿平らげた。
「ふぅ……お腹いっぱいです!」
リミアはようやく満足した様子で、自身の腹を摩った。
全部で騎士団の人間何人分の量を平らげたのか、計算する気も失せてくる量だ。
少なくとも、俺の体重を遥かに超える重量の料理をその胃袋に収めたであろう。
「はは……こりゃすげえ娘が入団したもんだぜ」
もはや驚きを通り越したのか、リミアが平らげた無数の皿を見てグリルが苦笑を浮かべる。
当然、代金はとんでもない額となった……が、以外にも食堂の料理長が「良い食いっぷりを見せて貰ったぜ」と満足そうに言い、代金を本来の半額にしてくれた。
更に男メンバー全員の割り勘で支払う為、幸いにも最初の予想よりも遥かに支出が減る事となった。
これは、料理長には頭が上がらないな。
……おっと、リミアの食べっぷりと食事代を気にしすぎて、フィリアがまだ食べ終わっていない事に気づかなかった。
ふと意識をフィリアに向けると、彼女はまだパフェをゆっくり一口ずつ堪能して味わっている最中だった。
「それにしても、このいちごパフェ、まろやかな風味で甘さもくどくないし本当に美味しいわね。クロトも一口食べれば?」
スプーンで苺のソースを絡めたクリームを一口分だけ掬うと、俺にそのスプーンの先を差し向けた。
「良いのか? じゃあ頂くよ」
軽く断りを入れてから、差し出されたクリームをスプーンごと咥えて味わう。
次の瞬間、味わい深い苺の風味が冷たいクリームの食感で口の中に広がった。
「……あぁ、確かに美味しいな」
「ふふっ、そうでしょ? やっぱり甘いものは良いわよね」
転生前は食事の必要が無かった俺にとっては甘味を体験する事など殆ど無かったのだが、確かに悪くない味だった。
たまには甘いものを摂るのも良いかもしれないな。
そう考えた時、俺達のやり取りを隣で見ていたリミアが口を開く。
「へぇ……お二人とも、もう間接キスまでする仲だったんですね」
その一言を聞いて、何故かフィリアがハッとした表情を浮かべ、次の瞬間、一瞬の間に顔全体を真っ赤にさせた。
「か……間接キス!? 違っ……これはただ美味しいっていう感想を共有しただけで、そんなのは関係なくって……!」
「はっはっは! もうすっかり仲良しじゃねえか二人とも!」
赤面して慌てふためくフィリアが面白いのか、ここぞとばかりにグリルが抱腹絶倒して追い打ちをかける。
「うっさい! なんでスプーン一杯のやり取りでここまで言われるのよ! ってか、アンタも何か言いなさいよ!」
涙目で抗議するフィリアは、唐突に俺を指差して意見を求めた。
「……パフェは美味しかったぞ」
「ちがあぁぁぁぁう!」
わざわざ下らないやり取りに乗る必要も無いと思って、味の感想の方を述べたのだが……やはり今はそんな意見は求めていなかった様だ。
「あはは……何だか変な方向に話が発展しちゃいましたね」
話題を振った当の本人であるリミアは、申し訳ないと言わんばかりに苦笑し、指で頬を掻きながら呟いた。
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それからも暫く喧喧囂囂の騒ぎは続き、周りに居た騎士の怒号によって漸く静まる事となった。
そして事が済んだ後、俺達三人はグリル達新参メンバーと別離し、自室へと戻った。
「はぁ……なんか精神的に疲れたわ。明日は遠征だって言うのに……」
数人の男達に弄られ、顔に疲労困憊の色を浮かべたフィリアが嘆息しながらベッドに横になる。
「すみません。私が余計な事を言わなければ……」
そんなフィリアを不憫に思ってか、リミアが自分の発言を悔やんで陳謝した。
「別に怒ってないわよ。悪いのはあの男メンバーだもの」
どうやらフィリアの怒りは、自分を悉く弄り続けた男達に向けられている様だ。
俺への怒りは無いだろう……と信じたい所だ。
「でも流石に疲れたし、今日はシャワーじゃなくて湯浴みをしたい気分ね」
「まぁ、早めに休息するに越したことはないだろう。先に入浴して睡眠を取ってくれ」
「あら、良いの? ならお言葉に甘えてそうするわ」
軽く断りを入れてからフィリアは手際よく入浴の準備を済ませ、脱衣場へ向かった。
そして扉が閉められると同時、リミアが俺に話し掛ける。
「あ、クロト様! 折角なので私のスキルも複製して下さいませ」
そういえば、食堂ではリミアは食事に集中していて、その話題に関わっていなかったな。
増えても困る事は無いし、本人が良いと言っているのなら断る理由もないだろう。
それにリミアはスキルの数こそ多くはないものの、それぞれの効果の有用性は大きい。
「そうだな。助かるよ」
俺は軽く礼を述べてから、複製の為にリミアの肩に触れようと手を伸ばす……が、その腕をリミアが掴み取り、それを阻止した。
当の本人が良いと言っていたので、今さら拒む理由も無い筈なのだが、何故止めたのだろうか?
しかしその解答は、俺が質問する前に返ってきた。
「ふふっ、どうせ触れるなら、ココにして下さい……ね?」
リミアはそう言って、掴んだ俺の腕を自身の胸元に引き寄せ、半ば強制的に胸を触れさせる。
「おい? 触れる箇所なら何処でも……服の上からでも問題無いのだから、わざわざ胸など触れさせなくても……」
「何処でも構わないのなら、胸でも問題無いですよね?」
俺は怪訝な表情をして発言するも、リミアは笑顔でそれを一蹴して却下してしまった。
確かに問題は無いのだが、これでは誘惑或いは逆セクハラではないか。
しかし、もう俺が何を言ってもリミアが譲歩しないであろう事は長年の付き合いから分かっている。
「……はぁ、だったらすぐに終わらせるぞ?」
面倒事は早めに済ませておくに限る。
そんな訳で、胸元に軽く断続的に触れるだけの作業を、リミアの全スキルを複製するまで続けるのだった。
「んっ……そんなに焦らさず、もっと積極的に為されても構いませんよ?」
……などという、恍惚の表情で放たれるリミアの台詞を無視しながら。
無駄に言い返すのも面倒だという考えもあるが、スキル全部を複製させて貰う以上、この程度の事で強く叱責するのも気が引けるという意識もあるのが本音だ。
全スキルを複製した後も、フィリアが浴室から出てくるまでリミアからの一方的な逆セクハラは続いたが、面倒なやり取りが続いただけの些事に過ぎないので、あまり深く考えないことに決めた。
リミア本人も満足そうな顔をしているしな。
「ふぅ、さっぱりしたわ。……何故かさっきはリミアさんの苦しそうな声が聞こえた気がするのだけど、幻聴かしら?」
「き……きっと気のせいですよ。あはは……」
フィリアの言う「苦しそうな声」というのは、リミアの喘ぎ声の事だろう。
目を泳がせながら引き攣った笑みで誤魔化すリミアだが、怪しいのは一目瞭然だった。
しかしフィリアは本人が大丈夫なら問題無いと判断したのか、それ以上の追及はしなかった。
「それはともかく、フィリアが入浴を済ませたのだから、俺達も早めに入浴して睡眠を取るとしよう」
勿論、明日の遠征に備えて……という意図もあるのだが、さり気なく話題を転換するという目論みを悟られない様に俺は発言した。
「そうですね。じゃあ、一緒に入浴しますか? お背中流しますよ?」
「なっ!? 一緒に……って!」
リミアの爆弾発言に、フィリアが赤面しながら突っ込みを入れる。
折角、先程のやり取りがバレずに済んだというのに、なぜ自分から地雷を踏みに行くのだろうか。
「もちろん裸の付き添いなのですから……夜伽も兼ねますよ」
「ちょっ! よ……夜伽って! アンタら、一体どんな関係なのよ!」
更に続いたリミアの爆弾発言に、フィリアの顔が鮮血よりも真っ赤になる程の勢いで紅潮してゆく。
当然の事だが、フィリアにとんでもない誤解をさせる結果になってしまった様だ。
「どんな関係って、幼馴染ですよ?」
だからどうしたと言わんばかりに、リミアが一片の曇りもない笑顔をフィリアに向けて答える。
本人の自覚が無いのが、何よりも一番厄介な点だ。
「だ……ダメよ! 絶対! 幼馴染でもそんな不純な付き合い、絶対に認めないわ!」
何の権限を以て否定しているのかは分からないが、確かに不埒な行為と言っても過言では無いだろうな。
「まぁ、フィリアの言う通りだな。当然だが別々に入浴す――」
「いえいえ! 只でさえ一つ屋根の下の関係だというのに、混浴を拒む必要はありませんよ! それに、こういう付き合いも親睦を深める上で重要な事です!」
俺の台詞を遮って、リミアが興奮した様子で主張する。
支離滅裂で滅茶苦茶な事を言ってはいるが、「只でさえ一つ屋根の下」という点については頷けた。
外見だけは俺達の年齢が近い為に許されている事も多いのだが、本来は倫理的には幾つか問題のある状況なのだ。
勿論、正論はそれだけで、他の台詞を全て正当化する理由にはなり得ないのだが。
しかしフィリアはそう思っていないのか、反対意見を述べるどころか、何やら思案顔になった。
「むー、確かにそうだけど……。じ、じゃあ、私も混浴するわ!」
「……え?」
明らかに反論出来る点が幾つもあっただろうにも関わらず、フィリアはあっさり意見を変えてしまった。
そんな唐突な手の平返しに、俺の口からはつい情けない声が漏れた。
「か、勘違いしないでよ! アンタ達が不純な事をしないかどうか、私が監視するだけだからね!」
ビシッ、と人差し指をこちらに向けて強気に言い切るフィリア。
しかし、顔を真っ赤にしながら目線を逸らしている、羞恥心が微塵も隠れていないその様子からは何の覇気も伝わってこないのであった。
そうして、いつの間にかフィリアとリミアが賛成派、俺が反対派という二対一の状況へと覆り、否応なしに三人での混浴が可決されてしまうのであった。
......................................................
その後、言葉の通りに俺達三人は浴室で湯を浴び、自身の身を清めていた。
……勿論、一糸纏わぬ姿でだ。
「ふふ……気持ちいいですか、クロト様?」
「悪くはないな」
「うぅ……どうして二人とも平然としてられるのよ……」
大量の泡をつけた手で俺の背中を丁寧に洗うリミアと、羞恥心が一定値を超えたのか、こちらを見る事すら出来ずに目線を逸らすフィリア。
まぁ、俺もなるべく彼女のプライドを穢さぬよう、可能な限り目線を向けないようにはしているのだが。
まだフィリアは純粋な面が強いという事もあるが、こうして比較すると、やはりこの様な状況は淫魔族の得意分野だという事がはっきりと窺える。
「幼馴染ですから。昔はよく一緒にお風呂に入ったものです」
ありもしない事実を、リミアは何の悪気もなく告げる。
何故わざわざ爆弾発言ばかりするのだろうか……。
「それに、一番は『慣れ』ですよ。フィリアちゃんもクロト様の身体、洗ってみませんか?」
「ふぇっ!? わ、私が!?」
オーバーリアクションを見せながら、フィリアは激しく動揺する。
こちらを見る事すらままならない少女には難し過ぎる提案だろう。
「えーと……無理はしなくて良いんだぞ?」
「い、いいえ! それぐらい簡単よ! じゃあ私は髪を洗ってあげるわ!」
彼女を気遣っての台詞だったのだが、逆にフィリアの対抗心に火をつけてしまう結果となってしまった。
それに簡単と言っておきながら、体に触れるのを遠慮して髪を選択するあたり、虚勢を張っている事が丸分かりなのだが……まぁ、今の彼女にそれを突っ込むのは不粋過ぎるだろう。
寧ろ、それでも俺としては勇気を振り絞った方だと思っている。
そしてフィリアは手にシャンプーを適量つけて泡立たせ、俺の髪を遠慮気味に洗い始めた。
しかしそれも僅かな間で、すぐにその手際は良くなっていく。
勿論その傍らでは、リミア既に背中を洗い終わって別の箇所を洗う事に専念している。
「へぇ……近くで見ると、クロトの髪って綺麗ね。それにサラサラで手触りも良いし、ぶっちゃけ羨ましい限りね」
フィリアのそんな台詞と共に、少女独特の小さな手が俺の髪を愛でるように丁寧な動作で撫でるのを、俺は確かに感じていた。
正直言って、俺は清潔や美容に気を使う方ではなく、寧ろ無頓着と言える程だ。
だからこうして彼女に裸を見せる事にも抵抗があったのだが、褒められると悪い気はしなくなる。
そしていつの間にか、頭部に感じるフィリアの手の感覚を気持ちいいとさえ感じている俺がいた。
「ふふっ、どう? 気持ちいい?」
そんな俺の気持ちを察してか、驚きの速度ですっかりこの状況に慣れた様子のフィリアが問い掛ける。
「そうだな。悪くはないよ」
殆どリミアと同様に淡白な返答だが、実際は言葉では言い表し難い心地良さを、俺は堪能していた。
結局、やっぱりこの混浴が可決されて良かったという俺の胸中は、この二人には黙っておく事に決まったのであった。
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そして混浴の時間は終わり、俺達は漸く今日の疲れを癒すべく就寝しようとしていた。
「さて、お風呂にも入りましたし……早速、濃密で淫乱な夜伽を愉しみましょう? ね? クロト様ぁ……」
「するか。俺はもう寝るぞ」
淫靡な誘惑をするリミアを一蹴し、俺は自分のベッドに横になり目を閉じる。
「あぁん。クロト様、冷たいですぅ」
「当たり前よ。完全に不純異性交遊なんだから……」
呆れ顔でため息混じりにフィリアが言い放つ。
というか、人間界に来てからというもの、リミアの淫魔族らしき一面が明らかに色濃く現れる様になったのだが……俺と少し別離しただけで、ここまで影響されるのだろうか? どうでもいい話ではあるけれど。
「だったら、添い寝ぐらいはセーフな筈です!」
開き直ったリミアは、俺が横になっているベッドに同じく横たわり、言葉通りに添い寝の形となった。
「……って、許可も無しに勝手に人の隣に陣取るな」
「だって……こうしないと私の気力が失せてしまいますから」
添い寝が彼女の精神的な面でどのような効能を齎すのかは未知の話だが、少なくとも添い寝をしなければ気力が失せるなんて事はないだろう。
言い訳だと判断するのに、さほど時間は掛からない口実だ。
そう思っていたのだが、
「だったら、私も添い寝するわ! 混浴に比べればなんて事ないわよね!」
そう言ってフィリアまでもがベッドに横たわり、彼女はリミアとは逆側に俺の隣に陣取る。
そして俺を中心とした川の字が完成するのであった。
「はぁ……もう勝手にしてくれ」
「はぁい。勝手にします!」
無理やり突き放すのも面倒だったので、せめてもの悪態のつもりでため息をついたのだが、それをどう受け取ったのかリミアは俺を抱き締めて更に密着度を高めた。
「むぅ……わ、私だって!」
そんなリミアに対抗して、フィリアも同様に俺を抱擁する。
もはや川の字すら崩れてしまった事は明らかな事であった。
「どうしてこうなった……」
無理矢理にでも止めなかった自分への後悔を覚えつつも、二人による強烈な圧迫感の中、俺は意識を眠りの世界へと飛ばすのであった。
超・スキル増加回。
複製したスキルの詳細や、リミアのスキル数などについては、後々ステータス表を展開した時などに書こうと思います。
今回はラッキースケベ多めですが、R18にはなりませんよね? ……ね?




